第14話 城砦の生活
馬車での外出以来、ジャックはアルスに、以前よりも気安い雰囲気で接するようになっていた。
周りから会話を聞かれる心配のないときには、言葉遣いが粗野に崩れる時もあったし、アルスのことも「王子らしくない」とよくからかった。
アルスも、ジャックのことを面倒見のいい兄や友人のように錯覚する瞬間があり、それがとても心地よかった。
アルスは、久しぶりに妹のユーフェミアと昼食を一緒に取る約束をしていた。
招待を受け、いつものような軽装で訪ねることをジャックは許さなかった。
朝の訓練後、部屋での着替えがいつもよりも長引いている。
「ジャック……そろそろ時間なんだが」
アルスは窮屈なネクタイを取っ替え引っ替え選んでは締めることを繰り返すジャックにうんざりしていた。
「わかってますよ。……よし。こうしてみると、ちゃんと王子様なんですけどねえ」
やっと決まったのかジャックは満足気に頷いた。
「あの格好してたら、本気で、王族どころか貴族であるとも誰も思いませんって」
ジャックは先ほどまでの訓練の時に来ていた白いシャツに茶のベストという簡易な服に目線を向ける。
「なんなら俺の付き人か護衛かくらい思われても仕方ないです」
少尉であるジャックは、将校用の軍服を着ているため、余計に対比が目立った。
「それならそれでもいいな。お前より強いし」
「調子に乗らないでくださいよ。そもそも俺、一応護衛も兼ねてると思うんですけど……。その対象が俺より腕があるってどうなんですかね」
ジャックが苦々しい顔で口を尖らせる。
「俺より強いやつなんていくらでもいるだろ。パーカー、クリスにモーガンと……」
アルスが指折り数え始めたのを聞きながら、ジャックはさらに呆れた顔を隠さなくなった。
あげ始めたのは兵団の中でも実力の高い兵の名前である。
「貴方、まさか第六近衛兵団で一番を目指してるんですか?」
「まさか。片手間に訓練へ参加する程度じゃ無理だろう」
アルスは慌てて取り繕ったが、普段から模擬戦で負けると本気で悔しがっているのを見られているため説得力がない。
「ギブソン団長に言っておきますよ。『アルス様は、訓練が物足りないと仰っております』と」
「やめてくれ……ブライアンの訓練もきついが、ギブソンが本気になると付き合いきれない」
アルスの青ざめた表情を見て、ジャックはにやにやと笑った。
ユーフェミアの居城には、馬で向かう。
共に馬で走っているジャックがアルスに近づいてきたので、アルスは速度を緩めた。
「どうしたジャック」
「あの、先日話していた外の薔薇園ですけど……」
「……! ああ、どうなった?」
アルスは、ぱっと表情を明るくし、ジャックの言葉に反応する。
先日薔薇園を何とかする方法はないのかジャックに軽く相談していたのだ。
「城砦を管理している庭師に相談したところ、やはり病気が蔓延しているのでそのままの形での復旧は難しく。一部を残して魔法で燃やそうと思っています。その方向でよろしいですか?」
「そうか……もちろん構わない。しかし一部を残したところでどうするんだ? うちの館専属の庭師を雇うのは難しいという話だっただろう」
「俺が世話します」
「……おまえがか?」
アルスは困惑した。
「なんか、庭師のところに何度か通ううちに気に入られちゃって。色々用具を融通してくれたり相談に乗ってくれるとのことで。せっかくだから数株くらい世話してみようかなと」
機嫌よく言うジャックにアルスは探るような目線を送る。
「お、疑ってますね? 俺これでも実家の方で庭仕事が趣味だったんです。レオポルド家の緑の指とはこの俺のことです」
「いや、その……俺の何気ない一言がお前の仕事を増やしてしまっている気がして」
反省するアルスの様子をみて、ジャックはきょとんとすると、すぐに笑って返す。
「ははっ、大丈夫ですよ。先ほども言った通り、もともと土いじりが好きでしたし、趣味みたいなもんです」
それでも不安げなアルスの様子を見かねたのか、付け加えてくる。
「まあ、あんまり気になるようなら、アルス様もたまにはお手伝いでもしていただきますかね」
「ああ……ああ、もちろん。俺にできることがあれば努力しよう」
アルスは、手伝いの内容について想像がつかず、視線が落ち着かなくなった。その様子を見てジャックがさらに笑い飛ばす。
「努力って……真面目ですか。大丈夫ですよ、気楽にやればいいんですよ」
未知の作業に不安がるアルスを、ジャックはやれやれと宥めた。
ユーフェミアの居城に到着すると、ジャックはユーフェミアの使用人へアルスを預け、兵団の仕事のためにそこで別れた。
アルスが侍女にバルコニーへ案内されると、椅子に座り待っていたユーフェミアが嬉しそうに立ち上がった。
「お待ちしておりました。いいお天気でよかったです」
青々とした空を仰ぎユーフェミアが笑う。
涼し気な風が吹き抜けると共にやわらかな花の香りが漂ってきた。
アルスはすぐそばにある、手入れの行き届いた庭園に目を細めながら、ユーフェミアの向かいへと侍女に誘導され座った。
「お前の使用人をしばらくこちらによこしてくれたおかげで、随分と助かった。リブラル城で生活する体制も無事整ったし、二人とも感謝しているよ。ありがとう」
「いいえ、お兄様のお役に立てたのであれば私は幸せです」
ユーフェミアは心底そう思っているようで、両手を胸に当て、穏やかな笑顔をみせた。
そばで控えているメリッサも挨拶をする。
「従者の方は兵団から選ばれたと聞きましたが」
「ああ。ギブソンが紹介してくれた。ジャック・レオポルドというんだが」
「まあ、宰相レオポルド卿の五番目のお子さんですね」
「流石よく知っているな。次男らしい」
既に多くの人間と交流することの多いユーフェミアは上流階級の人間関係をよく把握しているようだった。
「兵団の仕事もしながらよく働いてくれる。随分とできたやつだよ。俺には勿体無いくらいだ。たまにやり過ぎて面倒だけどな」
ネクタイを選ぶのに時間をかけたジャックを思い出しながらアルスはため息をついた。
「最近は毎日どうお過ごしですか」
「午前中は兵団の訓練に参加して、午後はリブラル城の管理についての執務が主だな。気晴らしで馬に乗ったり好きに過ごしているよ。想像していたよりいい生活だ」
「ふふ、それはよかったです。確かにお兄様、この城へ帰還された頃よりも随分と顔が穏やかになりましたね」
アルスは一瞬虚を突かれた表情のち、隠すように顔を手で覆った。
自分の目が泳いでいるのがわかる。
「そうか、みてわかると言われると恥ずかしいな」
「良いことだと思います」
ユーフェミアは素直になりきれないアルスの分まで、目一杯の笑顔を見せた。




