第18話 第二層
アルスとジャックは、二人の新兵を補助しながら石魔獣と戦い魔石を回収する。
小型の犬や猫ほどの大きさの石魔獣は、動きもさほど機敏さはなく、練習にはちょうどよかった。
ギルバートとチャーリーの二人の新兵は、剣の扱いに関しては勘も悪くないようで何度か対峙したところですぐに慣れた。
腰に下げた小型の巾着もほどよく埋まり始めたところで、チャーリーがアルスに話しかけてくる。
「分隊長、もっと奥の第二層に行ってみたいです」
ジャックが冷やかすように口笛をふく。
「第二層までは、経験のある下士官に伴われたらいけるんですよね?」
やる気に満ち溢れたチャーリーの後ろでは、一層での魔獣退治に飽きてきていたギルバートの表情もぱっと期待に目を輝かせている。
アルスはそんな二人を見ながら、困ったように頭をかく。
「俺は遺跡に潜った経験は確かにある。だが、第二層については自分の身を守った以上の経験はないからできれば避けたいんだがなあ」
「でもここまできたら、もう少し大きな魔石を集めたいです!」
意欲が高いのは結構なことなので、アルスは迷っていた。
「いけると思うか? ジャック」
「まあ二人もいますしね、逆にこんな機会そうそうないかも」
ジャックは肩をすくめて気楽に言葉を返す。
「わかった。じゃあ、行くのは一層との境界付近。そこで最初の一匹だけ仕留めたら終わりにする。今日は先に行った部隊もいると聞く。その流れ弾に当たっても困るからな」
「ああ、そういえば、セオたちまた潜ってんのか。火薬弾はあれはあれでおっかないですねえ」
ジャックが、魔法を取り扱う能力が低く、代わりに銃火器を武器にしている第六近衛兵団の一員の名をつぶやいた。
科学技術によって構成された銃は、魔法弾と違い物理的な弾薬がいる。
予算の少ない第六近衛としては、その購入費を稼ぎながら訓練できる遺跡は非常に都合がいいらしい。
「ともかく、何か少しでも危険を感じた時点で撤退だ。今日初めて遺跡に入った奴らに無理はさせられない」
チャーリーは頷いた。ギルバートは少し不満そうだったが、ジャックから頭を叩かれ了承した。
荒く凹凸のある岩壁に囲まれ、少し細くなった曲がり角の手前に差し掛かると、遠くのほうで甲高い銃声が断続的に鳴り響いているのが分かった。
まだその音は遠い位置にありそうだったが、見通しの利かない道を曲がる際は注意したほうがいいだろう。
先頭を歩いていたアルスは合図をして、一度足を止める。
――その途端。
「全員下がれ!」
咄嗟にアルスは叫んだ。
曲がり角から飛び出してきた影をすんでのところで避ける。
「な……っ、同時に三体かよ⁉︎」
終始気楽に言葉をかけていたジャックの声にもさすがに焦りが混じった。
アルスたちの目の前には狼が三頭。
地上の動物の形を模した石魔獣が現れていた。
アルスとジャックが焦るのも当然だった。
実は複数匹がわざわざ、下層近くまで近づき飛び出してくることなどそうあることではない。
それは石魔獣が、周りの魔力を餌に体を維持しているためであり、あえて魔力の薄い方へと向かう理由がないからだ。
「そうか、銃声……」
「なるほど、あいつらの狩りにびびって追い込まれてきたってわけね」
ジャックがアルスの言葉に納得し、短く嘆息する。
「ジャックは一番右端を頼む。俺は真ん中を仕留める」
石魔獣に向かって走り出しながらアルスは新兵らに指示をした。
「ふたりは手前の小型の狼を距離をとって見張っていろ。俺たちの体制が整うまで攻撃はするな!」
第二層ともなると、体格が少し小柄なアルスでは腕力が足りず、一度の攻撃程度では仕留めきれない可能性があった。
アルスは、狼と距離を保ち、少し時間をかけて剣に魔力を溜める。
焦れて突進してきた魔獣に怯むことなく剣先を向け、魔力を圧縮した弾を放った。
そのままの勢いで足を踏み出し核を刺突する。
連続的な攻撃により、石魔獣は一瞬にして霧散した。
急いで残してきた兵たちのほうを振り向く。
すると、ギルバートが近づいてきた石魔獣を前にまさに剣を振り上げようとしていた瞬間だった。
「ギルバート!」
(大丈夫なのか――⁉︎)
焦ったものの、見るとギルバートの狙いは的確だ。
自分が過保護すぎたかと一瞬気が緩む。
――が、金属と核がぶつかる高い音と共に、ギルバートの剣が根本から折れた。
(ここにきて武器の古さが仇になるか!)
それほど遠くない魔獣までの距離がもどかしい。
アルスは自身の剣を逆手に持ち替え、魔獣の方へと勢いをつけて放る。
「青――炎!!」
アルスが言葉を叫ぶと、宙を飛ぶ剣に赤い炎が渦を巻くかのように纏わりつく。
剣ごと石魔獣へと向かった炎の塊がその身体を飲み込んだ。
しかし燃え上がった炎は弾けるようにすぐに消える。
中から低く伏せた狼が現れ、ぶるりと身震いした。
(さすがにしぶといな……)
走り寄っていたアルスはすぐに、石魔獣と新兵らとの間に落ちた剣を拾う。
ようやく剣の間合いだ。
体を捻り、体重を乗せ横に一閃。
弾き飛ばされた石魔獣が壁に打ち付けられた衝撃で遺跡が揺れ、振動が体に響いた。
「ぶ、分隊長!」
腰の抜けた様子のチャーリーを横目に見ながら、アルスは壁のそばで横たわる石魔獣へ近づく。
そして、慎重に狙いをつけると核めがけて剣を下ろす。
石魔獣はようやく消滅したが、武器の折れたギルバートは未だ状況を理解できているのか分からない表情で、座り込んでいる。
(なんとかなったな)
アルスは安堵し、ようやく息をついた。
仕留めたばかりの魔石を拾い、すでに魔獣を倒しているであろうジャックの方を振り返る。
ジャックが青ざめた表情で必死にこっちへ向かって叫んだ。
「アルス様、上!」
はっと見上げる。
眼前には人の頭ほどの石が迫り、アルスの頭上へと落ちてくる瞬間だった。
ぞっとする焦りを感じる裏で、石魔獣を壁に叩きつけた衝撃で壁の一部が崩れたのだと気づいた。
頭を庇うと同時に、飛び込んできたジャックに突き飛ばされる。
「分隊長! レオポルド少尉!」
チャーリーの声が響く。
「うっ……」
しばらくの静寂の後、うつ伏せに倒れ込んでいたアルスは起き上がったが、ジャックはまだ足元で倒れ込んだままだった。
アルスは血の気が引いた。
「ジャック! ジャック大丈夫か……! おい、返事しろ!」
ジャックの体を揺すりながら祈るように声をかける。
「ちょっ……ちょ、アルス様……大丈夫です、起きますから。ほら、ここ、ちょっとかすっただけです」
起き上がるジャックに手のかすり傷を見せられ宥められる。
アルスは強張った表情のまましばらく制止し、脱力した。
必死な顔を見られたのが少し恥ずかしくなり、顔を背ける。
ジャックの様子を横目でうかがうと確かに掠り傷こそあるものの、それほど変わった様子はない。
アルスの方も地面に伏せた拍子に少し顔面を打ち付け鼻の辺りがじんじんと痛むが、その程度だった。
「貴方こそ大丈夫ですか? すみません突き飛ばしてしまって……って、俺より血出てんじゃないですか!」
アルスのそばの地面に血の跡が点々と落ちているのをみて、ジャックは焦り出した。
自分の鼻からぬるりと滴る感覚にアルスはようやく気がつく。
手をやると、指先が血で染まる。
「ああ、いや、ただの鼻血みたいだ……」
アルスが鼻から出た血を袖口で拭おうとしたのをみるとジャックが慌てて止めにきた。
「待った待った」
ジャックが懐から取り出したハンカチを差し出す。
「服で拭うなんて子どもですか……」
ジャックは、ほっとした様子で呆れたように苦笑した。
「分隊長、レオポルド少尉……あの」
近くで待機していたチャーリーとギルバートが心配そうにこちらの様子をうかがっている。
「ああ、たいしたことねえよ。お前らは無事か? ったくアルス様が攻撃せずに待てって言ってたろ。上官の指示をなんだと思ってんだ! 上戻ったら説教だからな。覚悟しとけよ」
「すみません……」
チャーリーが消え入りそうな声を出す。
「ギルバート、なんで攻撃した?」
アルスができるだけ、責めるような口調にならないように柔らかな声音でギルバートに訊ねる。
「え? やー、ほらなんか、さっきまでなんかうまくできてたし、なんとかなるかなって。調子乗ってすみません」
ギルバートは目を泳がせながら、挙動不審のまま答える。
「いや、結局二層入りを許可したのは俺だ……武器も粗悪なもの与えられていることを考慮できていなかった。すまなかった」
気まずい雰囲気が漂う中、ジャックが手を一つ叩いた。
「とりあえずこの話は後だ。幸い大したことにもなってねえ。一人武器が壊れた奴もいるわけだしとっとと離脱するぞ」
ジャックは、チャーリーに自分が倒したばかりの石魔獣から採取した魔石を投げ、ギルバートの背を軽く小突いた。




