番外編 セオドアとジャック
「おい、セオ! 起きろ! いい加減にしろ、風邪引くぞ」
「……ああ、すみません、レオポルド少尉。おはようございます」
セオドアは、ぼんやりとした頭であまり深く考えずに返した。
しかし、顔の左半分を歪ませたジャック・レオポルド少尉を見て、すぐに失言だったと気づく。
周囲を見渡せば、ここはいつもの武器庫だ。
「お前、またここに夜中じゅう、引きこもってたのか」
「最近手に入った銃の構造見てたら、気になっちゃって、この機構の溝の位置とか」
「待った、待った、そういう話聞いてる暇はねえって。お前、こんだけ遅刻繰り返されると、俺もこれ以上ブライアン大尉から守れる自信ねえわ……」
「……ああ、すみません」
面倒見のいいこの少尉は、これまでも相当に自分のことを庇ってくれていたのだろう。
「そろそろしっかりしろよ。もう起こしてやれねえんだぞ」
何気なく発せられた話題に、うっすら陰る思いが染みだしてくる。
レオポルド少尉は、中尉になる。
もともと一線級の部隊から左遷された彼は、ほとぼりが冷めたというやつなのか、元いた場所へ戻るらしい。
実際彼の能力は、この兵団内では違和感のあるほどに優秀すぎると、セオドアでも感じていた。
「ったく、うちの王子様なんか、最近は頑固に一人で起きて一人で準備してるってのに。あっちはあっちで意地の張りようがめんどくせえ」
「分隊長がですか? あの人、少尉いなくなっても他に面倒見る人出てくるでしょ」
「当然だろ。そもそも、ああいう立場の人間なんて、起こしに行くまでベッドから出るなっての、なあ?」
セオドアは、レオポルド少尉の同意を求める言い回しに答えを返さず、肩をすくめるまでにとどめた。
セオドアも一時的にはその世界にいた身分だと把握しているが故の会話か。
とはいえ王家やレオポルド家の家格と比べられると困るところでもあるのだが。
「俺は別に……どうせ落ちこぼれなので」
「はあ?」
唐突に話を飛躍させすぎたか。
「魔法弾の能力がないって意味では俺も変わらねえよ。お前はノーコンじゃねえだろ。羨ましい」
彼の話ぶりには毒がない。
からりと笑う姿は堂々としていて、自分のような卑屈さなんてかけらも見当たらない。
まさに光の下で生きている人間であり、妬ましさすら覚える隙もない。
「俺の……つまらない話、散々聞いてくれてありがとうございました」
「ん?」
「レオポルド少尉も分隊長も優しいですよね。みんな、あからさまにうんざりした顔するのに。興味ないだろうなってわかってるんですけど」
「……まあ面食らうことはあるし、俺も知識ないからそうそう乗っかってやれないのは悪いなとは思うが、つまらないってほどでもなかったよ。お前があんまり楽しそうに話すから、なんかいいよな、そういうの」
最後の言葉は、なんとなく、自分のことだけを指しているわけではない気がした。
「それになあ、アルス様に限っては、あの人本気で興味あるだけだろうから遠慮しなくていいだろ」
「……そうなんですか?」
「だって、部屋に入ると、火薬銃のしくみの本とか、アーナヴァルタの科学について書かれた本とか、そういうの積まれてたりするぞ」
「まあ、確かに分隊長はいつもしっかり話聞いてくれますね」
「結構気が合うってことか。——なあ、セオ。うちの王子様、頼むな」
セオドアは言葉に詰まり、ただ瞬きを返した。
面倒を見られることはあっても、託されることは経験がない。
自分の戸惑いがしっかり伝わってしまったようで、少尉は噴き出してしまった。
「別に何か特別なことしろって意味じゃねえよ。お前なりに普通に接してやれってだけだ。そして、困ってるときは助けてやれ」
よくわからないが、その程度ならできそうだ。
セオドアもアルス王子のことは比較的好ましく思っている。
「——そうだ、セオ。これ、お前にやるよ」
レオポルド少尉が、右の手首に巻かれたものを外し始めた。
「え……ちょっと」
差し出されたのは腕時計だ。
黒々とした立派な革のバンドに文字盤を保護する金属の覆いがついている。軍用だ。
出回っているのは懐中時計が主流の世の中だ。
小型で便利な最先端の腕時計など、あまりに高価で軽々しく受け取れる代物ではない。
セオドアは無言で首を横に何度も振った。
「ほら、手ぇ出せ」
押しが強い。
振る舞いは穏やかなくせに、逆らいがたい雰囲気をも作れるのは、さすがとでも褒め称えるべきか。
観念して出した右手首が、時計に縛り付けられ、ずっしりと重くなった。
「遅刻もそうだし、狙撃なんかも時間大事だろ? これでお前も少しは意識しろっての」
レオポルド少尉は、満足げに人懐こい笑みを惜しみなく表現して、セオドアの肩を叩く。
少尉に何かを、言わなければ。
いくら人との会話が苦手であっても、彼に礼儀を尽くさず終わるわけにはいかない。
「ありがとうございます。少尉には、色々とお世話になりました。頑張ってください」
なんと自分の発言の凡庸なことか。
それでも目の前のこの人当たりのいい上官は、気にするそぶりなど見せず、素直に喜んでくれた。
「お前もがんばれよ。ま、ここから離れるってだけで、たまには顔くらい出すさ。いいか? 遅刻で会いそびれるなんて馬鹿な話は、ナシだからな!」
セオドアはその言葉に頷いた。
正直、セオドアだって好きで遅刻しているわけではない。
だから、意識をどれほど変えられるかはわからない。
それでも、ほんの少しくらいは頑張ってみようと。そう思える程度には。
セオドアとしても、この少尉に対する敬愛の気持ちは、特別だったのだと思う。
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カクヨム版に追いついてきたので、番外編シリーズ更新後、更新ペースが落ちます(週一程度)
(調整の都合上数話カクヨム版が先行します)




