三話
「まあ素敵! お姉様のドレス、わたくしとっても大好きよ!」
「ほんとうに素敵! お姉様のドレス、わたくしはもっともっと大好きよ!」
真新しいブティックの室内で、鏡の前でクルクルと回る二人の令嬢。
リングフォード伯爵家の双子姉妹、クロエとクレアだ。
「お二人とも良くお似合いですよ」
明るい室内灯に照らされて、二人の令嬢は華麗に舞う。
クロエは薄紫、クレアは水色の爽やかなパステルカラーのドレスだ。
たっぷりと蹴回しを取ったスカート部は、通気性の良い軽い素材を使ったため動く度にふわふわと布地が広がる。
そこにレースをいくつも重ねエレガントさを付け足しつつ、ウエスト部はコルセットではなくリボンを結び軽やかに。
そして忘れてはいけない、髪飾り。
クロエにはドレスと同じ布で作ったリボンを大きく乗せ、クレアには同様のリボンとフリルで装飾した帽子を。
「そうしていると、紫陽花のように見えるな」
ソファに腰掛け観覧していたキースがそう言う。
すぐさまパトリシアは振り向いて解説する。
「分かっていただけますか、伯爵様……! そうです、何を隠そうこのドレスのテーマは紫陽花、爽やかな印象を与える初夏の一着に仕上げました!」
「なるほど、確かに涼しげでとても良いな」
——————パトリシアがブティックを解雇されてから半年、あっという間にキースは物件を見つけ、開店の準備を終えてしまった。
君はデザインだけに集中していい、と言われ全面的に任せたが、室内の装飾も備品も全て完璧な仕上がりで本当に驚かされた。
装飾付きの大きな鏡はぴかぴかに磨きあげられ、ソファやテーブルに至るまで全て統一されたテイストで、パトリシアのデザインの可憐でありながらも上品でエレガントなスタイルと調和する。
「ふふ、そうでしょうお兄様」
「わたくしたちにぴったりでしょう。羨ましい?」
ダマスク模様の壁紙を背景に、淡い色合いのチェアに二人を並べて座らせるだけで完璧な一枚が出来上がるのだ。
「羨ましいかと言われると、羨ましいな。今や社交界で引っ張りだこの大人気デザイナーを独占しているんだからな」
「また伯爵様にもお仕立しますよ。最近、伯爵様に似合いそうな色合いの生地を手に入れられたので」
「本当か? それは楽しみだな。やっぱり私も、この子たちと同じで、君に仕立ててもらった服が一番似合うんだ」
キースの言葉に双子が同意する。
「そうそう。昔のお兄様ったらあんなに残念だったのに」
「お姉様に出会ってからすっかりおしゃれさんだものね」
くすくす笑っているが、この話題はこの四人の間では定番だ。
元々、出会った頃のキースはあまり垢抜けていない印象で、悪く言えば野暮ったい容姿の人だった。
パトリシアは彼がダイヤの原石であることを見抜き、キースに衣装を仕立て、髪型も変えさせた。
彼の背丈を活かした長さのコートに、シックな印象を与える落ち着いたカラーリングのベスト。
元々顔が良いのだから華美な装飾は与えず、ただ本来の持ち味を最大限発揮させる、いわば引き算の美学を活用した。
すると、みるみるうちにキースは本来のポテンシャルを発揮し、たちまち社交界の注目の的になった。
おかげで、近頃の社交界では、双子姉妹だけでなくキースも合わせてリングフォード伯爵家はファッションリーダーのような立場になっているのだとか。
「仕立ててもらった衣装であちこち出かければ、ルピナス・ブティックの宣伝にもなるな」
「ふふ、伯爵様ったら。もう十分すぎるくらい宣伝していただいてますよ。それに、新規の注文が殺到していて人手が足りないくらいで」
パトリシアが店を開いて以降、これまでノース・ブティックに通っていた顧客たちが一斉にこちらへ移り始めたのだ。
「皆、君の才能に惚れ込んでいるんだ」
「ええ、嬉しい限りです」
「でも私は、才能だけでなく君自身にもすっかり惚れているんだがな」
「まあ伯爵様ったら! お上手ですこと」
社交辞令だと思ってパトリシアは受け流す。
「相手にされない!」
「なんて哀れなお兄様!」
双子姉妹は顔を見合せてから、兄を指さし笑った。
「こらこらお前たち、やめなさい」
こほんと咳払いをして二人を窘めたキースは、改めてパトリシアに向き直る。
「君のデザインにこれ程惹かれるのは、君の自由で輝かしい心が素直に現れているからなんだと私は思うんだ。君がその目で見て感じた全てがありのままに表現され、君のこだわりと夢が惜しみ無く詰め込まれている。夢中でデザインを描く君は、誰よりも輝いていると私はいつも思っているよ」
真正面から熱烈な言葉を貰い、さすがのパトリシアも恥ずかしくなってしまう。
それを誤魔化すように、必死に気持ちを落ち着かせる。
「それも全て、伯爵様のおかげです。ノース・ブティックを解雇されてから、私は厳しい予算やデリックの機嫌に悩まされず、お客様の求めるものに全力で答え、自由に柔軟にデザインを描けています。あの頃よりもずっと良いものが作れるのは、この店があるからなんですよ」
何度も悩んでいくつも案を出して、それをデリックがチラリと見ただけで、もっと簡単なものでいいだろ、と一蹴される。
そんな繰り返しの悪夢は、もうどこにも無いのだ。
利益や効率だけを考えていては、顧客の心は離れていく。
利益が無ければ商売は成り立たないが、この業界はデザイナーと品物に対する信頼も必要不可欠なのだ。
「君が望むのなら、どんな努力も惜しまず支え続けるよ」
「本当にありがたいお言葉です。そのご期待に応えられるよう、素晴らしい衣装をお仕立しますね!」
気合を入れ直すパトリシアの背後で、双子姉妹はまたこそりと話す。
「遠回しなことばかりね。弱気のお兄様」
「言っちゃえばいいのに。意気地無しのお兄様」
それを聞いたキースが二人を窘める頃には、パトリシアの頭は新しいデザインのことでいっぱいだった。




