幕間 ガルブレイスの話(下)
「あくまで一般市民からの依頼というわけじゃ。流れの傭兵が、首を刎ね、それを目立つところにうっかり落としちゃろうぞ!」
「お前相変わらず、考えることはえげつねえよなあ」
「おお、わしは、考えるだけじゃきなあ」
げらげらと快活に笑う、目の前の男には、確かにまともな武力はない。
それを堂々と認めた上で、人にやらせるからこそ言えるのだとよく胸を張れるものだ。
(間違いなく、一番異常なのはこいつだ)
凡人なら抱えきれずに、潰れるか発狂するほどの多くの物事を受け止めながら、なぜ普通でいられる。
責任を全て丸ごとひっかぶるだけの胆力はどうすれば持てるものなのか。
* * *
伝わっていた情報の通り、人気のない道を進む馬車を見つけ、数名で襲った。
邪魔な周囲を軽く蹴散らす程度に遊びはしたが、自分の狙いはただその一人だ。
そいつは、転がるように手をつき、もつれる足のまま情けなく走り、犬に追われる家畜のようで滑稽だった。
(せめて銃だろ)
護身用にと持っていたものか。
胸元で振られる短剣は風切り音すらまともに聞こえず、ゆっくりと目で辿れるほどで欠伸が出る。
父親とは違い、石魔獣狩りなども好んでなかったのだろう。
肉付きのふっくらした指に嵌る大きな指輪たちが、木漏れ日に反射して視界でちらつく。
わざわざいたぶる趣味などはない。
殺しに対して今更感慨もわかない。
人殺しは仕事だ。
無駄なく成功させればそれでいい。
自分自身に意思などはない。
そいつは結局、抵抗すらまともにできぬまま、悲鳴と共に木の根につまづき足を止めた。
荒い息遣いは随分と耳障りで、腹の奥からじりりと細い苛立ちが湧き上る。
苦痛と恐怖に歪み、嘔吐くほどに、情けなく口の端から涎を垂れ流すこの生き物はなんだ。
自分に正義などはない。
誰かのために人など殺さない。
目の前から消えた女のことなど、今更思い出してやるものかと顔も浮かべずにいたのに。
聞こえたのは咽ぶ声で、香ったのは鈴蘭の花。
――泣く女は嫌いだ。
なぜだかその瞬間、解放されたような高揚感を覚えた。
「……っはは」
左手で、刎ねた男の首を掴み上げながら、ガルブレイスは笑った。
* * *
雨が上がったとはいえ、すでに夜の街。しかもここは王都の外れに近い。
足元も悪く、手元に掲げるランプひとつでは心許なさもある。
深めの水たまりに足を突っ込んでしまい、ガルブレイスは舌打ちをした。
レイヴィーの気まぐれに付き合い、この三日間は、ただ周囲を警戒しながら待つだけの無益な時間を過ごす日々だった。
その結果ようやく得られた無名の王子への拝謁の機会は、先ほどあっさりと失敗に終わった。
さっさと酒場を出たが、ガルブレイスとしてはもう少し居座ってもよかったのではないかと思う。
外は凍えるほど寒いし、ディレアはともかく、自分なりによく面倒を見ていたクロードとはまともに会話もできなかった。
「しかし、勧誘しそびれたのう」
「あ?」
「掘ったらそれ以上の大物が潜んじょっただけで、はじめの目的はあの姉弟じゃ。わしらも慢性的に人手不足じゃき、優秀な人材はいつでも取り込みたい」
少し考え、ガルブレイスはぼそりと呟く。
「……俺の人質じゃなかったのか」
「そんなもんいらんわ。おまんはなんだかんだ面倒見がえいき、逃げんのはわかっちゅう」
ここまで真っ直ぐに信頼されるのは、正直不快とも言えるほどに居心地が悪い。
ガルブレイスは誤魔化すように話題をずらす。
「そういや、『反乱軍』なんて言い回し認めてよかったのか? 自由のなんとかとか、解放軍とか。いちいち、クソうるせえ注意してくる奴らいるだろ」
「言い方嫌っちゅうのは、体面気にしゆうジェームス達じゃあ。わしゃどーでもいいし、めんどくさい」
発言の場は選ぶが、とも彼は付け加えた。
(空気が読めないわけじゃねえんだよなあ)
行動は阿呆臭いがそれだけでこの立場はやれないだろう。
ひとたびこの男の意識が切り替われば、一挙手一投足まで洗練された完璧な姿を見せる。
そういった上流階級の振る舞いに反吐が出るガルブレイスですら、つい目が離せなくなるほどにだ。
だからこそ、不平を漏らしたくもなる。
「……くそ、余計なこと喋りやがって」
「あの話は口止めされちょらんかったぞ」
レイヴィーがバラしたのは、ディレアから頼まれた双子の兄弟について、ガルブレイスが大きな労力と自尊心を払ったことについてだ。
ヴィルワースの首晒しについて、伏せられた事情ではない。
「わしはそっちの件についても言うてええと思うちょったが……そう睨むな。言わんかったろうが」
「絶対に言うんじゃねえぞ。――あれは、ただの仕事だ」
苛立ちとともに吐き捨てた声は、獣の唸り声に近い。
手持ちのランプが、がたつくほど揺れ、水たまりで反射した明かりが踊った。
〈幕間 ガルブレイスの話 完〉




