第16話 分隊長
秋が深まり冬への入り口が見えてきた。
早朝にもなると剣を持つ手も一層かじかみ、兵たちの不満が漏れ聞こえるようになっている。
午前の訓練が終わり、兵舎の外の広場でアルスは兵たちと一息ついていた。
「分隊長、お疲れ様です。今日はもうお帰りですか?」
「何もなければ城で本の整理になるな」
兵たちはアルスの存在にも随分と慣れ、いつの間にかアルスは分隊長と呼ばれることが多くなった。
王子と称されるよりはアルスも気楽だったし、兵たちにとっても会話しやすいようだった。
「分隊長……。武器壊れてます」
兵の一人がうんざりしたかのように柄と剣先のつなぎ部分が緩んだ剣を鞘に収めた。
「またか。壊れた武器は別に選り分けておけ」
「俺のなんか、剣、刃こぼれだらけで何も切れねえよ。ぼろぼろじゃん」
「そりゃお前の腕が悪いせいだ」
ジャックが刃先を見つめる兵の頭を軽く叩いた。
残念ながら第六近衛兵団に充てられた予算は潤沢とは言い難い。
予算内で下士官未満の兵たちの給金と衣食住の維持の保証、馬の管理や武具なども賄う必要がある。
そのため、武器に関しては、ギブソンが軍の伝手を利用し旧式の武器をかき集めたりと工夫をしているが、それでもギブソンが身銭を切っている部分が多々あるという。
「お前ら文句ばかり言っておるな。そんな暇があるなら小遣い稼ぎでもしてこんか」
ギブソンが自身の大剣を素振りしながら怒鳴った。
小遣い稼ぎというのは魔石集めのことだ。
戦いにおける魔法や生活の一部に使用されている魔石は、一定の魔力が充満している場所――つまり古代魔法文明の遺跡で手に入れることができた。
また、この遺跡内には同時に石魔獣という魔石を核とした獰猛な生物が存在している。
そのため、兵の訓練場所としても利用されている場所でもある。
リンデルの近衛兵は、戦時下でない状況においてもこういった実践的な訓練の機会に恵まれており、それが兵の質の維持へと繋がっていると言われていた。
「はい! はい! 俺行きたい」
主張してきたのは、真っ赤に染めあげた髪と八重歯の目立つ若い少年兵だった。
「お前が積極的なのは珍しいな、ギルバート」
アルスは、ギルバートの言葉に素直に感心する。
「だって最近食事しょぼいじゃん。食うに困らないって兵に志願したのに。俺遺跡で石魔獣と戦ったことないし、もしそれで金増やせるなら、試しに行ってみたいなって……」
「そうか……すまないな。予算が足りないせいで食事にも影響が出ているか」
アルスは、兵たちが一日で最も重要で楽しみにしている時間が食事であることを知っていた。
入隊したての自分より若い兵が食に悩む姿は心が痛む。
「アルス様、あんまりギルの話をまともにうけとりすぎないでください。こいつ、さっきブライアン大尉から相当絞られてたんで、大方追加の訓練さぼる言い訳探してるだけですよ」
ジャックが呆れ顔で割り込む。
「……ばれたか。でも遺跡に行ってみたいってのは本当だけどな! 戦って金増えるなんて最高じゃん」
ギルバートはけろりとした表情で開き直る。
「お前が考えているほど楽な話じゃねえよ……」
ジャックが頭を押さえてため息をつく。
その後ろからぬっと長身が現れた。
ブライアンだ。
雰囲気からして怒気を含んでいるのは明らかだった。
「げっ、ブライアン……」
「馬っ鹿、お前。ブライアン〝大尉〟だっていってんだろ」
ジャックがギルバートの背中を小突いた。
「いいだろう、ギルバート。いい加減実戦の厳しさを一度体験してこい。お前の態度は目に余る。きちんと下士官以上の人間を一人連れて行け。遺跡未経験のものがほかにもいたな……」
ブライアンがチャーリーという名のもう一人の若い兵を名指しした。
「隊長は……」
辺りを見渡したブライアンの視線を避けるように、他の数少ない下士官らが目を逸らした。
「……俺が行こう」
アルスが会話の流れに責任を持ち、引き受けることにする。
ギルバートがアルスの言葉を受け、大きな声で周りに報告する。
「分隊長暇だってさ!」
「分隊長は暇だそうです、だろ」
ジャックがギルバートの言葉を訂正させる。
「えーっと。分隊長暇だそうなので分隊長と行ってまいります!」
ギルバートが仰々しく敬礼をしながら言い直した。
「あんまり暇だ暇だいうな。俺だって本当はそこまで暇じゃない。他に空いてるやつがいないから行くんだよ」
流石のアルスも言われっぱなしでは居られずに言い返す。
「それが暇ってことでしょう」
悪乗りしたジャックがさらに茶化してくる。
「お前な……」
「アルス様が行くということはレオポルド少尉も一緒だな。二人もいるなら大丈夫だろう。行って来い」
ブライアンの言葉に、ジャックのにやついた顔が固まる。
「この人俺より強いのに!? まじかよ、俺の意思は?」
思わず小声で声に出したものの上官の指示に逆らう非常識な振る舞いはジャックにはできない。
「……完全に巻き込まれってやつじゃん」
アルスは笑いを堪えながら、うなだれるジャックの肩を叩いた。




