第九十七話 下ごしらえ
「ネトブリがない!」
「そんなに大きな声を出さないでも聞こえるよ」
タツキの奴、驚きもしないどころか、僕の方を見もしないで棚の商品を入れ替えている。
「これじゃあ、ネトブリが見られないじゃないか!」
「アプリが入ってないからでしょ? 会員登録とか必要だろうし、明日には使えるようにしといてあげるよ」
「じゃあ、今日はもう見られないじゃないか!」
タツキの手が僕からスマホを取り上げた。
「今日はもうおしまい。飯食って寝るか、出張ストアーの準備するか。ルネは他にもやることがあるだろ?」
それは、そうだけど……。
「食べ放題の案を出したのはルネだろう? 無茶なスケジューリングだから出来なくても仕方ないけど、ルネがやりたかったんじゃないの?」
たしかに、食べ放題をやるなら大量の魚の下ごしらえが必要だ。皿も用意しなきゃならないし、フォークも必要だし。
「わかった。今日は仕事に戻る」
「助かるよ。倉庫の冷凍庫と冷蔵庫があの状態じゃあ、他の商品を全く入れられないからさ」
でも、僕は魚なんて捌けないしな……。串焼きみたいにブッ刺せばいいなら出来るけども。
「なぁ、誰か手伝ってくれないかな? 魚サンドの切り身はソーダイとジュンが切ってくれたけど、僕は出来ないから」
「そうだなぁ……」
その時、店のドアが開き「おはようございまーす」とユメが現われた。
「おはようございます。夢ちゃん。ちょっと別の業務お願いできるかな?」
「なんですか?」
「魚、さばいて欲しくて」
「は?」
「ルネ君、この魚は一体なんなの?」
倉庫でユメが立ち尽くす。
えっと、ユメは夜営業の事は知らないんだよな? どうやって説明すりゃいいんだ?
「今夜売る魚。小さく切って売る」
「メリセント!」
あれ? アミュレットも護符もない。
長い前髪で顔は半分隠れているが、だいぶスッキリとしたな。
ダボついた白いシャツがワンピースのようだが、おそらくタツキの服を借りてきたんだろう。緑のエプロンさえ少し床に着いている。
「こんにちは? 誰だろう?」
「初めてお目にかかる。我、メリセント言う。ルネと同郷」
ユメは大きく目を見開いて「あぁ!」と感嘆の声を上げた。
「ルネ君の親戚の子って、あなたのことか! 初めまして、夢です。よろしくね」
にこやかに挨拶を交わすのは良いが、なぜメリセントが倉庫にいるんだ?
「メリセント、お前は寝てたんじゃないのか?」
「起きた。元気ハツラツ。問題ない。オーナー、これ捌いてビニル袋入れて言った。一緒、やろう」
メリセントは包丁とまな板を差しだし、ニッコリと笑った。
そういや、この店が好きだと言ってたな。なんでもいいから働いていたいのか。
倉庫の真ん中にテーブルを組み立てて、魚を水につけて少しづつ解凍しながら切り分けていく。
メリセントが包丁で頭と内臓、骨を取った物を、ユメはハサミで一口大に切り分ける。
僕はそれをビニール袋に詰めたり、次の魚をレイトーコから出したり、詰め終わったビニール袋をレイゾーコに入れたり……。
単純作業だが座る暇がない。
「メリセントちゃん、魚捌くのうまーい。お料理とくいなんだ?」
「料理、好き。作る、なんでも好き。この魚、コツある。尻尾の先持つ。頭落とす。あと、手で捌ける」
和やかに作業するのは良いが、本当に量が多いな。
終わるのか?
もう少し人手が欲しいんだが……。
「今日、アイはいないのか?」
「うん。愛はシフト入ってないからね。家でレポート書いてるって」
「レポート?」
「あぁ……、学校の宿題? みたいな。私も昨日はレポート書いてたんだ。月末はパーティーがあるからさ、補講とか絶対に嫌だし」
こっちの世界の学校は、家でも勉強するのか。大変だな。
「あ! ルネ君、シフト出たよね⁉ パーティーの衣装、一緒に買いに行こうよ!」
「あぁ、そうだったな」
「パーティー?」
メリセントがニヤリと笑いながら顔を上げる。
「メリセントちゃんも一緒に行こうよ! 買い物は……」
ユメは手にはめていた透明な手袋を取って、カバンからシフト表を取り出した。
「二十三日! ルネ君も私も愛も休みだし。メリセントちゃんもエステルちゃんも行ける?」
「行く! 我も、ぜひ!」
「じゃあ、決まりね! ルネ君、エステルちゃんに伝えといてくれる?」
「それは、いいが……。作業に戻らないか? まだ魚は山のようにあるぞ?」
ユメは大きく目玉をまわして、ため息をついた。




