第七十九話 ルネ先生
「ルネ様は、本当にリンカ様が心配ではありませんのね」
店に帰ってきてまで、その話題か。
ジュンに魔術を教えるはずが、なぜエステルまで部屋にいるんだ?
「リンカさん、何かあったんですか?」
ソーダイまで……。
「シュギュー!」
オスカーは、いいか。
「そうだいさん。リンカ、来なかったんですよ。昨日と同じ場所に店立てて営業しながら待ってたんですけどね。商品完売で閉店した後もギリギリまで待ってたけど、現れなくて……」
「何か、あったんですかね? 昨日はあんなにやる気だったのに」
「やる気満々で現れた新人バイトが飛ぶのはよくある事だけど、場所が場所だけに心配で」
「そうですわ! 魔獣に襲われているかもしれませんのに! なのに、ルネ様ってば興味ないような素振りで。いくらなんでも冷たすぎますわ!」
エステルって、こんなに僕に歯向かう奴だったか?
ドラクール領からほとんど出ることがなかったし、州立学校では州内の事が中心で国外の事は学ばないそうだから、あまり他種族や無主地については知らないのかもしれないが……。
それにしても、交換条件を飲んだのは僕だけど、僕が教えている間ユーゴがいなくなるとは聞いてないぞ?
「ルネ君。リンカさんを心配してないのは理由があっての事ですか?」
「そうだな。お前たちへの最初の授業として話すか。まず、リンカは人間じゃない。帽子で耳を隠していたが、彼女はダークエルフだ」
「ダークエルフ⁉ リンカが⁉ うっわ~、全然気づかなかった! エルフって本当にいたんだ! 耳見せてもらえば良かった~!」
「ダークエルフって、肌が黒いのかと思ってました」
「わたくしも、ダークエルフは肌が黒いのかと思っておりましたわ。ルネ様の世話係の方は浅黒い肌をしていましたから」
やっぱりか。
ちょうどいい。ここで僕の見識の深さを知らしめてやる。
「まず、ダークエルフについて説明しよう。必要ならノートを取るといい」
ジュンとソーダイがバタバタとノートとペンを用意してくる。
エステルはポケットからメモ帳とペンを取り出した。
「ダークエルフはエルフ族の一種で、主にトロキオの東にあるミッレフォーリアという国に生息している」
「エルフって色んな種類がいるの?」
「そうだ。エルフ族はダークエルフの他に、プレリ―エルフ、デゼールエルフ、ハイランドエルフ、ハーフエルフなどがいる。主に大陸の西側に生息していて、東側に住んでいるのはダークエルフとプレリ―エルフだけだ。さっき話が上がった肌の色の話だが、肌が黒いのはデゼールエルフで、ダークエルフの肌色はそれよりも明るい褐色が多い。僕の世話係のグレッツェンは単に日焼けしてるんだ。外仕事が好きだったからな」
「何でダークエルフって言うの?」
「ダークエルフは闇のエルフ。生息地であるミッレフォーリアは高い木が茂った深い森が広がる土地で、晴れていても日の光が地上まで届かないんだ。プレリ―エルフは草原に住んでいるし、デゼールエルフは砂漠に、ハイランドエルフは高地に住んでいる。エルフ族の種族名は住処で決まってるんだ」
「ハーフエルフは?」
「ハーフエルフはエルフ族の中で異色な存在だな。寿命が短い種だ。それでもエルフ族はだいたい千年くらい生きるから、ハーフエルフでも五百年くらいは生きる」
「寿命が千年ってファンタジーではよく見るけど、改めて考えるとすごいな。祖父母の代で紀元前か」
「種によって生態や生活の仕方は違うが、どのエルフも魔素の生成量が悪魔族に次いで多い」
ソーダイが「はい」と言いながら、静かに手を上げる。
「はい。ソーダイ君」
この挙手してるやつを指すの良いな。本物の教師になった気分だ。
「魔素って何ですか?」
「魔素は魔術を使うためのエネルギーだ。魔術は魔素を消費して発動する。魔素を体内で作り出せるのが、エルフ、ノーム、そして僕たち悪魔族だ」
エステルがおずおずと手を上げる。
「補足をよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
補足だと? 今の完璧な説明のどこに補足が必要だってんだ。
「魔素を体内で生成できる生き物は、他にオーガ族と魔物や魔植物があります。魔物は魔素を生みだす動物、魔植物は魔素を生み出す植物との認識で構いません。どちらも多様な種がおります。オーガ族は、エルフやノームや悪魔族とは違い、魔素を体外に発することが出来ません。生成された魔素は肉体の強化と回復のみに使用され、魔法を使うには魔石が必要です」
魔物と魔植物は、当たり前すぎで忘れてたな。
オーガって、そういう生き物だったのか。単に力持ちで打たれ強いだけかと思ってた。
「……ま、まぁ。そういう事だ。リンカの話に戻るが、エルフ族が冒険者稼業につくときに、最も多いポジションが魔術師だ。リンカはロッドを持っていたから(たぶん実際には使ってないだろうけど)、おそらく彼女も魔術師だろう。リンカが狩りに使っていた失神魔法は波動の魔術で、攻撃魔術の中では高度な部類に入る。カヌセーヌの冒険者ギルドのランクで言えばBかAぐらいの実力はあるはずだ」
「BとかAって、すごいんですか?」
「わたくしも、その辺りはよくわかりませんわ」
そうか。そもそも冒険者のランクで言っても通じないのか。これは困ったな。
「ルネ君。師匠のSランクが最高ランクで、その次がA。その下にBって認識であってる?」
「あぁ、うん。その通りだ」
「そうだいさん。冒険者のランクを俺らの世界で表すのは難しいけど……、相撲の番付で言ったら大関や関脇のレベルって事ですよ」
「そんなに⁉ すごい! 桜井のおばあちゃんに教えてあげなきゃ」
「相撲で例えただけで、力士じゃないですよ」
「あぁ、そうか(笑)」
いったい何のやり取りだ。ほのぼのとしやがって。
「スモウ? リキシ? どういう事ですの?」
「スモウは知らんが、ヴァンパイアの武力でいえばSランクのユーゴがベルゼビュートで、Aランクはエストリエ。Bランクがベルゼブラだ」
「まぁ! そんなにすごい方ばかりが集まっていたのですね」
この調子で説明していくのか……。
ユーゴが嫌がるわけだ。
「まぁ、とにかく。リンカの実力でこの辺りの魔物にやられるとは考えにくい。この登山道周辺の魔物は強いやつでも、せいぜいFランクが一人でも倒せるレベルの小物ばかりだからな」
「ルネ様はリンカ様のお力に信頼を寄せていらっしゃいますのね?」
なんだ? ずいぶん低い声を出すな。目つきもきついし、また何か気に障ったのか?
「ま、まぁ。そう言う事だな」
ジュンは大きくため息をついて「じゃあ、飛んだかな?」と天井を仰ぎながら呟いた。
「不測の事態って事もありますよ? 体調不良かもしれないし。そう言えば、突発的な連絡方法って何かあるんですか? 電話みたいなものは」
「デンワというのは?」
「離れた場所にいる人と話をできる物ですよ」
「あぁ、スマホの事か」
「スマホがあんの⁉ 異世界に⁉」
前のめりになるなよ。鬱陶しいな。
「スマホってのは、タツキから教わったんだ。僕たちの世界では、音声転移の魔具がある。二つ一組で、対の片方を持っている奴と音声を送り合うことが出来る。あとは使い魔を使ったり『キメラの羽根』を使ったりもするな」
「キメラの羽根‼ 翼じゃなくて⁉」
ジュンの食いつき方がキモくて嫌だな。羽根か翼か重要なところなのか?
「『キメラの羽根』は商品名だ。実際はグリルスという魔物の風切り羽根に術式を付与した物で、括り付けた物を指定の場所に飛ばすことが出来る。ただ使い魔と違って、鳥や魔物の攻撃を避けられなかったり、指定したルートの通りにしか飛べないから、戦闘の間に入ってしまったり、知らない間に建てられてた建物に阻まれてそのままなんてことがあるから、よく知った場所でしか使われない」
「キメラの羽根で瞬間移動は出来ないのかぁ~!」
出来るわけないだろ。
「じゃあ、リンカさんと俺たちは魔具を持っていなかったから、連絡が出来なかったってことですね?」
「簡単に言うな。音声転移の魔具なんて、一対で豪邸が建つ値段するんだぞ? 国の重要な機関や大型の船に取り付けられてるのが一般的で、他は金持ちの道楽用だ」
「そんなにするんですか⁉」
まぁ、僕はその『金持ちの道楽用』を持ってるんだがな。
あれは、いざという時のために取っておいてあるんだ。
「そうだ。だから、街の中ではキメラの羽根。街の外や長距離を飛ばすなら使い魔。伝達屋や冒険者に依頼することもある。どの方法を使うにせよ、離れた相手とのやり取りは手紙だな」
「伝達屋っていうのは、要するに郵便配達員ってことか。関所前の客にもいたな。『本当は冒険者に託すんじゃなくて、自分で届けたかった』って話してたやつとか、たぶんそう言う事だろ」
「冒険者が手紙を届けることもあるんですか? 俺たちの世界の冒険者だと、山に登ったり、ジャングルや砂漠で遺跡を見つけたり……ってイメージなんですけど」
「そういう仕事もある。僕たちの世界の冒険者は、基本的に何でも屋だ。魔物討伐や害獣駆除なんかの大きい仕事もあれば、引越しの手伝いや草むしりなんかもする。依頼はランク別に色々あるから、カヌセーヌでは最低ランクのKランクなら子どもも加入している。このKランクの依頼にも手紙の配達があるな。手紙は配達範囲やルートの危険度によってランクが変わるんだ。Kランクは送り先が町内に限られる。キメラの羽根でもいいけど、Kランクは困窮者支援の意味があるから依頼する奴がいるんだ」
「ルネ君、ちょっといい?」
ジュンは手を上げないな。こいつは一点減点だ。
「はい、潤君」
「さっきからカヌセーヌって言葉がよく出てくるけど、それは街の名前?」
あぁ~、そうか。ここから説明するのか……。
「カヌセーヌは国の名前ですわ」
ちょうどいい。面倒だから、この辺はエステルに説明させよう。
「エステル。カヌセーヌについて教えてやってくれ」
「承りました。カヌセーヌ、正式名称はカヌセーヌ王国と申します。南側が海に面した土地で、西から北にかけて無主地に囲まれ、東側はヴクマーレ川を国境としてトロキオ王国と隣接しております。お店を出店していた関所はカヌセーヌ王国と、西側の無主地であるこの山を隔てるものです」
「ルネ君とエステルちゃんはカヌセーヌ王国の人なの?」
「いや、僕たちはトロキオ国民だ。トロキオ王国は悪魔族の国でな。他の種族の国とは違ってギルドのような組織がないからカヌセーヌを例に出したんだ」
細かいところをいちいち教えながらじゃ、本題からどんどん逸れていくな。
一般的な固有名詞くらい先に覚えててくれないと、結論までいつまで経っても辿り着けないぞ。
「とにかく、リンカはきっと大丈夫だ。エルフ族は気まぐれな奴が多いからな。気が向けばまた戻ってくるさ。それで? あとは何を教えればいい?」
ソーダイとジュンが顔を見合わせる。
「何をって言われても、ねぇ?」
「異世界を知るって、範囲が広すぎますよね。……じゃあ、さっきの話の続きでカヌセーヌ王国の冒険者ギルドの事をもっと詳しく教えてください。それって、関所前に受付カウンターを出してたやつですよね? 初日に列整理を手伝ってくれたり、魚サンドも買いに来てくれた」
「あ、良いですね! 彼らは今日も手伝ってくれたし、たくさん買ってくれたよ。シリアルバーを全部買ってくれたのもギルドの受付の人だった。顧客としてもパートナーとしても詳しく知っておきたい」
「わたくしも、ユーゴ様のお仕事について知識を深めたいですわ」
カヌセーヌの冒険者ギルドについてか。
それなら僕のすごさをわからせることが出来そうだな。
「よし、わかった。では、ノートの新しいページを開きたまえ!」




