幕間 ガルブレイスの話(上)
――家が殺風景すぎるのよ。気が滅入るわ。
かつて、この場所に居候させていた二人のうち、姉の台詞だ。
妙に生々しくガルブレイスの脳裏に蘇る。
口煩さはあったが、そこら辺に散らばる女たちの嬌声よりは幾分落ち着きのあるましな声質だった。
だが、そんな感傷的な振り返りは柄じゃない。
だからこそいらつく。
窓際に放置していた花は、からからに枯れ果てたが、この二年近い月日が経ったところで、意外に元の形を保ったまま鎮座している。
「なあに。……ゴミじゃないの。あたしが新しい花持ってきてあげようか」
「さわんじゃねえよ」
一時的な欲を満たすために連れ込んだ女は、体をびくりと硬直させ、怯えた。
「失せろ。興が削がれた」
「はあ?」
「失せろっつってんださっさと行け!」
結局、気の強さを取り戻した娼婦は、派手な化粧の乗った顔だちに反抗的な感情を滲ませ出ていった。
残ったのは香水の匂いだけだ。
ガルブレイスは窓を開け、それをも追い出しにかかる。
全ては少し前に届いた電信のせいだ。
「――確かにお前が、花っちゅうんも似合わんわな。じゃがレディに当たるのは感心せんぞ」
外から、聞き慣れた声が侵入してきた。
「んだよこのエセ紳士が。てめえが来たから追っ払ってやったんだろ」
「おっと、そりゃあ失礼したのう。ほいたらご招待にあずかって、茶でももらおうか」
玄関に回った男は、裾のだぶついた外套を翻し、遠慮のかけらも見せないまま、居間の長椅子に座った。
舌打ちするガルブレイスをよそに、男は二重に重ねた帽子をとり、ぼさぼさで不衛生なほど長い毛髪と髭も取り外していく。
「またきたのか。何度来たってめえの配下になんて降らねえよ」
「さすが気高い一匹狼よ」
「言い方に悪意あんだろう」
我ながら面倒見の良さはどこからくるものか、と茶葉を準備し湯を沸かし始める。
「そういう甲斐甲斐しいとこも、家庭的でええがよ。口説きとうなるっちゅうやつじゃ」
ガルブレイスは男の方を見ずに、近くにあった木ベラを投げつけた。
「お尋ね者がホイホイ一人で出歩いていいわけ?」
「ここから離れたとこで待たしておる。お前も、見知らん奴らがずかずか入ってくるがは嫌やろう?」
「てめえだって俺のトモダチってわけじゃねえんだがな。――これまで通り単発の契約なら都度受けてやるから帰れよ。どっかに属する気はねえ」
やれやれとため息をつき、ガルブレイスはついに振り返った。
長椅子に笑顔を浮かべているのは、中年だが人好きのする雰囲気の美丈夫だった。
「しつけえんだよ。飲んだら帰れよ」
ガルブレイスは、紅茶のマグを長椅子そばの机に叩きつけると、対面の椅子に乱暴に座った。
男は湯気を浴び、こんな美味しいものを口にしたのはまるではじめてだという表情で、有り難そうに紅茶を飲み始める。
(この人たらしが……)
これよりいいものに触れた経験など腐るほどあるだろうに。
しばらく続く静かな空間にガルブレイスの方が耐えられなくなり、つい話題を振る。
「……なあ、親なしのガキ二人、預かれる場所知ってるか?」
男ははっと顔を上げた。
よっぽど驚いたらしい。余計なことを言ったと苦々しい思いがガルブレイスに湧き起こるが、時間は戻せない。
少し間があいたのち、男が答えた。
「心当たりが全くないわけやない。まあ融通はきくし、救貧院としての運営も信用できる。ちょっと神官の性格が生臭いが」
「お前の伝手ってだけあるな」
「また子供でも拾うてきたがか。さすが面倒見のいい狼じゃあ」
何が楽しいのか、げらげらと腹を抱えて笑い出す男への暴力を、果たしていつまで我慢し切れるものか。
「なあ、ロバート。紹介するのは構わんけんどよ、当然タダで働けっちゅうんは道理が合わんのじゃないかえ」
にやつく顔を見るのが腹立たしく、一瞬で目を逸らしたが、気持ちが収まるわけではない。
片手で頭を掻きむしる。
「……っ! ああ、もうこのクソ紳士」
つまりは、もう、道は一つだった。
ガルブレイスは男の座る長椅子をつま先で蹴り飛ばした。
「おい、早く立てよ」
「ん?」
「お前は、こんな人里にのこのこ何度も降りてくる立場じゃねえだろ。ここに大したもんはねえ、いくならさっさと連れてけ」
見下ろせば、ぼんやりと目を瞬かせる阿呆面があり、なぜか疲労感がのしかかる。
「なんでこんな、世話の焼ける馬鹿ばっか集まってくるかねえ」
「なるほど、わしのことも気にかけてくれちゅうってわけやな」
「黙れ阿呆。――あと、約束は守れよ。ガキの面倒なんて二度と見てたまるか」




