第七十八話 悪だくみ
ジュンは味方かと思ったのに、僕をバカにしやがって。
エステルもエステルだ! ドラクール家はベルゼビュート家の配下なのに、今夜は僕に口答えばかりじゃないか。
『ルネ様の御心のままに』とか言ってたくせに、ジュンと一緒になって僕に意見するなんて……。
「どしたん? ムスッとして」
「ユーゴには関係ない」
「なんだ、おい。つめてぇじゃん。言ってみろって! おいらだって伊達にオッサンなわけじゃないのよ?」
ニヤニヤヘラヘラと、まとわりついてくるなよ。
「本当に永世名誉魔法騎士なのか?」
ユーゴの顔に、驚きの表情が浮かぶ。
「誰に聞いた? って……、タツキしかいねぇか」
「そうだよ。タツキから聞いた。ユーゴは幼年期学園の教師になるはずだったとか、教科書を作ったとか……。それで、僕の家庭教師になってもらうとさ」
「はぁ~⁉ あいつ、しばらく仕事増やさないって約束してから一日しか経ってねぇのに!」
「ユーゴからも、言ってやってくれ。そんな余裕は無いってな」
「おう! それは、しっかり言っとかねぇとな。だが、結果に期待はすんな」
「どういうことだよ?」
「そのまんまだよぉ。タツキの頑固さは、ルネもそろそろ把握してんだろう? 俺っちにタツキを説得する事は出来ない!」
「なんだよ。結局、お前もタツキ側か」
「そうじゃない。説得はする。意見はしっかり言う。俺は我慢強くないからな。嫌なもんは嫌ってハッキリ言う主義だ! だが、タツキを説得できる気はしない」
なんで、そこでキメ顔なんだ。
こういうところはタツキと親友ってのがわかるな。よく似ている。気色悪い程にな。
「……僕は学校も勉強も嫌いだ。おとぎ話を音読したり、何に使うかもわからない計算を延々と繰り返したり、使いもしない魔術式を暗記させられたり……。無駄だとしか思えない。屋敷を出てから、学校で習ったことが役に立ったことはなかった。計算が出来ても相場を知らなかったから路銀はすぐになくなったし、動かない的に弓を射たり剣をふるったりできてもウサギ一羽捕まえられなかった。雨風をしのぐ寝床の場所を教えてくれたのは野良の動物たちだし、金の稼ぎ方を教えてくれたのは商人や冒険者だった。役に立たない事に長い時間や労力を使いたくない」
ユーゴは黙って僕の話を聞いて、伸び始めの髭を指で擦りながら「いいんじゃね?」と、短く返した。
「え? いいの?」
「うぅん……。いいんじゃねぇのかなぁ? それで」
「みんな勉強しろっていうから、ユーゴもそう言うと思ってた……」
「学校の勉強ってぇのはよ、人生のルートが決まってる大多数の奴らが『その通りに進めば問題ねぇ』って形に作られてんのさ。だから、大人になってもルート通りの人生なら、学校の勉強が出来てる方が楽に生きられる。だが、ルートから逸れると一瞬で何の役にも立たなくなる。ルネみたいにな。最終学位まで行けば別よ? そこまで知識や技術を蓄えれば、数打ちゃ当たる戦法で役に立たせることは出来る。でも、まぁ~、ほとんどが無駄よ。大量に仕入れた知識もずっと覚えてなきゃ意味ねぇし、そん時、そん時で膨大な知識の中から一瞬で最適解を構築して動作に移すなんてぇのはさ、センスがねぇと出来ねぇのよ。そのセンスは生れ持ったもんだからどうしようもねぇし、センスと記憶力を両立できるのなんて、ほんの一握りさ。無駄は省くに限る」
「だから、教師にならなかったのか?」
「そら、そうでしょうよ。俺はねぇ、勉強なんてのは、会話さえ出来りゃいいと思ってんのよ。種族が違えば出来ることも違うし、立場によっては役割も違うでしょぉ? 最低限の会話さえ出来りゃ、あとはどうとでもならぁな」
「そっか」
なんか、拍子抜けだな。
Sランクだの、永世名誉魔法騎士だの、大層な肩書ばかりがチラついて、こいつも他の大人たちと同じことを言うのかと思ってたのに。
「よし! ルネの家庭教師、引き受けるわ!」
なんだって⁉
「話が違うじゃないか‼」
「まぁ、まぁ、待てよ」
ユーゴは僕の肩に腕を回して座らせ、耳元に口をよせた。
「そう言う事にしとくんだよ。いいか? お前は勉強をしたくない。俺は教えたくない。利害は一致してんだろぉ? 俺が教師になれば俺のやり方でいいはずだ。だからさ『俺たち、お勉強しますぅ~』っつって、部屋に引っ込んだらしばらく自由時間だよ。寝るなり酒飲むなりして『終わりましたぁ』って出て行きゃいいんじゃねぇか」
おぉ、なるほど。そう言う事か。
「お前、ずる賢いな」
「言い方、気を付けて! 俺りゃあ、勉強は嫌いだが頭は良いんだ。ノルか?」
「ノッた!」
「その代わり!」
「なんだ?」
「タツキから『ジュンに魔術を教えてくれ』って頼まれてんだ。こっちの世界で商売するのに、魔術を扱えるのが俺らだけじゃあ、俺らが休めねぇじゃん? だからさ、俺らの休みのためにも手伝ってくんない?」
「でも、僕は人間が使う魔術は知らないぞ?」
「そんな先の事じゃなくていいんだよ。魔術とは! とか、魔石とは! みたいな事さ。お前、モンポワの冒険者ギルドから魔石採掘補助の依頼けっこう受けてただろ? 魔石の種類とか、魔具とか、魔物とか、あいつらの世界に無い物を説明してくれりゃいい」
「わかった。それなら僕にも出来そうだ」
「じゃあ、帰ったら三十分教える時間取るってジュンに約束してっから、さっそく頼んますよ? ルネ先生♡」




