第九十六話 僕のスマホ
「タツキ、次にショッピングモールに行くのはいつだ?」
「え? いま九連勤中の俺に、買い物に連れて行けと?」
そうだった。こいつ、日中もシフトしてるんだった。
夜中ならメリセントが店番に入ってくれるからタツキは休めるけど、僕は出張ストアーの方に行かなきゃならないしな。
「何か買いたいものでもあるの? それとも、またステーキか?」
「スマホが欲しいんだ。ショッピングモールなら売ってるんだろう?」
ガッシャーン! ……チャリンチャリンチャリン……
タツキが持っていたコインカウンターを落とした。
「何やってんだ! 床がコインまみれじゃないか!」
「ごめん! ちょっとビックリして……。拾うの手伝って」
まったく、仕方ないな。
カウンターの内側は狭くて動きづらいのに……。
この世界のコインは小さくて軽いから……、あんなに遠くまで転がっているじゃないか。
銀色のと、茶色のと、穴が開いた奴……。
「これで、全部か?」
「まって、点検してみないと」
こんなゴチャゴチャしたところにコインなんてバラまいたら、あちこち隙間に入ってるかもしれないじゃないか……。
あれ? この棚と棚の間に何か見えるな。小さな紙切れのような……。あんなに奥だと手は届かないな。こっちの世界で魔法は使うなって言われてるけど、ちょっとくらいなら見えないよな。
「エイル」
よし、こっちに飛んできたぞ。あ! 何かに引っかかった! くそ、もう一度……。
「よし、合った! ルネ、小銭はちゃんと全部あったよ。ありがとう」
まだ、あの紙切れが取れてないが……まぁいいか。どうせゴミだろう。
「それで? スマホが欲しいって?」
「そうだ。ソーダイもジュンも持ってる。僕も欲しい。最初にもらった支度金がまだ残ってるだろう?」
タツキは腕を組み、うぅ~んと呻きながら「スマホで何がしたいの?」と返した。
「ロックナイトを読むんだ」
「ロックナイト? え? 何それ?」
「知らないのか? ネトブリで読めるんだぞ?」
「ネトブリ……。ちょっと、待って。それは、そうだい君に教えてもらったの?」
「ジュンが見せてくれた。ジュンがいつも言っている『異世界』はロックナイトの世界なんだ。主人公がな、生まれ育った村を魔物に焼かれてな、敵討ちの旅に出るんだ。それで、スライムとかキノコお化けとかを倒して強くなってな、仲間が出来て……」
「わかった、わかった。要するに、マンガか何かを読みたいんだな?」
タツキは腕を組んで考え込んでいる。
やっぱり連れて行ってもらうのは難しいか。
「お前が仕事で行けないなら僕一人で買いに行くから、スマホが売ってる店だけ教えてくれ。あの建物の中を探し回るのは骨が折れるからな」
「え⁉ 一人で行くの?」
何を驚いてるんだ? おかしな奴だな。
「あぁ。一度行った場所だしな。店の前の停車場からバスに乗ればいいんだろ?」
「それは、そうだけど……。バスの料金の払い方とか、どこで降りるのか? とか……。いやいや、それ以前に、ルネはスマホを契約できないよ」
「ケイヤクってショルイの事か? ケイヤクを交わさないとスマホが買えないのか?」
「スマホは毎月の利用料を払って使うから、買うと同時に利用契約をするんだよ。それには、この国が発行した公的な身分証明書が必要なんだ」
タツキが例えた井戸の話に置き換えると、バケツを買っても井戸の利用料を払わないと水が汲めないみたいな事か。
ジュンから借りたんじゃ、あまり自由に読めないのに……。
「熊楠さん、お店のスマホを貸してあげたらどうですか?」
この声は!
「マエダ! あ! おはようございます」
「はい。おはようございます」
店に居ないから、てっきりまた休みなのかと思ってた。
「前田さん、配達ありがとうございました」
「タツキ、マエダに配達やらせたのか? ダメじゃないか! マエダは腰が弱いから痛くなるんだぞ? 重い物を持つ作業をやらせるなよ」
「ルネ君、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。今日の配達は荷物がすごく軽い物ばかりでしたから」
「そうなのか? タツキは考えなしに無茶な事ばかり言うんだから、無理だったら言うんだぞ?」
「ひどい言われようだな……。でも、店のスマホは業務に使いませんか?」
「外部に商談に行く予定も今のところないし、配達中の連絡くらいにしか使ってませんから。配達に出ていない時間や、配達時も私が出ているなら自分の携帯を使えばいいので大丈夫ですよ」
「でも、前田さんの個人の携帯を業務に使っている間に、ルネが店のスマホで遊んでいるっていうのは、ちょっと……」
「遊んでるんじゃない! 本を読むんだ! お前が勉強しろと言ったんじゃないか」
「ルネ君はスマホで文字を覚えようとしているんですよ。熊楠さんが出かけている間に、立木君のスマホを借りて、ひらがな練習帳と照らし合わせて勉強していたんです。文字の習得はルネ君のトレーニングの一環ですし、業務の範疇と言う事でいいんじゃないでしょうか?」
そうだ、そうだ!
さすが、マエダはよくわかってるな!
でも、なんで僕が事務所でジュンのスマホを見てたの知ってるんだ?
「前田さん、少しルネに甘くないですか?」
「私は昔から、こんなものですよ。昔々から。熊楠さんも知っているでしょう?」
マエダは意味ありげに笑う。
『懐疑』? どうしたんだ? マエダらしくない感情だ。
でも、ジュンの時みたいな暗さはない。なんだろう? ちょっと寂しい色をした『懐疑』だ。
「わかりました。前田さんが言うなら。じゃあ、このスマホを使って良いよ。ただし、絶対に無くさないように。あと、使い終わったらカウンターの、この引き出しに入れること。シフト中には使っちゃダメ。水にぬれると壊れちゃうから風呂場に持っていくのも無し、あとは……」
『ただし』が長いな。覚えきれないぞ。
「わかった、わかった。あとはソーダイとジュンに聞くからいい」
とにかく、このスマホは僕が使って良いって事だ。
さて、続きを読むとするか。




