第九十一話 お魚がいっぱい
「ただいま~。あれ? ルネ、出かけてたんじゃないの?」
大きな麻袋を担いだタツキは、こちらの世界の商人らしい姿で現れた。
白い麻のシャツに、ベージュのトラウザーズ。緑色のジレが店員の証のエプロンを彷彿とさせて、やや執念じみたものを感じるが、こちらの世界に合わせる気はあるようだな。
「狩りに行く途中でリンカと出くわしてな。魚を届ける途中だったようだが、出張ストアーの営業時間がわずかだったから、こっちに持ってこさせたんだ」
「なんだ。せっかく明日の分と思って仕入れてきたのに」
タツキは「やれやれ」とボヤキながら麻袋を床に投げ出した。
「お前、ノーヅ港に行ってたわりに帰りが早くないか?」
「メリセントから擬似翼を借りたんだよ。……あ、彼女にはもう会った?」
「会った。買い物に来ただけの奴を雇うなんて、お前はまるでサンドワームみたいな奴だな」
「メリセントは前から働きたいって言ってたんだよ。ここに来る頻度はユーゴよりも少ないけど、いつも一週間は泊って行ってたからね。商品の事もよく知ってるし、レジもそこそこ操作できる」
「それで? 市場も開いてないノーヅ港で魚を盗んできたのか?」
「人聞き悪いな。ちゃんと買ってきたよ。ノクトルナ免税店でね。市場と違って鮮度は落ちるけど深夜営業やってるし、そこで買い物するだけなら入国手続きいらないからさ」
タツキは、その場で麻袋から魚を取り出した。凍結魔法をかけてあったらしい魚は少し溶けかかっている。
その時「ただいま帰りました!」と、ソーダイとジュンが帰ってきた。
「おかえり。二人ともお疲れ様」
「タツキさん、カッコいい!」
「オーナー、異世界の服ですか? いいなあ。俺も着てみたい」
お前ら、僕が髪と瞳の色を変えても、そんなに『興奮』しなかったじゃないか。
「ユーゴは?」
「疲れたって言って、裏から寮に帰っちゃいました」
ソーダイが苦笑いを浮かべ、その表情から察したのかタツキは「あぁ」とだけ返した。
「魚を仕入れてきたんだ。昨日、現地調達が出来なかったって言ってたでしょ? こっちの世界で仕入れたから、そんなに高くないし」
タツキが自慢げに麻袋の中身を広げる。
ふん、たかが二十尾程度じゃないか。
「僕はリンカと偶然出くわしてな。やっぱり魚取りに夢中になって時間を忘れてたらしい」
「リンカに⁉」
「無事だったんですね。よかった。ルネ君の言った通りでしたね」
「リンカから魚を受け取って倉庫のレイトーコとレイゾーコに入れてある。ちょっと確認してくれ」
僕が仕入れたブヨブヨを見て驚くがいい。
「「「うわ! なんだこれ!」」」
倉庫のレイトーコを開けた瞬間に、三人が同時に声を上げる。
「山腹……少し上った先にある池に大量発生していたそうでな。昨日今日と獲り続けてたらしい」
「すっげぇ、みっちり。まるで立体パズルだな」
「俺が買いつけた魚が仕舞えない……」
「ルネ君、これだけの量いくらで買ったんですか?」
金は結局払ってないんだよな。擬似翼の修理代とか言われたけど、メリセントが直してくれることになって……。
「金は……、メリセント次第かな?」
「「メリセント?」」
あぁ、そうか。こいつらが出発した後で雇ったのか。
二人には何のことやらわからないな。
「タツキ。リンカの擬似翼が壊れてしまって、修理代を魚代替わりに払ってほしいと言われたんだ。一度は断ったんだが、メリセントが直してやると請け負ったから、リンカは満足して狩りに戻ったんだよ」
タツキは大きくため息をつくと、腕を組みながら「そう言う事か」と眼を閉じた。
「タツキさん、どういうことですか?」
「ギジヨクって? 魔法の道具とかっすか?」
『興奮』と『興味』で目を輝かせるジュンと対照的に、ソーダイは疑いの目をタツキに向ける。
タツキは配達用の銀色の箱と青い箱に、自分が仕入れてきた魚を無理やり仕舞い「二人に新しい従業員を紹介するよ」と言って、大声でメリセントの名を呼んだ。
ガチャガチャ、ガチャガチャと、ノイズが近づいてくる。
「タツキ。我、来た」
メリセントは、タツキの横に立つとソーダイとジュンを交互に見て、ぺこりと頭を下げた。
「彼女はメリセントさん。ユーゴと同じ、この店の深夜の常連さんだよ。以前から店の仕事に興味を持ってくれててね。深夜帯のバイトとして雇ったんだ」
「はじめまして。我は、メリセント。よろしく」
護符の間から差し出される小さな手と、握手を交わしたジュンは「未成年じゃないでしょうね?」とタツキを睨みつける。
「我は、未成年ちがう。ノーム族で、年齢は百四十一歳。子どもに見えても、お姉さん」
「……お姉さん」
「よろしくお願いします。メリセントさん」
ソーダイはにこやかに返したが、若干笑顔が引きつってるな。
「ところで、メリセント。擬似翼の修理を引き受けたそうだけど、どのくらいかかりそうなの? その……費用的なところは」
「翼支骨のジョイントが破損してるだけ。部品あるから、交換する。皮膜は少しほつれてる。少しだから補修だけする。交換しない。費用は……、彼女の師匠に請求する。いっぱいツケ溜まってる。上乗せして、払わせる」
「リンカの師匠って、メリセントの知り合いなんだ?」
「よく知ってる」
護符の隙間からメリセントがニヤリと笑った。
要するに、こっちに請求は来ないって事か。
リンカは、金は要らないって言ってたし、丸儲けだな。
「とりあえず、事務所で業務報告しませんか? とにかく座りたい」
ジュンがうめきながら膝を抑える。
「そうだね。一回、事務所に行こう。休みのところ悪いけど、ルネも来てくれる?」
「まぁ、いいけど。それなら事務所じゃなくて僕とソーダイの部屋でもいいか?」
「いいけど、なんで?」
「オスカーが不貞腐れているんだ」




