第七十六話 特別感
「特別感の演出だよ」
持ってきた品物をすべて売り終えた後、まだ来ないリンカを待ちながら、ジュンはシリアルバーを渡したときの客の反応について、そう説明した。
「特別感?」
「そう。無料配布だと『お得感』や『手軽感』はあるけど、誰でも受け取れるから『自分は特別』とは思わないでしょ? でも、買わなきゃもらえないし、普通の商品だけじゃもらえないとなると、そのシリアルバー自体に希少価値が付くんだ」
「しかし、だからと言ってあんなペラペラの布袋に二百八十リビーも払う気になるものか?」
布袋欲しさか、シリアルバー欲しさか知らないが、あの客を皮切りにペラペラ袋は飛ぶように売れ、十五枚が完売した。
終いには、余ったシリアルバーだけを一本あたり二百リビーも出して買い占めた奴までいたほどだ。
「もちろん、オマケにしただけじゃこんなにうまくはいかないよ。要因は他にもある」
「他の要因ってなんですの?」
エステルが会話に入ってきた。機嫌は直ったみたいだな。
「一つ目は客側の必要度合い。必要な物ほど高額でも売れる。その場で食べちゃうなら袋はいらない。だから昨日は持ってこなかった。でも、今日は持って帰る人が注文をしてた。買ったものを入れるための袋は必要でしょ? ここは他に袋を手に入れる手段がないから、高額でも売れるんだよ」
なんだか客の弱みに付け込むみたいなやり方だな。
「二つ目の要因は、おまけのシリアルバーか? 僕とソーダイが衛兵やギルドの奴らに渡した時とは明らかに反応が違った。あの時はみんなに配ってたわけじゃない。特別感はあったと思うのに『なんだかわからないが、くれると言うならもらっとく』ぐらいの態度だったぞ?」
「今日は出店二日目で、ここにいる客のほとんどが昨日も商品を買って食べてるでしょ? 『この店は美味い物を売ってる』と知ったうえで買いに来て、食ったことが無い物があれば、味が気になるじゃない。しかも、携帯食だからね。いますぐに食べる分は注文が決まっているから、普通なら追加は難しいけど『あとで食べればいいか』っていう選択肢がある。長い道中の楽しみにもなる。あと、もう一つ。特別感はさ、対象者が少なすぎてもダメなんだよ」
「……? どういうことだ?」
「多くの人が『自分でも特別になれるかもしれない』って期待できる程度の『特別』が、一番人気が出る。衛兵やギルドの職員だけだと、それ以外の職業の人には手に入れる術がない。『自分には関係ない』と思って興味を失ってしまう。だから、手に入れた人に対して羨望がむけられない。人は誰かから羨ましがられるのが大好きだ。憧れや羨望で虚栄心を満たせる。それが価値の一つになるし、この価値は高値が付きやすい」
「僕がタツキやソーダイと無料配布をしに来た時とは条件が違うのか」
ジュンは、帽子を目深にかぶって木陰に座る(おそらく寝てる)ユーゴを眺めながら、水筒の水を飲みほした。異世界の素材じゃない、僕が見慣れた革製の水筒だ。
「あと一つの要因は、会話かな?」
「会話……ですの?」
「そう。俺が客一人一人に接客しながら別のセリフ言ってたの気づいた? 『昨日も買ってくれたよね』『今日は仲間と喧嘩してない?』『奥さん、喜ぶといいね』『足の痛みは大丈夫?』って。全部その人たちが話した内容や服装の雰囲気からセリフに落とし込んで、それぞれに合うセリフを使ってたんだ。そうするとさ、客は店員に親近感を持ちやすいんだよ。親近感は財布のひもが緩みやすい。心理的な距離が近いほど信頼や安心感があるし、相手の喜ぶことをしたくなる。こういうのは、そうだいさんの方がうまいけどね」
簡単に言うけど、そんなの目の前に雑多にいる連中の会話を盗み聞きしたり、昨日買った商品を覚えてたりしなきゃ無理だろう。
この辺の連中なんか、僕には『どの種族か?』くらいしか覚えられないのに。
一人一人の顔と買ったものと会話の内容を覚えてるなんて……、もう『すごい』どころか『キモイ』な。
「ジュン様は、そういった商人の知識は学校で学んでいらっしゃるの? 確か、学校に通いながら働いておられるとか……」
エステルから問われて、ジュンは静かに目を閉じて俯くと、フーとながい息を吐きながら顔を上げた。
「学生は辞めたんだ。こっちの方が面白そうだしね」
「まぁ、そうでしたの」
「学校を辞められるのか⁉」
「へ? う、うん。まぁ。ルネ君は……えっと、学校に行ってるの?」
「色々あって、休み明けに戻ってないんだ」
「あぁ~、夏休み症候群かぁ」
ナツヤスミ……なんだって?
「俺がこう言うのは説得力ないかもだけど、義務教育は行っといたほうがいいよ?」
「ギムキョーイク?」
「義務教育じゃないの? あ、そっか。異世界か。異世界物でも学校ネタはよく出てくるよな。悪役令嬢物なら鉄板だし、魔法学園物じゃなくても学園編はお約束だし……」
こいつの言う異世界ってのは、どの世界の事なんだ?
空間転移能力がある風じゃないのに。
「ねぇ、ルネ君の学校ってどんなところ? ヴァンパイアの学校?」
……こいつはここに食いつくのか。
ソーダイなら飯の話さえしときゃ良かったのに……。
「ヴァンパイアの学校に通っているのは、わたくしですわ。ベルゼビュート州立ショヴスリ幼年期学校。ルネ様は王立幼年期学園。ルネ様も、わたくしも、屋敷を追われてから、ずっと通えていないのですが……」
「屋敷を追われた⁉ 追い出されたの⁉」
あぁ、そうか。こいつは知らなかったんだっけ。
「僕とエステルの家は、別のヴァンパイアから襲撃されて屋敷も領地も奪われたんだ。それ以来、僕たちは学校には行ってない」
「そう……だったんだ。それで、うちの店の寮に……」
ジュンの顔に『憐憫』が浮かぶ。その下にうっすらと……、あれは『共感』?
「わたくし共ドラクール家は、叔父と叔母を亡くしましたが、他は父母を含めユーゴ様にお救いいただきました。ですが、ルネ様は……」
やめろ。なんだか、僕が可哀想みたいじゃないか。
「そうか。それじゃあ、学校に行ってるどころじゃないな……」
おぉ! わかってくれるか!
「そう! そうなんだ! 学校なんて行ってられないんだよ! なのに、タツキの奴が勉強しろってうるさいんだ。お前からも言ってやってくれ!」
「いや、勉強はした方が良いよ。学校に行かない事と勉強をしないことはイコールじゃないから」
あれ?
「そうですわ、ルネ様。ルネ様はベルゼビュート家を再興しなければならないのですから、お勉強はなさらないと。他の州の悪魔族たちにヴァンパイア族は勉強も出来ないと笑われてしまいます」
なんだ? エステルまで。
エステルは僕の配下だから、僕の言う事には絶対服従のはずじゃないのか?
「でも、店の仕事もあるし……」
「仕事と勉強は別だよ。大人だって働きながら資格の勉強をしたりするんだよ?」
「そうですわ。ベルゼビュート家を継げば、守護としての仕事の他に源魔院の一員として国政にも携わりますし、ベルゼビュート家は州知事ですし、領地の管理もあります。特にベルゼビュート家にはリヴェルタリスもありますから。神としての役割もありますのよ?」
「ルネ君、神様なの? ヴァンパイアの神様⁉ すっげぇ、そんな設定は聞いたことないわ」
『興奮』『高揚』『歓喜』『期待』
あぁ、ジュンが『アイ化』してしまった。
「ルネ様の一族は、トロキオ王国の上位貴族であり、我らヴァンパイアの長であり、リヴェルタリスという人間の宗教では神として崇められていますの。リヴェルタリスは信者にとって救いであるだけでなく生活基盤でもあります。その維持と管理はベルゼビュートにとって重要な役割の一つですわ」
「それなら余計に勉強しなきゃじゃん。神様がバカだと信者が可哀そうだよ」
なんで、こんな話になるんだ。




