第九話 労働契約
見慣れない天井だ。
真っ白な天井に張り付いた光る円盤。
頭がぼんやりしている。
え~っと、ここはどこだ?
僕は何をしてたんだっけ?
「たしか、変な店で働かされて……、そうだ、ここは異世界か。夜になれば帰れるからって話だったが……。……! いま何時だ? あいつ、タツキはどこいった⁉」
ん? あれは⁉
カーテンの隙間から漏れる光。
「朝になってんじゃないか‼‼」
あの野郎! やっぱり僕を解放する気なんてなかったんだ!
入口がどこかなんて覚えてない。手当たり次第にドアを開け、階段を降りる。
ツルツル滑る階段だな!
なんでもかんでも金属で作りやがって!
「おい! なんで起こさなかった!」
僕の声は薄暗い店内に響いた。
「誰もいないのか?」
いや、奥に気配はあるな。
ジムショか。
「おい。夜になったら元の世界に帰らせるんじゃなかったのか?」
机に向かい何か作業をしていたタツキが「え?」と顔を上げる。
「キョトンとするな」
「ん~?」
「首をかしげるな。気色悪い」
そのひしゃげた顔はなんだ。
唇を突き出すな。
こんな奇怪な行動の奴、能力使わなきゃ何一つ理解できん!
能力が使えたところで、理解したいとも思わんが……、せめてなんか喋れ。
あぁ! くそっ! 腹が減った!
「その話は変更になったじゃない」
「は? 変更?」
「あっれ? 覚えてないんだ。ルネはこの店に住み込みで働く事になったでしょ」
え? あれ、そう言う事?
「いやいやいや、意味が分からん。僕はゼリーインリョーだかサプリだかを食えればそれでいいんだ。働く? 住み込み? 冗談じゃない!」
「行くところないんでしょ? ハキューネには入れないし」
「リシェソム山麓からモンポワに抜けるつもりだ」
「あそこはメタルリザードの巣があるし高位のアンデッドが多いから危ないよ」
「別に、メタルリザードやアンデッドぐらい、どうってことないし!」
「お腹空いたらどうするの? 腐肉とか食ったことある? メタルリザードは捌くの大変だぞ? やっとこさ皮はいでも、肉が固いし筋張ってるし、可食部ほとんどない」
そうだった。あいつら食いにくい上にクソまずいんだった。
「じゃあ、ノーヅ港へ行く! ノーズ港から航路を行く!」
「うーん……、それも無理かも」
「なんでだよ⁉ ノーズ港からの定期船ならクレルオ港にも行けるし、クレルオ港からならカヌセーヌを避けてミッレフォーリアへの大型船が出てる」
「いま運航見合わせてるんだって。その定期船」
「……なんで、そんなこと知ってんだ?」
「うちの常連さん、戻ってきたもん」
常連って、まさか……。
「そいつ、杖を盗んだ奴じゃないのか⁉」
「うん。そうだよ。あ、いまロッカー室で着替えてもらってるから。出てきたら話きいたらいいよ」
「ここにいるのか⁉」
「うん。行くところないって言うから」
サラッと言うな!
「お前な、犯罪者を匿ってタダで済むと思ってんのか?」
「ルネだって殺人鬼じゃん」
「僕を引き合いに出すな! 僕のは種族の特性で、生きるために仕方なく……」
「それを言うなら、彼だって引き受けた仕事で仕方なくってことでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど!」
タツキは突然立ち上がり、パンッと手を打った。
「あぁ! そうか! わかった。ごめん、ごめん、忘れてたよ。こういうところがダメなんだな、俺は。労働条件の明示と意思確認だよね。労働時間は一日八時間。休憩一時間。週五日勤務。残業は月に……十時間くらいまで? にしとくか。時給千円。給料は月末締めの翌十五日に手渡し。寮完備。一日三食補助。制服貸与。入社時に支度金として十万円。以上の条件でルネを正式にアルバイト採用したい」
つらつらと何か語ったと思えば、なんだ、そのキメ顔は?
「意味が分からん」
「あぁ、言い方を変えよう。俺の下で働けば、住む場所と毎日の食事を用意してやる。もちろん給金も出すし、休日は自由にしていい。あぁ、ついでに契約期間もつけておこう。半年契約で更新有り。要するに、半年後にまた意思確認するから、その時に働き続けるか、辞めて旅に戻るか決めればいい」
「ずいぶん、僕に都合がいい条件に思えるんだが……、何か企んでるんじゃないだろうな?」
「だあってさぁ? 人件費は痛いけど、人手不足も困るんだもぉん」
唇突き出して甘えるんじゃない。
そして、肩を擦り付けるな、鳥肌が立つじゃないか。
「ここは駅からも遠いし、バス便は少ないし、ただでさえ募集しても人が集まらないんだよ。せっかく働きに来てくれても交通費やガソリン代支給するのも正直きついしさ」
上目遣い、やめろ。
「住み込みで働いてくれる人材なんて、手放せないじゃな~いい!」
「たしかに現状では旅もし辛いし、半年間、宿と飯の心配がないのは願ったりだ。だが、僕は僕の世界に帰る。待たせてる奴がいるからな。迎えに行ってやらないと……」
タツキが大きく見開いた目を血走らせる。
「待たせてるって、もしかして、彼女とか……?」
「違う、違う。そう言うんじゃない。僕の眷属なんだが、ラジュパンの街に用があって、連れていくには目立つからハキューネの知り合いに預けてあるんだ。街に入れなくても近くに様子を見に行きたい」
「なるほどね。じゃあさ、うちの従業員として、一緒に行こうよ。ハキューネ。俺もちょうど関所付近でやりたいことがあるんだ」
あぁ言えば、こう言うな。
「いやぁ、僕は一人で行こうと思ってて……」
こいつらと一緒にいるのが嫌だって点を除けば最高だが、その一点を全力で回避したい。
合理的理由なんかない。もう、ただただ単純にこいつらから離れたい。
一瞬、一切の音が消えたような妙な空気の違和感があった。
今まで僕の肩に張り付いていたタツキが深くうつむきながら、スッと離れる。
「こんな話を知っていますか?」
ヤバい! これはリッチバージョンだ! また妙な話を無理やり聞かされて、わけわからんうちになし崩しで巻き込んでくるやつだ!
「わかった! わかったよ! 雇われてやる! 半年だけだからな!」
「うん。よろしくね」
にっこり笑いながら僕の手を握るタツキ。
何か判断を間違えたか? 僕はそんなことをぼんやり考えながら、反面やけくそになっていく自分をも感じていた。
ガチャッ
ドアが開いて入ってきた顔には見覚えがある。
「ソーダイ?」
「おはようございます! あ、ルネ君。本当に帰るのやめたんですね」
「なんだ、お前か。今日はずいぶん早いんだな」
「タツキさんから呼ばれたんですよ。開店前に大事な会議があるからって」
『歓喜』『高揚』『期待』『友愛』
ずいぶんとご機嫌だな。
あれ? 能力が使えてる。おかしいな。
昨夜もさっきも使えなかった。なぜソーダイにだけ使えるんだ?
「タツキ~、ズボンがちょっとデカいんだけど、ベルトとかないの?」
続いて入ってきた男は、ぶかぶかのズボンを手で押さえながらタツキに文句を言った。
ひょろりと細長い体躯に赤みを帯びた癖だらけの茶髪。何よりも特徴的なのは、くっきりと色づいた隈の上にドンヨリ浮かぶ濃茶と黄緑のオッドアイだ。
こいつは知ってる。
ドラクール家の使者が持ってきた、おじい様への進言書。そこに描いてあった人相書きにそっくりだ。
ユーゴ・ドルトー。
腕利きのヴァンパイアハンタ―で、エステルのかたきだ!
タツキの奴、窃盗に加担したのはもぐりの冒険者ばかりだって言ってたのに、よりによって特級冒険者じゃないか。
こいつにはクレアエンパシーが効かない。
クレアボヤンスもテレパシーもサイコメトリーも、あらゆるサーチスキルがこいつには効かない。
それどころか、何らかの精神支配系の魔術を使うという。
ドラクール家はこいつのせいで壊滅したんだ。
農地が焼かれ、屋敷は崩され、瓦礫と灰にまみれたバラの庭……。
こいつだけは、僕の手で殺すと誓った。
よもや、こんな異世界で遭遇するなんて……。
タツキがベルトを手渡し、ユーゴはそれをズボンに通しながら横にいたソーダイに声をかける。
落ち着け。まだだ。まだ力が足りない。
相手は冒険者ランクS。魔王軍で言えば将軍レベルだ。
今はまだ、人間のふりをしてやりすごす。
バレれば、僕が殺される。
汗が噴き出る。動悸が速まる。
目の前で、タツキとソーダイはユーゴとともに机や椅子を並べている。
平常心だ。落ち着け、大丈夫。人間のふりはお手の物じゃないか。
絶対にチャンスは来る。
殺してやる。




