第九十話 メリセント
「タツキ、帰ったぞ」
おかしいな。店に誰もいない。
事務所にでもいるのか?
「ねぇねぇ! 何ここ⁉ ここがあんたたちのお店⁉ めっちゃ明るいんですけど~‼ すごーい! イルミネイト? これ何? 見たことない物がいっぱいある!」
「おい、勝手に動くなよ。あぁ、ほら。パンが残ってる。これやるから待ってろ。おい! タツキ! 店番はどうなってんだ⁉」
キッチンからガチャガチャと派手な音が近づいてくる。キッチンに居たのか。それにしてもうるさいな。いったい何を……。
「いらっしゃいませ~」
現れたのはタツキではなかった。体中に魔物避けの護符やアミュレットを括りつけ、もはやガラクタの塊にしか見えないノームの女だ。
何枚もの護符とアミュレットの隙間から、緑のエプロンが見える。
「お前、誰だ?」
「我はメリセント。えっと、この店のアルナイト? 店番をしている」
あぁ、なるほど。僕がこっちの世界の奴を雇えと言った時に話してた『アテ』か。
あいつ、カヌセーヌとトロキオにはいたことがあるとか言ってたけど、ノームの知り合いまでいたのか。
「そうか。僕もこの店で働いている。悪魔族のルネだ。よろしくな」
「よろしく」
ちょっと動くたびに大量のアミュレットが音を立てる。
「タツキはどうしたんだ?」
「タツキは、仕入れに行った。ノーヅ港で魚を買うと言ってた」
リンカからの仕入れが不安定だって報告を聞いて、思いついちゃったか。
あの衝動性は、もはや病気だな。
「もしかして、今夜いきなり呼びつけられて働かされてるのか? 悪いな。あのバカが迷惑をかけて」
「呼ばれた、違う。買いもの来た、雇われた」
なお悪い。まるで罠じゃないか。
「それは……。メリセントは良かったのか? 買い物をしに来ただけだったのに」
「我は、この店が好き。ずっといたい。だから嬉しい」
メリセントは、はにかんで俯く。もじもじと体をよじるたびに、またアミュレットが鳴った。
この店には変な奴ばかりが集まってくるんだな。
リンカを連れて倉庫に行き、レイトーコに魚を入れようと思ったが……。
「なんだ、この量は⁉」
「だから大量発生だって言ったじゃん! もう、すんごいんだよ! 池の水面に魚がビチビチって、みっちり詰まっててさぁ! 失神魔法一発で山ほど獲れんだ! 超~楽しかったぁ!」
だからって、この量……百尾以上あるぞ?
「とりあえず、入るだけ入れて、余ったのはレイゾーコに入れておこう。金はタツキに払わせようと思ってたんだが、いつ帰ってくるのかわからないからな。僕が立て替えておいてもいいがどうする?」
「ん~? そうだなぁ。あたいは獲るのが楽しかったから、お金はどうでもいいんだけど……。じゃあさ、魚代の代わりに、あたいの擬似翼の修理代出してくれない?」
「それは、高すぎないか? あれ古いから、たぶん部品を作らせることになるぞ?」
「えぇ~? ダメぇ~?」
いくらかかるかもわからんものを、承諾出来るわけがないだろ。
「擬似翼、壊れた? 見せて。我、直せる」
「マジで⁉ やった! 外に置いてあるよ。見てみて!」
リンカはメリセントの袖を引っ張って店の外に走った。
入口の横に置いておいた擬似翼を手に取ると、メリセントは少し驚いたように目を見開き、微笑みながら「大丈夫。すぐ直る」と言った。
「本当に? 良かったぁ~。これで師匠にバレても、怒られずにすむ♪」
「これは、あなたの師匠の物か?」
「うん。師匠が昔使ってたやつ」
「……そうか」
「ねぇ、いつできる? 十分? 二十分?」
「それ、無理。部品、家。手紙書く、送ってもらう。お前、ここで待つ」
メリセントは大事そうに壊れた擬似翼を抱え上げた。
「わかった! じゃあ、ルネ! 山腹五海まで送ってって」
「ここで待ってろとメリセントに言われただろう? お前は、まだ魚を獲るつもりなのか⁉ もう充分だろう? これ以上はうちの店でも買い取れるかわからんぞ?」
「だって、楽しいんだもん! 終わったら、ちゃんと戻ってくるからさ」
「いいけど、普段と同じ数まで減ったらやめろよ?」
まさしくエルフの水鉄砲だな。




