第九十二話 売り上げ低迷
部屋の片隅で頭を隠してうずくまるオスカーは、緑色の岩のようだ。
時折、しっぽを上下に振っては「ウギュ」と声を上げるが、顔は向けない。
「あぁ、確かにこれは不貞腐れてるねぇ。ファラミーヌって不貞腐れるんだ。初めて見た」
「オスカー、次の休みにはちゃんと遊んでやるから」
「ウギャギュ!」
これは、一番怒ってる時のやつだな。さて、どうしたものか……。
「ルネ君、オスカーはどうしちゃったんですか?」
「僕が狩りにつれていくと言って連れ出したのに、行く途中でリンカに会って戻ってきたから怒ってるんだ」
「あぁ、遊んでもらえなかったのか」
「オスカーは寂しがりだからな。僕たちが一緒の部屋に居れば、そのうち機嫌も直るだろう。ちょっと狭いが会議を始めよう」
ソーダイは部屋の隅に置いてあった箱を引きずってきて、テーブル代わりに置いた。
「今夜の関所前の様子から説明させてください。動画を撮ってきたので、まずはそれを見てもらえますか?」
ソーダイが自分のポケットからスマホを出して箱の上に置く。
ソーダイもスマホを持ってたのか。
ん? ドーガって何だ? どっかで聞いたような……。
「これが関所前に着いて、店舗設営をする前の様子です」
ソーダイはそう言いながらスマホを指先で叩いた。
「なんだ、これは⁉ スマホの中に森があるぞ!」
小さな関所と、小さな人、小さなテント……。スマホの中に関所前と似た小さな世界が広がっている!
どうなってんだ? スマホは音声転移の道具じゃなかったのか?
これは、亜空間ゲート? それとも異空間ゲートか?
「あぁ、そうか。ルネは動画を見るの初めてだったね。立木君、動画の説明って出来る? 俺、うまく教えられなくてさ。なにしろ写真もない世界だから……」
「いやぁ、こういうのは見て慣れた方が早いと思いますよ? ほら、赤ちゃんとかも最初はビックリして画面を叩いたりするじゃないですか? でも、見てるうちに慣れるでしょ」
「僕は赤ん坊じゃないぞ⁉」
「ルネ君、これは関所前の景色を写し取ってきた記録なんです。とりあえず、見てください」
ソーダイはもう一度スマホを軽くたたいた。
スマホの中の関所前は、テントの数はまばらで、衛兵を取り囲む人はおらず、ギルドの受付カウンターで数人が談笑している。
「ギルドカードを掲示することによって入国できた人たちが、すでにこの場にはいません。また、冒険者に自分の要件を依頼し、それが完了した人も引き返してしまっています。登山道から新しく広場に到着した人は三名。全員がすでに入国済みだと衛兵さんから伺いました。いま、ここに残っている人たちは、冒険者ギルドで出した依頼の結果報告を待っている人たちと、受付の人たち。そして、元からいる衛兵の人たちだけです」
「だいぶ減ったな」
タツキがスマホを撫でると、スマホの中の奴らがデカくなったり小さくなったりする。
「新しく登山道から広場に来る人も数名程度。関所封鎖の情報が他の地域にも周知されたのかもしれません。広場の人数そのものが減っているので、昨晩までと違い、人だかりや行列によるアイキャッチが出来ませんでした。呼び込みで集客して商品説明で購買意欲を上げるくらいしか方法がなくて、開店直後はだいぶ苦戦しました」
「あ、ソーダイだ! スマホの中にソーダイがいる!」
スマホの中には、広場に向かって大声で品物をアピールするソーダイの姿がある。
その後ろでユーゴが頭をかいて欠伸をした。
「試食は出してみたの?」
タツキの問いに答えたのはジュンだった。
眉間にしわを寄せ、難しそうな顔つきをしているが、感情は『思案』『真摯』。安定した感情だ。
「いえ、試食は出してません。師匠が言うには、こっちの世界って試食販売の文化があまりないそうなんで。初日から用意しているならともかく、会期半ばに『売れ行きが悪いとタダで食える』と思われるのはマイナスだと判断しました。場内の人の入れ替えがほぼない状態で、あと四日ありますからね」
「シショクってなんだ?」
「どんな味なのかを知ってもらうために、一口分だけ無料であげるんですよ。気に入ったら買ってもらうんです。すでにやっている調味料の試し舐めも試食ですけど、いま話に上がっているのは、焼き魚も小さく切って食べてみてもらう形式ですね」
僕がショッピングモールで紅茶を小さなカップで飲ませてもらったのと同じか。
あの時は色々な味や香りを試せて、茶の種類がわからなくても欲しい物が買えたもんな。
「僕も茶を買った時にシショクしたぞ。好きなのを選べてとても良かった。なぜ、やらなかったんだ?」
「飲み物だと試飲だね。試食販売はメリットとデメリットの差が大きいんだ。今回は後々デメリットが大きくなりそうだったからやめたんだけど……。って言ってもわからないよね?」
「わからん」
ジュンの言う事はソーダイ以上に難しくて、これっぽっちもわからんな。
「店の宣伝や買ってくれたオマケとして無料配布したティッシュやシリアルバーと違って、試食は商品と全く同じものを配って商品を売らなきゃならないですから、配る目的が違うんですよ。でも、受け取る側はどちらも『タダでもらえる物』でしょう? 場合によっては、試食品をもらいたがる人ばかりになって商品が売れなくなってしまうんです」
そうか。試食をたくさんもらえば買わずにすむと思う奴がいるのか。
あさましいな。
「そういう状況でしたから、急遽その場で商品の見直しをしました。魚政の干物が少し飽きられている印象がありましたし、人気があった魚サンドは昨晩も用意できませんでしたから、それを求めて来てくださる方が多かったので。ジュン君が考えてくれた新しい魚サンドがよく売れたんです」
ソーダイがジュンに説明を求めると、ジュンはポケットから空のボトルを取り出した。
「起死回生の新しい魚サンドの秘密兵器がコレです」
文字は何て書いてあるかわからないが、この絵は……焼肉か?
「これは、焼き肉のたれ?」
「そうです。異世界の魚は白身でコラーゲン質のプリプリした食感が特徴でした。味は淡泊ながらジューシーな歯ごたえと染み出るような旨みがケチャップによく合ってたんです。それに比べると、干物は青魚が多く独特の臭みがあります。この臭みをケチャップだけで消すのは難しく、味もチグハグしていてあまり美味しくなかった。特にバターロールとの相性が良くありませんでした。そこで、焼き肉のたれを絡ませてマヨネーズを少し掛けてサンドしてみたんです。師匠に試食してもらって『うまい』と言ってもらえたので、販売に踏み切りました。呼び込みのセリフだけではうまくアピールできなかったので、賄いように用意していた肉にタレをかけてから焼いて香りを立たせました。この匂いにつられて来てくれる人は多かったですね」
へぇ、焼肉のつけだれを使ったのか。あれは濃厚なコクと旨みに加えて後を引く甘さがあった。
確かに魚につけても美味いかもしれないな。
「なるほど。それで売り上げの方はどうだったの?」
「売り上げは九千五百円です。サバはサンドに使ったので完売しました。余ったバターロールも衛兵やギルド職員が購入してくれて完売しました。ただ、アジとホッケはだいぶ売れ残っています。マヨネーズとケチャップの瓶も、今日は動きが鈍かったですね」
ソーダイが言い切ると、今度はジュンが口を開く。
「明日以降はもっと人が減ることが想定されます。新規客はほぼゼロですから、いかにリピーターを飽きさせないかが焦点ですね。再度、商品の見直しが必要だと思います。今夜の新・魚サンドは仕入れ値が高いので、売れてもあまり利益になりません。人気はありましたが定番メニューにはきついでしょう。当初の魚サンドもある程度は売れるでしょうが、単価が低いですからね。客数が減っている今、客単価を上げる施策が必要だと思います」
う~ん……。という事は、どういうことなんだ?
「じゃあ、いま倉庫にある大量の魚は、ほとんど使えないのか」
タツキが溜息まじりに言った。
「焼き魚とは別に、スープや刺身といった副菜も用意すれば複数買いにつなげられるかもしれません。ただ、それにしてもあの量は多すぎます。品数を増やせばオペレーションが複雑になるし、完売はさらに難しくなりますよね。廃棄ロスも見込まないといけなくなる」
焼き魚は飽きられたのか……。確かに料理の種類を増やすのは良いかもしれないが、あの場所で複雑な調理なんて出来るのか? 鍋に熱を加えるための魔方陣に、魚を焼くための魔方陣? 一度に二つの陣を作動させるなんて、僕に出来るかな?
「いっそのこと、調理してから持って行った方が楽じゃないか? 現地でリンカから仕入れるって話だったから、向こうで焼いていたんであって、今は材料が全部そろってるわけだし……」
「そうか。なるほど。それならオペレーションは格段に楽になるね」
「出張ストアーを始める前の話に戻りますけど、それだとパッケージ容器の問題があるんですよ」
あぁ、そうか。そうだったな。
しかも、調味料ならともかく、料理を持って帰らせるにも限度があるよな。傷みやすいし、容器に入れたところで雑に扱えばくずれてしまうし……。
やっぱり、その場で食わせた方が良いんだろうな。
いっそのこと、生魚だけ売って客が勝手に焼いてくれりゃ楽なのに。
焼肉のたれを付けたら売れたんだろ? じゃあ、それも勝手につけてくれれば……。
ん? 焼肉? …………。
そうか! 客に焼かせりゃ良いんだ!
「焼肉だ!」
「お腹減ったのはわかるけど、ご飯は会議終わってからだよ」
「そうじゃなくて! マエダと食いに行った焼き肉屋がな、決まった金を払えばいくらでも食えるんだ。自分で肉を取りに行って、自分で焼くんだ。それをやればいいじゃないか!」
「食べ放題って事ですか?」
「そう。その食べ放題だ。魚はあらかじめ小さく切っておくんだ。調味料も、瓶に入れたままで置いておく。金を払った客には皿と焼き串を渡して、自分たちで魚を焼いて食わせるんだ。それなら、僕は魔方陣を作動させるだけでいいし、たくさんある魚も使えるだろ?」
「出張ストアーで食べ放題か。面白いかもしれないな。焼き魚に飽きがきてると言っても、自分で焼くなら気分も違うし、小さく切ってあるなら色々な調味料で味のバリエーションを楽しめる。今夜みたいに匂いで集客する方法も使えるしね」
よし、ジュンがのってきたぞ。
「食べ放題なんてやり方は、こっちの世界には無いからね。物珍しさから来てくれるお客さんは多いかもしれない」
タツキも賛成みたいだな。
「イベント的な魅力も出せそうですよね。魚だけじゃなくてパンも並べて、自分で魚バーガーを作れるのも良いかもしれない。手作り体験って割と人気があるし。ただ、制限時間をどう徹底するのか? とか、お皿や焼き串の入手、テーブルや椅子の問題はあります。それらをどうクリアして、いつ実現できるかが問題ですね」
ん? あれ? ソーダイは賛成なのか? 反対なのか?
「もう一つ!」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたユーゴが、そう声を上げて僕の隣に座った。
「この時期、この辺りは雨が降りやすい。今日も日中は雨が降ってたようだしな。調理用の魔方陣程度ならミルドテルで屋根でも作りゃいいが、飯を食う奴の所まで覆うってわけにいかねぇだろ」
そういえば、そうだ。
今まではたまたま営業中には降ってなかったけど、次も降らないとは限らない。
せっかく、いい案だと思ったのにな……。
「じゃあ、食べ放題を時間制ではなくワンプレート制にしましょう。それなら、雨が降っていれば自分たちのテントに持ち帰って食べてもらえます。時間制限を守らせる必要もないし、テーブルや椅子も必要ない。次回からは設営にテントも使いましょう。お客さんに焼きながら食べてもらうのもやってみたいですが、今回は屋外ですし、小さな切り身をまとめて焼いて、それを大皿から取ってもらう形式にすれば、手間もさほどかからないし、スペースも取りませんよね。テントは、第二倉庫に仕舞ってあるはずです」
「あぁ、神社の参道で出店するときに使ってるやつか。あれなら屋根に暖簾を付けたり、のぼりを立てたり出来るから、目立っていいかもね。金属ポールに天幕と、パッと見は異世界でも一般的な素材に見えるし、オープンな形状で警戒されにくいと思うよ」
「業務用のテントは重いから荷物を運ぶオスカーが大変かと思って今まで言わなかったんですが」
ソーダイはそこまで言うと、オスカーの背中に向かって姿勢を直した。
「オスカー、重たいと思いますがお願いできますか? オスカーだけが頼りなんです」
「クケシャ?」
お? チラッとこっち向いたぞ?
「俺からも頼むよ! オスカーが凄いドラゴンだってわかった。変とか言ってゴメン!」
「ウ~クッシャ」
またチラッと見てそっぽを向いたが、尻尾が左右に振れてる。機嫌が直ってきてるな。
「オスカーには窮屈な思いをさせてるからなぁ~。ルネの眷属だから報酬も無いし」
タツキ、余計なことを言うなよ! ほら、尻尾が下がっちゃったじゃないか!
「もし、深夜営業で利益を出せるようになったら、オスカーには二階に専用の寝床を作ってもいいかと思ってるんだけど……」
お、耳がピクついている。
「まぁ、難しいよね。オスカーは働くよりも遊んでる方が楽しいんでしょ? まだ幼獣だもんね」
「ちょっと、タツキさん。そんな言い方……」
「ウギャクッシャ―‼」
オスカーが叫ぶなり窓から飛び出して倉庫前に降り立つ。
どうしたってんだ⁉
慌ててみんなで追いかけると、オスカーは鞍を自分で付けようともがいている。
「どうやら、やる気が出たみたいだ」
タツキはそう呟いて、ほくそ笑んだ。
こいつは、本当に性格が悪い。




