第九十五話 ネトブリ
それで、なんで僕だけジュースなんだ?
「おい。僕にも酒を飲ませろよ」
ジュンとソーダイが飲んでる変な筒の飲み物が酒だって事は知ってる。
ユーゴが前に飲んでるのを見たからな。
「う~ん、人間じゃなくて、八十五歳で……」
「日本の法律が関係ないのもわかるんですけどね」
二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。だから、その二人だけで通じ合ってるみたいな感じをやめろよ。
「僕に酒をよこさないなら、ユーゴを連れてくるぞ? あいつなら飲ませてくれるからな」
「わかったよ。ビールでいい?」
「なんか、知らんが構わん」
ジュンは筒の上部に穴をあけて差し出した。
穴から白い泡がモクモクと出てくる。発泡酒か。それにしても泡が多いな。
この筒に口を直接つけて飲めばいいんだな?
苦みの強い酒だ。発砲性も強くて口内が刺激される。その割に酒精は弱いんだ。
後味がすっきりしていて飲みやすいな。
「ジュン君、俺たち悪いことしてる気分になりますよね」
「ヴィジュアルが完全に小学生だからなぁ……。ルネ君、美味しい?」
「悪くない」
「そうなんだ……」
ジュンがはじめた『誰が一番みじめか選手権』とやらは、家を出てからの辛かった思い出を、酒を飲みながら自慢げに語りあうという、だいぶ変わった宴会だった。
腹が減った時に漁ったゴミの話や、どこに金が落ちてるとか、寒い時の暖の取り方、暑い時に体を冷やす方法。
僕も最初の内は軒先で丸まって寝たり、ネズミやカラスを捕まえて食ったりはした。
だけど、カヌセーヌ国内では泊まらせてくれる家も多かったし、冒険者ギルドや商人ギルドに所属してからは、そんなに苦労はしなかった。ギルドの保養所で寝起き出来たし、空腹は常だったけど金で飯を買ったり、狩りを教わってシカやイノシシやウサギを食う事も出来た。
何より、ギルドの職員や他の冒険者や商人がバカにしてくるようなことは無かったからな。最低ランクのKランクは確かに褒められたもんじゃないが、上のランクのパーティーが仲間にしてくれて稼がせてくれるなんてことはしょっちゅうあった。
でも、ソーダイやジュンは身元保証人や定住している場所がないと仕事が出来なかったり、身元保証人がいないと定住する家を借りられなかったり、仕事をもらえても宿代で金が尽きたり。
しかも、この国は自由に狩りをして食う事が出来ないらしい。必然、誰かの食い残しをゴミの中から探し出して食べていたそうだ。
ジュンが『俺の世界はクソだ』って言ってた意味が少しだけわかる気がする。
カガクは凄いけど、こいつらの世界は少し窮屈そうだ。
「狩りって言うか、魔物討伐とかやってみたいよね。せっかく異世界に行けるんだし」
ジュンは少し顔が赤い。
「えぇ~? 魔物なんて、怖くないですか? 普通の動物よりも強いんでしょう?」
「それは、種類にもよるな。アクリスっていうシカ型の魔物は、後ろ脚に関節が無いから前足をバネにした独特な歩き方をする。素早く動くことが出来ないし、姿勢を低くすることも出来ないから普通のシカよりも狩りやすい」
「でも、魔物だから人を食べるんでしょう?」
「いや、アクリスは草食だ。魔物を狩りたいなら、初心者はアクリスを狙うのが一般的だ。とにかく弱いからな」
「スライムは? こっちの世界の『異世界』では、序盤で経験値を上げるにはスライムを狩るのが一般的と言うか、お約束と言うか……」
ジュンは少し酔いが回ってきたのか、体が斜めに傾いている。
「その、ジュンがいつも言う『異世界』ってのは、どこの世界の事なんだ?」
僕が聞くと、ジュンがニヤリと笑ってポケットからスマホを取り出した。
ジュンもスマホを持ってるのか。
「これだよ」
なんだこれ? スマホに小さな絵がたくさん並んでいる。
「ネトブリですか?」
「ソーダイ、ネトブリって何だ?」
「ネットライブラリー。スマホの画面で本を読めるアプリですよ。これ、広告視聴で無料になる作品があって、いいんですよね。俺も入れてますよ」
アプリ? コーコクシチョー?
「なんだかわからん! もっとわかりやすく説明しろ!」
ジュンが自分のスマホを僕の手に押し付けた。
しなだれかかってくるなよ。暑苦しいな。
「だぁか~ら~、こういうのは、実際に見て使って覚えた方が早いって。はい、指だしてぇ」
ジュンが僕の指を使ってスマホをなぞると、スマホに描かれた絵が上に移動していく。下からはどんどん新しい絵が出てくる。
ジュンは僕の指で、小さな絵の一つを叩いた。
今度はスマホいっぱいの大きな絵が現われる。
なんだこれ? 僕の指に合わせて絵が変わる。変化魔法みたいだ。
「今度は、横になぞって」
絵が変わった! でも、色が白と黒だけの絵になったな。細かく線で区切られていて、文字もたくさん書いてある。
「これは、なんだ? 何が書いてあるんだ?」
「これは、マンガ。俺たちの世界の本だよ」
「おとぎ話みたいなもんか?」
「そう言うのもあるね。俺たちの国はマンガ文化が有名で、子ども用のおとぎ話から、大人が読むような物語。勉強用の教材にもマンガが使われたりしてるんだ。俺が知ってる『異世界』は、こういうマンガや小説やゲームに登場する世界だよ。ほら、この子が主人公ね。これがスライム。木の剣で叩いてるでしょ?」
そうか。この絵は物語の場面をいくつも並べて読み物にしてるのか。これなら字が読めなくても、なんとなく話がわかるな。
この丸いのがスライムって言ったか。僕の世界のスライムとはだいぶ違う。飛び跳ねながら逃げ回ってて、小動物みたいだ。
この主人公は旅が初めてなのか。
リュックサック一つと木製の剣一本とは、ずいぶん軽装だな。
今度は大きなキノコみたいなやつを叩いてる。これも魔物? いや、魔植物か? こいつも飛び跳ねるのか、変な模様が付いたキノコだと思ったら、これは顔か? キノコに顔があるんだ。間抜けな顔だな。
あ、なにか投げたぞ? これはなんだ?
「うれしいなぁ。気に入ってくれて。このマンガ、最近の作品にしては王道で好きなんだよ」
「なんていう作品ですか? 無料で読めます?」
「たしか、六話までは無料っすよ。その後は広告視聴のポイントで読めます。『ロックナイト』っていうタイトルです」
「あ、あった。これか。俺、こういう感じのマンガはあまり読んだことなくて……。初心者でも読めます?」
ソーダイとジュンは横でゴチャゴチャとうるさいな。
主人公が大きな魔獣にやられそうなんだ。
あぁ~あ、尻もち付いた。ダメだな、こいつ。剣の持ち方からして素人丸出しだし、小型の敵に夢中になって大型の魔獣に気づかないなんて。弱いなら弱いなりに警戒しないと……。
ん? 魔獣が勝手に倒れたぞ? 後ろに誰かいるな。こいつが倒したのか。
おぉ。こいつは強そうだな。
見たところ、兵士か?
あ、主人公が怒られてる。そりゃあ、そうだ。この腕前と装備で森に入るなんて無謀にもほどがある。
あ、泣いた。まったく、仕方がないガキだな。
何か話してるのか? 文字がたくさん出てきた。これは読まないとわからないな。
「おい、ジュン。これはなんと書いてあるんだ?」
「これ? これは『おいら』」
「そうじゃなくて、全部読んでくれ」
「え? マンガを音読するの? それはちょっと……恥ずかしいな」
恥ずかしいことが書いてあるのか? そうは見えないけどな。
「ルネ君、事務所に文字を覚える絵本があったでしょう? 音がなるやつ。あれ使って読んでみたらどうですか?」
あの、おもちゃか……。
「でも、あれは子どものおもちゃだろ? 『あひるのあ』とか言うんだぞ?」
「たしか、発音モードに変えられたと思いますよ。それなら、その文字だけを読み上げてくれるから、続けて押していけば何て書いてあるか、わかるんじゃないですかね?」
「そうだいさん、詳しいっすね」
「佐々木さんのとこのお孫さんが来た時、あれで一緒に遊んでたんですよ」
まぁ、試しにやってみるか。この主人公が何を言ってるのか気になるし……。




