第八十九話 エルフの水鉄砲
「シッギャ―! クシャシャシャシャ! アキャシャー!」
オスカーが、すっかりヘソを曲げている。
せっかくアイシャの所から召喚して戻ってきたのに、ちっとも構ってやれてなかったからな。
ゆっくり父上の手紙を読もうと思っていたのだが……。仕方ない。少し遊んでやるか。
「クケシャギャー‼」
「わかった、わかった。少し外へ出よう。部屋の中は窮屈だな」
出張ストアーの営業中は好きに狩りをして来るように言ってあるが、せっかくだし今日は僕が何か狩ってやるか。
「オスカー、山頂に向かって北上してみよう。少しは歯ごたえがある奴がいるかもしれない」
「クキャッ!」
木の葉が濡れている。また少し雨が降ったのか。
出張ストアーは大変だろうな。今日は薪と炭で火を熾すと言っていたから。地面もぬかるんでいるだろうし……。
眼下に広がるトゥクール山。新月が開けて間もない夜闇は黒いシルエットだけを星明りに浮かび上がらせている。ところどころ森に穴が開いたように見えるのは池や湖。太古の昔、リシェソム山が噴火した際に噴石が開けた大穴だ。
「山腹五海に行こう! あそこなら水を求めて大型の魔物も来るし、魚も獲れる」
リンカはまた来てないかもしれないし、もう来ないかもしれない。僕が魚を取っておけば、商品に困らないだろう。
「ケッキャー!」
オスカーは勢いよく宙返りを二回してから、バサバサと大きく羽ばたいて僕の先を行く。
一緒に狩りなんて、随分久しぶりだからな。嬉しくて仕方がないんだろう。
まったく、いつまで経っても幼獣なんだから、困ったもんだ。
「ウキュ? ウッキャケクシャシャシャー‼」
なんだ⁉ どうしたんだ?
「おい、オスカー! どこへ行く⁉」
「ど、い、て~‼」
なんだ? 前方から、何か……!
ドガーン!
いててて。くっそ、なんだったんだ?
急にぶつかってくるから、体勢を崩して落下してしまったじゃないか。
「クケキャ?」
「オスカー、お前ずるいぞ? 自分だけ逃げるなんて」
「クシャシャ!」
「褒めてない」
「いったーい! もう! だから、どいてって言ったのに!」
なんだと⁉
いや、この声は……。
「リンカ?」
「あぁ! 商人の……名前、なんだっけ?」
「ルネだ。お前、こんなところで何をしてるんだ? 昨夜は魚を売りに来なかっただろう。みんな心配してたんだぞ?」
「そうだ、魚!」
リンカは叫ぶと、立ち上がってバッグやウエストポーチをまさぐり始めた。
「おい、なんだ? どうした?」
「あぁ~、落っことしちゃったかなぁ? もしかして、蓋が空いてた? うわぁ、やっちゃったかも~」
「何か、探してるのか?」
リンカは頭をガシガシと掻きむしりながら「これっくらいの布切れだよ」と苛立った声を上げる。
布切れ? 布切れ……、そんなに大切な布切れなのか?
「僕も探してやる。色は? 素材は木綿か?」
「素材とかはわかんない。色は錆びた鉄みたいな色で、魔方陣が描かれてるんだ」
魔方陣が描かれている布という事は何かの魔具か。両手を広げたくらいの大きさならだいぶ大きいから、その辺に落ちていればすぐに見つかりそうだが、風に飛ばされていそうな気もするな。
まっすぐ空を見上げると、周囲の木の枝がいくつか折れている。あの辺りでぶつかって落ちてきたわけか。僕が南からこう飛んでいて、リンカはあっちの方角から来て、風向きは西からやや北寄りの風だから……、あの辺りを見てみるか。
バサッ!
「ちょっと! ずるい、置いてかないでよ!」
「布切れ探してくるから、待ってろ」
布切れ、布切れ……。錆色じゃ闇に溶けて見えないかな?
お? あの木のてっぺんにヒラヒラ動いている影は……。
あった、あった。これだな。
うわッ、じっとりと濡れてて気持ち悪いな。木綿というより麻? いや、汚れすぎて表面がゴワゴワなんだ。そういや、リンカのあのカバンから出てきた奴か。
おえっ。端っこつまんで持っていこう。
「リンカ! 布切れ、あったぞ! これでいいんだろ?」
「そ~! それぇ~! 良かったぁ! ありがとう、商人!」
「……ルネだ。それは何の魔具なんだ? そんなにビチャビチャで使い物になるのか?」
「これはさ、亜空間ゲートなんだよ」
「亜空間ゲート? お前、亜空間なんて作れたのか? 西側諸国で空間の魔術なんて高等魔術を扱える奴がいるとは思えないが……」
「もちろん、あたいが作ったんじゃないよ。これは、あたいのパ……師匠が作ったんだ! 試作品をもらったから、このゲートで開ける空間は狭いんだけど、荷物運び用に持ち歩いてんの。何を入れても布切れ一枚分のだからね~。いいでしょぉ」
「へぇ、それは良い物だな。中はどのくらいの広さがあるんだ? 狭いとは言っても、カバンに入りきらない物を運べるくらいはあるんだろう?」
出張ストアーの荷物運びにあったら便利だろうな。全部は入りきらなくても、この布切れ分多く持ち運べるとなれば、商品だけじゃなく、店員も増やせるかもしれない。
「兄さん、変わってるって言われない?」
「ルネだ。変わってるって、何が変わってるんだ?」
「だってさ、普通ならこんなとき『狭い亜空間なんて意味ない!』とか、『作ったわけじゃないなら、すごいのはお前じゃない』とか言うでしょ?」
「狭いから意味ないなんてことは無いだろう? 例え拳一つ分のスペースしかなくても、貴重な宝石を隠すくらいなら充分じゃないか。すごいのは確かに作った奴で、リンカではないかもしれんが、お前はこの布を『良いでしょ』と言って、僕が『良い物だ』と返したのはやり取りとして正しいと思うが? そこで誰が凄いのかは関係が無いだろう?」
リンカは目を丸くして「はへ~」と漏らした。
変なのはお前の方じゃないか。
「ところで、さっきの質問に答えてくれないか? 昨日はなんで魚を売りに来なかった? 正式なクエストじゃないから咎めるつもりはないが、理由があるなら聞かせてくれ」
リンカはパンッと手を打ち「そうそう! これだよ!」と、布切れを地面に広げて魔方陣を作動させた。陣の模様が青い閃光を放ち光の渦が立ち昇る。
リンカはそこに手を突っ込んで引き抜いた。
「見て!」
「これはブヨブヨじゃないか。魚サンドに使った魚だ」
「ブヨブヨって、あんた達が勝手にそう呼んでるだけでしょう? 本当の名前はアン・クローヴァっていうんだよ。こいつがさ、山腹五海で大量発生してて! あんた達に魚サンドいっぱい作ってもらおうと思って獲りまくってきたんだぁ!」
「まさか、魚取りに一昼夜かけてたのか?」
「うん! だって、獲っても獲っても出てくるんだもん!」
やっぱり『エルフの水鉄砲』じゃないか。
「魚サンドは良いが、そこまでの大量発生には必ず理由があるはずだ。餌になる小さな生き物や藻が大量発生しているとか、天敵がいなくなったとか……。何か周辺に変わったことはなかったか?」
「さぁ? そんなのは見てないよ。だって、魚獲るのに忙しかったし」
あぁ、これだからエルフは……。
興味が無い物に関しては全く眼中にないんだもんな。
「まぁ、いいか。それで? 今は魚を届けに来るところだったのか? もうそろそろ営業は終わるころだと思うが……」
「えぇ⁉ お店お終い⁉ せっかく獲ってきたのに!」
そもそも、昨日の時点で間に合ってないんだけどな。超長命種だから時間の感覚が狂ってるのか。
「その魚は明日でも使えるのか?」
「凍結魔法かけてあるから、明日でも大丈夫だけどさぁ。魚サンド食べたかったなぁ!」
「じゃあ、明日用に倉庫に仕舞っておくから、店に届けてくれないか? 魚サンドは出せないが、店には食べ物が色々あるから、何か御馳走しよう」
「食べ物⁉ やったー! 行く、行く! お店どこ?」
「ここから南下して……。そう言えば、お前は翼が無いのにどうやって飛んでたんだ?」
リンカはフフンと鼻を鳴らして、誇らしげに翼を広げた。金属製の骨に、魔術式が書かれたヘンプ地の皮膜か。アンティークな擬似翼だな。
「カッコいいでしょ? これも師匠のなんだ!」
「左翼が折れてるようだが?」
「え⁉ やだ! うそ、うそ、うそ! あぁぁ~ん! あたいの羽根ぇ~!」
まったく、仕方ないな。
「どれ、見せてみろ」
「兄さん。直せるの?」
「だから、ルネだ! 僕は直せないが、直せそうな奴は何人か知ってる。……あぁ、尺骨と翼支骨の継ぎ目の金具が割れてるな。この部品を手に入れるとなると……やはりモンポワに行かないと無理そうだ」
「そんなぁ! ずっとこれで飛んで旅しようと思ってたのにぃ!」
「トゥラモデンの技術者に知り合いがいる。頼んでやってもいいが……。店の仕事があるからな。今日はもう時間が無いし次の休みになるか」
「次の休みっていつ?」
いつだったかな? シフト表は店に置いてきたし……。
「とりあえず、今は店に行こう。リンカは僕が運んでやるから掴まれ。オスカー、狩りは後回しだ。店に戻るぞ」
「ウキュ~……」




