第九十三話 あっちのヴァンパイア
「ルネ君、お風呂空きましたよ」
また、風呂か……。
「今日はいい。狩りが出来なかったから、あまり汚れてないし。やることがたくさんあるからな」
「日中に下ごしらえや準備を終わらせてくれるのはありがたいですが、ルネ君も少しは寝ないと。ヴァンパイアって昼間は寝てるもんでしょう?」
「お前の世界にはヴァンパイアは存在しないんじゃなかったのか?」
「お話の中には出てきますよ。人の生き血を吸うモンスターで、日の光に弱いから日中は棺桶で寝てるんです」
モンスター扱いとは失礼だな。
「名称が同じだけで別物だろう? 僕の世界では、悪魔族の中で人間を食べる種をヴァンパイア族と呼んでいる。日の光に弱い奴なんていないよ。人間は日中に活動するのに、日中に狩りが出来ないんじゃ効率が悪いじゃないか。だいたい、棺桶で寝るってなんだ? 変な趣味だな」
ソーダイは、眉をハの字に曲げて少し背を反らした。
妙な反応をするな。
「ねぇ! 何の話⁉」
突然ドアが開き、ジュンが入ってくる。
こいつ、いつも聞き耳立ててるんじゃないだろうな?
「ヴァンパイアの話ですよ。ルネ君はヴァンパイアだけど、僕たちの世界のお話に登場する吸血鬼とはずいぶん違うって話してたんです」
ジュンはズカズカと部屋に入ってきて、ソーダイの横に座った。
なんで、入ってくるんだよ……。
「たしかに、ルネ君はニンニク食べるもんね」
「ニンニク?」
「俺たちの世界のヴァンパイアはニンニクが苦手なんです」
ニンニクが苦手と言うと確か……。
「ニンニクはブラドラが避けると聞いたことがあるな」
「ブラドラって?」
あぁ、そうか。わからないか。
「じゃあ、今日はヴァンパイアについて教えてやるよ」
そして、風呂に入る流れをうやむやにしてやる。
ジュンとソーダイがベッドを背に座り、ローテーブルにノートとペンを並べる。
「では、今日はヴァンパイアについて話すぞ。僕たちヴァンパイアは大きなくくりで言うと、悪魔族に分類される。エルフについて話した時にも言ったが、体内での魔素の生成量が最も多い種族だ。悪魔族は食べる物によって四つの種に分けられる。北に住むニドッグ族はドラゴンを食う。ネフィリム族はエルフを食い、ダゴン族は海洋生物を食い、ヴァンパイア族が人間を食うという……」
「エルフを食べる⁉」
ジュンはいつも変なところに食いついてくるな。お前は人間なんだから、そこは流せよ。
「食べると言っても、僕たちのように血肉を食べる種は少ないみたいだがな。エルフは魔素の大部分を毛髪に貯めてあるそうなんだ。だから、髪の毛を食べる種が多いらしい」
ソーダイが手を上げた。
「はい、ソーダイ君」
これ、本当に気持ちが良いな。
「その四つに分けた種族の中で、さらに違いがあるんですか?」
「そうだ。僕たちヴァンパイア族で言えば、僕はベルゼビュートで人間の血も肉も全部食べる。エステルはドラクール。月に何回か生き血をグラス一杯くらい飲む。エストリアも人間は生き血しか口にしないが、ドラクールよりも多い量を必要とする。ブラドラは肉しか食べない。ベルゼブラは血も肉も食べるが、数カ月に一度でいいそうだ。いま言ったヴァンパイアはそれぞれが純血統で領地を持つ貴族たちだ。他に家名を持たない一般のヴァンパイアとクブスクがいる。一般のヴァンパイアの食事はベルゼブラに近いな。クブスクは血肉ではなくて、汗や涙や精液を糧とするそうだ」
ソーダイは僕の説明を細かくノートに書きこんでいく。
ジュンは「―……と、いうことは?」と首を傾げて僕をじっと見た。
「なんだよ?」
「ルネ君って、人間をいっぱい食べるタイプって事?」
「そうだよ」
改めて人間からそんな確認をされるなんて、変な感じだな。
ジュンはソーダイに向きなおって「そうだいさん。俺たち、ルネ君に食べられちゃうかも」と、淡々とした口調で言った。
ソーダイが自信ありげに笑い「ルネ君は、俺たちを食べませんよ」と返す。
「そうだ。僕は仲間を食べない。ベルゼビュートは礼節を重んじる悪魔だ」
ジュンは「そっか」と言いながら天井を仰ぎ、ボソッと「いちおう十字架つけとこうかな?」と呟いた。
「ジュ―ジカってなんだ?」
ソーダイとジュンが顔を見合わせる。
ジュンの顔に『驚嘆』が弾けて『納得』に転じた。
「そうか、世界が違うと宗教が違うんだ。十字架はキリスト教のシンボルだから、異世界のヴァンパイアには通用しないんだよ!」
ジュンが『興奮』と『高揚』を立ち昇らせる。また、こいつの『アイ化』が始まったか。『愉悦』が無いぶんマシだな。
「俺たちの世界の吸血鬼は西洋のおとぎ話ですからね。『言う事を聞かないと吸血鬼が来るぞ』みたいな意味合いもあるんでしょうね」
「プラスで『信心深くいれば吸血鬼がきても大丈夫』っていう救済があるわけか」
なんだかわからんが、別物だとしてもヴァンパイアって言葉を子ども騙しのモンスターとして語られるのはムカつくな。
「ルネ君の世界のヴァンパイアって弱点もそれぞれ違うの? ニンニクはブラドラが苦手ってさっき言ってたけど、ルネ君のベルゼビュート? って何が弱点なの?」
「そんなもん、言う訳ないだろう」
「俺、知ってますよ。ルネ君はお風呂が苦手ですよね?」
「なんで、知ってんだ!」
これは、タツキしか知らないはずなのに。
まさか、あいつがバラしたのか⁉
「あぁ、それは俺も気づいてた」
「ジュンまで⁉ お前、僕の心を読んだのか⁉」
ジュンは大きな笑い声をあげると「読めたらいいんだけどね」と頭を掻いた。
「ルネ君、けっこう態度に出てますよ? 毎回、お風呂の順番は最後にしたがるし『お風呂どうぞ』って言うとため息つくし」
「あぁ、わかる! 部屋出て風呂に向かうときにうなだれてるし、歩みが遅い!」
え? そんなに? 僕、そんなんなってた?
「さっきだって『今日は、いい』って言ってたじゃないですか?」
「それは……」
ソーダイとジュンが、僕を見ながら笑っている。
あれ? 笑われてるのに、なんかそんなにムカつかないな。
それどころか、ちょっと……。
「へへっ」




