第八十八話 父の手紙
「そういえば、父上は手紙で何と言っていたんだ? その、母上の事とか……」
「それが、わからんのです」
「わからない?」
「クロード様からの手紙には、どなたかとご結婚なされたとか、懇意のお相手がいるといった内容は無かったのです。ルネ様がお生まれになったとの手紙に対して『お子様の母君はご健勝か?』と聞きましたら『母親はいない』とだけ返されました。お相手が同性の方だとしても『いない』との表現には違和感がありましてな。どこかで手に入れた赤子を血族に変えたのだとしたら、そもそも『生まれた』とは言わないでしょうし。何度か伺ってみたのですが遂に教えてはいただけませんでした」
そうか。もし生きているのなら、会ってみたかったんだけどな。
「スロークという人物については手紙に何か書いてなかったか? 僕が幼い頃に一緒に住んでいたそうなんだが……」
「スローク、スローク……。少々、お待ちくだされ。確かに目にした覚えはあるのですが……」
エミールはそう言いながら棚に並んでいた文箱を取り出した。
「確か、このあたりだったと……」
「その紙はなんだ?」
「クロード様からのお手紙ですよ」
「まさか、全部取っておいてあるのか⁉ この棚にみっちり詰められた文箱全部?」
「えぇ、もちろん。全てルネ様に差し上げます。お父上の直筆の言葉ですぞ」
それはありがたいが……、何十年分だ? 部屋に置ききれるかな?
「あぁ、あった。ここに書いてありますな。『スロークと名乗るクブスクを助手として雇う事にした。少し陰気なところはあるが真面目で理解力もあり気に入っている。近所を歩いている時にうちの奴隷だと紹介したところ、ぎょっとされてしまった。ここでは住み込みの労働者を奴隷とは言わないらしい』どうやら、他の文化圏の地域にいたようですな」
ボクーマではないのか? てっきりボクーマの研究室にずっといたのかと思ったが……。
それに、クブスクか……。
「エミール。そのスロークというクブスクがいまどこにいるのかわからないか? 会ってみたいんだが」
「さぁて、クロード様がお亡くなりになった後の事は吾輩にはわかりませんからなぁ。この手紙の中にヒントがあるやもしれませんが……」
この膨大な量の手紙か……。父上が書いた手紙には興味があるが、この中からスロークの居所を探すとなると、そんでもない時間がかかりそうだな。
「今読んだ手紙が入っていた文箱だけ、持ち帰ってもいいか? 寮でじっくり読んでみたいが全部は持って行けそうにない」
「もちろんです。ここはルネ様のキセキの部屋でもあるのですから、自由に出入りして、好きなだけご覧になってくだされ」
「ありがとう」
エミールとアンリエットがエステルと共に驚きの表情で互いに顔を見合わせる。
「聞きました? あなた」
「はっきりと。なぁ? エステル」
「聞きましたわ」
「なんだ? なにか聞こえたのか?」
「ベルゼビュート様が、我々に『ありがとう』と仰るなんて!」
あれ? 変だったか? おかしいな、以前は……こんな時に何と言ってたんだっけ?
「ルネ様! 感激ですぞ! あなた様は本当に懐が広くておられる。我々ドラクールに『ありがとう』などと! クロード様ですら仰らなかった」
へ? そうなの? えっと……何を言えばいいんだ?
「ルネ様は、どなたにも分け隔てなく寛容なんですわ!」
「エミール! こうしてはいられませんわ。すぐにダイニングに戻って、ルネ様に乾杯を!」
「おぉ、そうだな! アレクシ! アレクシはいるか⁉」
なんだ、なんだ? 今度は何が始まるんだ?
「旦那様! アレクシはここに!」
「食糧庫から一番いいワインを持ってくるんだ。ルネ様に捧げなくては!」
「畏まりましてございます!」
「さぁ、ルネ様! ダイニングへ参りますぞ!」
やっぱり、この家は騒々しい……。




