第九十九話 十年前の疑惑
「ユーゴ、何を言ってるんだ? 真犯人と杖の場所がわかっているなら、それを話せばお前の容疑は晴れる。逮捕、奪還に協力すれば報奨物だぞ? ギルドから正式に依頼してもいい」
ギルド本部長の言葉がユーゴには聞こえなかったわけではないだろうが、それに応えることはなく、彼は外務大臣をまっすぐに見据えながら「なぜ、あの杖を移動した?」と鋭く静かな声で言った。
大臣はプルプルと小刻みに震え、脂汗を拭うことも出来ず、その両手は膝の上で硬く握られている。
大臣が返答できぬままで、ユーゴは畳みかけるように言葉を続けた。
「あの杖は、大戦後に『二度とカヌセーヌが帝国の駒に使われないように』王室に預けられた物だ。それを、あろうことか帝国の外交拠点であるテンテラ大聖堂に保管されてるってのはどういうことなんだい? 『ソルディアの杖の本来の持ち主』が、取り上げて手元に戻そうと考えてもおかしくねぇんじゃねぇのか? なぁ! 大臣さんよ!」
「大臣、どういう事ですか? ソルディアの杖を含めた国宝の一部をテンテラ大聖堂の宝物庫に移すという決定は議事会で正式に採択されたものでは?」
「そ、それは……」
大臣をさらに追い詰めたのはユーゴではなく、警備隊長だった。
「議会を通さず、反対勢力を締め出した定例会に提示されたものを『正式な決定』とするのであれば、その通りですな」
何も言い返せぬ大臣に保安局長とギルド本部長が戸惑いの目をむける。
ユーゴは保安局長に向きなおり「あんたは、まだ就任前だった」と前置きをしてから語り始めた。
「十年前の定例会。防衛大臣、財務大臣、国王の三名。そして八名の市民議員が欠席。理由は体調不良であったり、ケガであったり、家族の出産であったりと、パッと見は様々だったが、あとで調べてみたら全ての件が何者かが起こした事件であったことがわかった。これが、その調査報告だ」
ユーゴは懐から封筒を取り出して、机上へ放り投げた。
「これは、欠席した十一人全員分あるじゃないか。これを一人で調べ上げたのか?」
ランクSの実力を知っていたとはいえ、調査相手は大臣二人に国王まで含まれる。
ギルド本部長が言葉を失ってもおかしくない量の資料を前に、外務大臣の脂汗はさらに吹き出した。
「やり口は、どれもこれも稚拙極まりない。飲み物や食べ物へ混入したのも、おそらく腐った食材程度の物だろう。体調不良の奴らは食中毒だった。そいつらは全員、議会前夜の食事は外食か使用人が作った物を食っている。怪我は階段から落ちたり、馬車にはねられたりの事故だ。だが、階段から落ちた奴は突き飛ばされたと証言しているし、はねられた奴が言うには、馬車には誰も乗ってなかったそうだ。ある議員の妻は『滋養に良い菓子』と言われて渡されたものを口にして、出産が早まったそうだ。渡した相手は空気のように消えちまっている。どれも捜査すれば簡単に泥が出ただろうが、事故や不注意で片づけられている」
ユーゴは「そしてこれが、問題の核心だ」と懐からさらに一枚の紙を取り出した。
「ここには、各事件の実行犯と現在の居場所。そして彼らの証言がすべて記録してある。どいつもこいつも、当時は入国したばかりの余所者で、冒険者ギルドにKランクで在籍記録があった。この報告書を欲しがっている奴が三人いる。外務大臣さんよ。お前もオークションに参加してみるか?」
保安局長は机上に置かれた調査報告書の一枚に手を伸ばした。
それは、妊婦相手に菓子を手渡した謎の人物についての物だった。
出産予定から一週間ほど早い分娩だったが母子ともに無事であったため、問題視されなかったものか、捜査依頼自体なかった。
無人の馬車も、階段で突き落とされたとの証言も、被害者の記憶が曖昧だったこともあり、勘違いで済まされている。
一つ一つの事象があまりに些末だったために、関連性があると判断されなかったのだろう。
被害者たち自身が被害を自覚していない事柄を、ここまで調べ上げた上に犯人の割り出しまで終わっているなんて……。
これがSランク。魔術や剣の腕だけでは到底たどり着けない高みに昇りつめた者の実力。
「一つ伺いたい。市民議員八人はともかく、大臣が二人と国王までが不在のまま、採決に至るものなのか?」
保安局長はユーゴに向けて問うたが、ユーゴは大臣に振った。
「若い熱血漢が意欲的に質問してんだ。答えてやんなよ、大臣様。あんたは、この場にいただろう?」
「そ、それは……。定例会は、そもそも……」
ぶるぶるガタガタと震え、絞り出した言葉も潰えて、口をパクパクと動かすだけになってしまった外務大臣の代わりに、警備隊長が答えた。
「定例会はそもそも、議案を審議する場ではありません。決定した事項に対して、詳細と責任の所在を確認する場です。その際に再審議が必要と判断されれば本会議に差し戻されるのが通常の流れです。本来ならここに審議前の法案が提出されることはありません」
警備隊長はため息を一つついて発言を終えた。
そこにユーゴが補足をする。
「しかし、なぜかその日は、国有財産法の一部改正案が審議未了のままで紛れ込んでいた。審議未了の法案には王のサインが無いはずだが、当時わずか九才だった現国王には摂政が居らず、王のサインが度々後回しにされていたことも解った。この改正案も、王の承認が後回しの物として提示されたんだろう」
外務大臣は目を血走らせ、口角に泡を浮かべて立ち上がり、ユーゴに向けて「詭弁を並べるんじゃない!」と怒鳴りつけた。
「この場はユーゴ・ドルトーのソルディアの杖・盗難容疑について尋問する場だ。十年前の定例会は関係ない! やってないならやってないと証明しろ! でなきゃ有罪だ!」
唾を飛ばしながら叫ぶ大臣に、警備隊長は冷ややかな声で「判決を出すのはあなたではありませんよ。あと、尋問ではなく事情聴取です」と制する。
ギルド本部長は大きくため息をついた。
「ユーゴ、お前が言いたいことはわかった。だが、ソルディアの杖が大聖堂の宝物庫に保管されていた事実を問うのは後だ。ひとまず、杖自体の所在が明確にされなければ収まりがつかん。経緯はともかく司教が自害している。帝国人が死んでるんだ。司教の息子が杖を盗んだのであれば、司教の死で事態は丸く収まった。しかし、杖を奪った奴が別にいるとなれば、帝国人が利用され濡れ衣を着せられた上に死に追いやられたとの見方が出来てしまう。これはカヌセーヌ国内の問題じゃないんだ」
「わかってるよ? っつうか、解ってねぇのはお前だろ? 忘れてんのか? 外交問題にしたくねぇってんなら、相手を間違えてんだよ。俺はカヌセーヌ人じゃない。帝国出身のトロキオ人だ」
カヌセーヌ王国の立法に関するシステムは日本とは大きく異なります。
日本の立法府でも使われる単語が登場しますが、内容が異なりますので誤解のないようお願いします。




