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第1話 儀式

 青き政変王せいへんおう——アルス・オブ・リンデル。


 少年期までの動向が謎に包まれ、王太子として擁立ようりつされないまま突如とつじょとして歴史の表舞台に現れた。

 彼の名は、二度の内乱と第三次リンデル・ギニファ戦争に関連して語られる。


 しかし、政変の立役者と言われるマシュー・レイヴィーや、オーランディアの海戦において壮絶そうぜつな戦いを制したウィリアム・デスパードと比べると影が薄いだろう。 

 ましてやその後の長き平和を築き上げ、古代魔法文明の残り香でくすぶっていたリンデルを再び繁栄へと導いた娘のグロリアーナ女王の存在を考えると、その知名度は圧倒的に低い。


 ならば、彼の功績とは一体何だったのか。

 

 これは、歴史の奥底に沈む、彼が大陸の記憶にあらがった戦いの記録である。



 断言しよう。


 彼がいなければ、この国はもうなかったのだと。




 * * *

 


「アルス。お前ももう一人前だ。しっかりとやるように」


 王である父が、わざわざ顔の高さを合わせようと膝を曲げてそう言った。


 普段、母や使用人を通じてしか会話をしようとしない父。


 父の瞳の色が、ただの灰色ではなく青みがかっていることを初めて知った。

 その中で動く影が自分だということに気づき、思わず目をそらす。


 ——失礼だっただろうか。


 返事をしていないことを思い出し、慌てて視線を戻して答える。


 父の眼差はまだアルスの側にあった。



 リンデル王国の王族は十の齢になると、城砦(じょうさい)内にある聖堂にて儀式を行うことになっていた。

 正統な王位継承権の持ち主であることを証明するのが目的だという。


 目の前にそびえる石造りの扉は、大人でも首をいっぱいに傾けて見上げるほどに巨大だ。


 何百年——古代魔法文明の崩壊時期を考えるとそれ以上かもしれない期間。


 ずっと開放されることなく鎮座(ちんざ)している扉には、複雑な紋様(もんよう)が刻まれていた。その中心には澄んだ瑠璃るり色の魔石がはまっている。


「アルス様、扉の魔石に手を」


 儀式を取り仕切る司教から促され、そっと腕を掲げる。


 触れた場所に魔力を込めると、扉はすぐに反応した。

 暗い聖堂が、光につつまれていく。


 ほう、と周りから感嘆の声が漏れたのも束の間だった。


 扉全体がほのかに光る程度と聞いていた。

 しかし、徐々に明るくなっていく輝きはその進みを止めない。


 儀式の流れを知っている、司教や高齢の貴賓者の顔色が、焦りや戸惑いに変わりはじめたとき——



 扉が猛烈(もうれつ)な風と閃光を発し、聖堂が大きく揺れた。


 風圧で床に叩きつけられたアルスは、全身に衝撃を受け息ができない。



 頑丈な石造りの扉が開き始めていた。



 扉の隙間越しに大きな塊の影が(うごめ)いているのが見える。


 周りはあっという間に悲鳴と怒号に包まれ、そして、遠のいた。


「アルス……!」


 曖昧(あいまい)な意識の外で、母が自分に必死に声をかけていることだけはわかった。


「大丈夫……大丈夫です。必ず助けます」


 先生が自分の側で何かをしている。


 母は、王妃という立場ながらどこか悪戯(いたずら)好きな少女の印象を残すような人だった。


 先生は、いつも穏やかな笑顔で寄り添い自分を安心させてくれる存在だ。


 内容は聞き取れないながらも、二人が別人のように緊迫(きんぱく)した様子で会話をしていることはわかった。



 あたまがぼうっとして、ひどく眠い。



 意識が途切れそうになり(まぶた)が落ちる。

 しかし、視界が消えた分、不思議と周りの音がすっと、頭へ通るようになった。


「先生。その子をよろしくね」


 母の落ち着き払った声音とは対照的に、先生の言葉が焦りを帯びたものになる。


「シャーロット様、いけません。だめだ……危険だ。頼む、待ってくれ、君は——!」




 その記憶を最後に、母とは二度と会えなくなってしまった。



 しばらくすると、先生も城を去った。




 最も身近にいた、大切な二人はいなくなった。


 アルスにとっての当たり前がぽろぽろと崩れ去る。




 そして、父は——王はアルスの目を見なくなってしまった。


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