第11話 第六近衛兵団
アルスの従者に任じられたジャックは、左遷された現状はともかくとして、従者としての仕事は完璧に果たそうとした。
誇り高き貢献意欲を、仕事の質へと反映させることにしたらしい。
朝から着替えの介助を断ったアルスを許さず、終いには上流階級の振る舞いや、従者としての仕事の内容を懇々《こんこん》と説明し始めた。
とはいえ真面目一辺倒の融通の利かない性格というわけではなかった。
ジャックは支度が終わるとポケットから包み紙をとりだし、小さな菓子をアルスに渡してきた。
そして、「内緒ですよ」とにやりと笑って自分自身も一つ口に放り込んでいた。
アルスは第六近衛兵団と顔を合わせた翌日も、ジャックを伴い訓練の広場へと足を運んだ。
ギブソンとブライアンの前に整列している兵たちの横に混じるとジャックから剣を受け取り、腰に差す。
たまにやってくる程度と思われていたのだろう。
アルスの姿を見た兵士たちがぎょっとした顔で振り向く。
「は? あんたもやんの⁉︎」
兵士として入団したばかりと思われる十代前半くらいの真っ赤な髪をした少年が素っ頓狂な声で叫んだ。
アルスが剣を持つ姿をみて、よっぽど驚いたらしい。
「こ、こら! そこの赤毛! お前ギルバートだったな……もう少し口の利き方考えろ!」
ジャックが、赤毛の少年を叱り上げる。
とはいえほかの兵たちも思うところはみな同じなのだろう。
アルスは、気まずそうに様子窺う兵たちの視線を感じた。
「昔ギブソンから剣を習っていた縁もあって彼が誘ってくれたんだ。学校でも多少軍事訓練を受けていた。毎日ではないかもしれないが、参加させてもらえると嬉しい」
真面目に返したあと、少し考え、付け加える。
「……ええっと、そうだな。まあ、皆も知っての通り、冷遇されていて暇なので」
周りがしんと静まり返った。
兵士たちは各々目を丸くし、口をぽかんとあけている姿も見える。
(——しまった。これは失言だったか?)
アルスは戸惑い、どうしたらいいかわからずジャックに助けを求めようと視線を移した。
「……ふっ」
隣にいたジャックが肩を震わせていた。
つられて何人かが堪えきれずにふき出す。
それを見ておろおろと焦りだしたアルスがさらに面白かったのか、次第に笑い声が大きくなった。
アルスが一層戸惑い困り果て、再びジャックに目を向ける。
「アルス様も冗談言うんですね。むしろ天然? っていうかこれだけ冷遇されてるの明言した上で暇ってそんな真面目な顔でいうことかよ。ふふ……」
静まるようにと怒鳴り注意したブライアンですら、少し口元が緩んでいるようだった。
一番腹を抱えて笑いこけていたギブソンが、涙をぬぐいながら前で宣言する。
「一応皆にも言っておく。アルス様はこの国の――つまり、暇な王子であらせられるが、近衛兵団の一員として参加する間は、一般下士官である伍長として取り扱う。故にアルス様にはひとつの分隊を率いる分隊長として活動してもらうため、皆理解しておけ」
「そこは新人二等兵じゃないのか⁉︎」
気楽な気持ちで訓練に参加するつもりだったアルスは、驚いてギブソンに言い返した。
「学校で真っ当な軍事訓練受けている者を二等兵と呼べるわけなどありません。周りへの指導も意識していただかねば困ります」
「いや、できれば、ただ何も考えずに体を動かしたいだけなんだが……」
「急に甘えたことを言いだされますな。そもそも先ほどの発言も気になります。毎日来られないというのはいったいどういうおつもりか」
ギブソンが矢継ぎ早にアルスのことを責め立ててくる。
「そりゃあそうだろう、暇とは言っても一応城での執務と兵団の管理という仕事もあるんだぞ」
アルスはもごもごと言い訳をしながら目を泳がせた。
「訓練をさぼる口実にされておるのではないですか?」
「逆にいうが昔からギブソンこそ、訓練を執務のさぼる口実にしているとブライアンがいつも言っていた記憶が……なあ?」
そばにいる副官のブライアンに助けを求めた。
するとブライアンは大きく頷いた。
「その通りです。正直困っております。しかし、ご存知の通りこの兵団は人材不足です。兵としての基礎が出来上がっていないものが多いのですが、兵士の指導ができるものは少なく、アルス様にお力添えをいただけるのであれば心強いです」
生真面目なブライアンに切実な様子で頼まれてしまった。
ギブソンはともかく、ブライアンをこれ以上の気苦労から守るためにも、こうなったらもうやけくそだった。
「わかった、わかった。できるだけ努力はしよう」
ギブソンが満足げにうなずき、ジャックは隣でまだ笑っている。
周囲に並んでいる兵たちの様子を見ると、はじめに感じていた兵士たちとの間の緊張感はいつの間にか消え去っていた。
ブライアンの号令に従い、訓練が始まる。
夏の始まりの朝の、広場を抜ける風が涼しい。
木陰を作る広場の周りの緑の映える青空の下、城壁の縁から次々と湖へと飛び込む鳥たちの声を背景に、今後この場所が大切な場所の一つになる予感を噛み締めながら、アルスは剣を構えた。




