第87話 序文
ヴィルワース辺境伯の首が王都ログスティリアの北端で晒された。
王都近郊の報道では反乱軍の仕業であると断定されたが、彼らは否定する。
当然だ。リンデルの国はこのような殺人といった犯罪を肯定する国ではないのだ。
そもそも反乱軍とすら名乗っていない彼らはただ一貫して主張するだけだ。
生きる権利を。
食物の不作に加え、課せられる重税。
土地の権利。財産の権利。
彼らはただ奪われたくないだけだった。
報道は日毎に苛烈さを増し、時代は着々と動き出す。
殺されたヴィルワース辺境伯の存命している子の中に、男子はいなかった。
他国の別荘に滞在していた妻子はそのままアーナヴァルタへと亡命する。
ヴィルワースの土地や財産は、リンデル王国の法に基づき、長子相続かつ限嗣相続——つまり最も血筋の近い男系男子一人が全て受け継ぐことになる。
それがどれほどに遠縁であってもだ。
ヴィルワース辺境伯の死後、その広範囲に及ぶ土地と財産を引き継いだのは中流階級である神官の青年だった。
一夜にして上流階級の仲間入りを果たしたその若き情熱家は、見事なまでの演説と共に、民衆を扇動し主張する。
国の負債を押し付けられた、理不尽を。生きる権利を。
南央五州の連合により、以前から定期的に提出が続けられていたという陳情の書面はついに最後通告として形となった。
改善が見込めない以上は、南部の各地区が結束し、リンデルという国からの独立を果たすと。
南部に近ければ近いほど共鳴して合流するものたちがいた。
先の選挙にて一方的に弾き出された郷紳や、切り捨てられてきた下級貴族などだった。
中部以北の者たちも一枚岩ではない。
南部の事情からは距離をとるものの、独立など断固として認めない王や政府に対して、全てのものたちが強い結束とともに後押しできたわけではなかった。
南部に同情を見せ、中立の立場として態度を保留するものも多かった。
おそらくこの国の南部の実態を、ほかの多くの地域は理解していなかった。
そして、そのすれ違いは今なお続く。
誰しも考えていた。南部のものすらも考えていた。
本気で戦争が始まることなど、あるはずがないのだと。




