第81話 パトリックの気掛かり
今日はアルスにとって、久々の外出だった。
連棟式住居到着後、いつものように服を着替えたアルスは、使用人と軽く挨拶を交わして玄関へと急いだ。
「――またいつものところか?」
「ああ」
アルスが振り向くと、少し離れた壁のそばでこちらを見つめるパトリックがいた。
むすっと俯き、やれやれと振られる彼の首の背後では三つ編みが揺れている。煌びやかな宝飾品で飾られており、つい目線が行く。
「そんなに慌てて出て行く事はないだろ。ちょっとは声かけろ」
「悪い。忙しいかと思って」
パトリックが、顔の動きで隣室へと誘導する。
アルスは、室内へと足を向け、今すぐにでも外へ出ようとしていた予定を切り替える。
「アルス、お前最近ダニエルと連絡とってるか? 向こうからの知らせがあんまりねぇんだけど。神官修行ってそんなに忙しいのかね」
歩きながら話題に出されたのは、友人の名だ。パトリックと共に寄宿学校時代に親しくしていたが卒業以来ずっと会っていない。
「学校の寮にいるんじゃなかったか。なかなか手紙を受け取る暇もないんだろう。そろそろ誕生日だから、手紙くらいは来そうな気もするが」
「おお、そうだった! お前そろそろ誕生日か。去年の分も合わせて俺が盛大に祝ってやるよ」
「いちいち気を使うな。あまり派手なのは好きじゃない」
雑談を交わしつつ応接間に移動し、勧められた椅子へ腰掛けると、使用人がすぐに飲み物と軽食を運んできた。
パトリックは珈琲を一口味わい、あらためてアルスへ向き直る。
「――さて、この前は助かった。礼をつたえておいてくれ」
「ああ」
アルスは複雑に入り混じる思いを抱えて微笑した。
礼の相手は赤の守護者だ。
先日、パトリックは赤の守護者へ仕事を依頼してきていた。
パトリックの出資する舞台が脅迫を受けたため、劇場にてその警護と犯人探しを頼まれることとなったのだ。
その際、パトリックはクロード達と顔を合わせている。
当然アルスの素性は誤魔化したままだ。
「おかげで綺麗さっぱり問題解決、人気絶好調! 姫さんも舞台見に来てくれて、評判もさらに上がってるし……」
「おい、そうだその件!」
機嫌良く頷いたパトリックを遮るように、アルスは顔を顰めて抗議する。
「あれ、お前が招待したのか。聞いてなかったぞ。警護の最中、ユーフェミアと目があった気がして落ち着かなかった」
アルスも警護中は変装していたし、流石にばれてはいないと思うのだが、もやもやと居心地の悪い気分は残る。
「俺にいうなよ。あの席、長期契約されてる桟敷席だろ? 話題性のある劇の初回公演なんだし、たまたま偶然が重なっただけだって」
慌てて弁解を始めたパトリックを見ると、本当に予想外のことではあったらしい。
「ま、あの内容を王族がみるっていうと皮肉なもんだけどな。昨今の不満が膨らんで、横暴な権力者が成敗される展開が受けたようなもんだろ」
社会情勢との関連を指摘する批評はアルスも新聞で読んだ。
遠い過去の王族の逸話が元になった舞台だ。
父王から冷遇された王子が、あるとき孤児と入れ替わることとなり、世の悲惨な現状を知る。
そのまま城下で成長した王子が、処刑間際の孤児を救うと同時に、民衆と共に暴君を打ち倒す。
そういった話だった。
「しかし、お前も苦労した甲斐あったよな、ほら――」
「いちいち余計なことを蒸し返すな」
にやにやと表情を崩すパトリックへ、アルスは切り捨てるように言い放つ。
パトリックは両手をあげ、椅子の横に立てかけたアルスの剣を見た。薄ら笑いで宥めてくる。
「おっと、そんな殺気立つな。俺は無力だ。火をつけるのも魔石よりマッチのほうが楽な人間だってんだから、暴力は勘弁してくれよ。人の血で汚れるとせっかくの家具の美術的価値下がる」
「室内で剣を振り回すわけないだろ」
アルスは脱力し、ため息をついた。
パトリックが珈琲のカップを口元へ運び、再び剣へと視線を向けた。
「アルス殿下。俺はお前の剣の腕はそれなりに信用してる。そうそう負けねえとは思ってるし、王都での気晴らしだって一人で送り出してやれるのはそれがあるからだ」
普段軽快な冗談を飛ばすパトリックの前置きが、真面目な響きに変わっている。
アルスは続く言葉に、身構えた。
「――だが、くれぐれも無茶するなよ。治安が悪化してきている。少し前だって危なかったことがあったんだろう?」
以前ディレアが攫われる事件が起きた際、アルスも目潰しの危害を受け、しばらく目の赤みが引かなかった。
それを見咎められたせいで、パトリックへ事情を隠し通すのに失敗した。
あの時の油断含めて苦々しい気分がまざまざと蘇る。
「お前の責任にはさせない。だから万が一俺に何かあった時は遠慮なく……」
じっと見てくる目の前の友人の視線が厳しくなった。
アルスは耐えきれず素直に降参する。
「悪かった。ちゃんと気をつけてるし、これからもそうする」
その後しばらく、他愛もない話を重ねた。
玄関で別れる際、見送りに出たパトリックが、ふと思い起こしたようにつぶやく。
「ああ、そうだ。なんだっけ、あのヘラヘラしてた人あたりのいい男」
「……テッドか。テッド・ブラックストン」
パトリックが悩むように、顎に手を添え黙り込む。
アルスは怪訝に窺い、反応を待った。
「いや……そいつの名前なーんかどっかで見たことある気がするんだよなあ」
「見たことがある? テッドなんてそう珍しい名前でもないだろう」
世間は狭いとも良く聞くが、パトリックとテッドの間での縁など想像がつかない。
「まあ、そうなんだが。どうにも引っかかるっていうか……。いや、悪い、忘れろ。思い出したら言うさ」




