第七十五話 出店二日目
「待たせたな。積み荷の準備は終わったか?」
「いまオスカーの鞍に括り付けたところだよ。あぁ、髪色変えたんだ。いいじゃない」
店の前でオスカーに鞍を付けているのはタツキだった。
結局、ユーゴとジュンはサボっていたのか?
ソーダイがいない日に、ジュンに腑抜けられると店が立ち行かないんだがな。
「もしかして……ルネ君⁉ その髪の色は⁉ フォームチェンジ⁉」
「フォーム……? なんだか知らんが、これはただの変装だ。今更な気もするが、用心するに越したことはない」
ユーゴがそそっと寄ってきて「俺っち、出る幕ねぇじゃん」とほくそ笑んだ。
「変装? なんで? ルネ君ってお尋ね者だったの? あ! ヴァンパイアだから?」
ジュンの顔に『高揚』と『興奮』が渦巻いている。
感情だけ見てるとアイみたいだな。
「ジュン。今日はソーダイがいなくて、お前だけが頼りなんだ。頼むから仕事はちゃんとやってくれ」
一瞬でジュンの『興奮』が消滅した。代わりに『自負』が立ち昇る。
「もちろん、任せてよ。今日は準備も出来てるしね」
関所前は雰囲気が少し変わっていた。
冒険者ギルドの受付や衛兵の前を取り囲むようにできていた行列が無くなっている。夜が明ければ一部は入国できるようになるから、立ち往生していた連中も旅の目途がたったのだろう。
『期待』と『安堵』を浮かべた人間が少しずつ荷物をまとめ始めているようだった。
「リンカがいないな」
いつも、登山道の入り口辺りに店を出してるのに。
「今日はまだ狩りをしてるかもしれないよ。昨日は商品が足りなかったしさ。構わず店の準備をしよう。昨日と同じ場所に出店すれば、きっと後から来るよ」
そうだな。そのうち来るか。
昨夜と同じ場所にカウンター代わりのテーブルを立て、商品が入っている箱を横に積み上げていく。
普通なら無主地にこんな店構えじゃ『盗んでくれ』と言わんばかりだが、背後の木にもたれかかったユーゴが剣や杖を並べて手入れし始めたのが抑止力になっている。
店のエプロンも着けずに、こっちの世界で普段着ている服なんだろう。ユーゴの姿は一目見ただけでベテランの冒険者そのものだ。
その『ベテランの冒険者』が無主地で無防備に武器の手入れをしていれば、よほど腕に自信があるのだろうと察しが付く。
バカには通用しないが、そんなバカが襲い掛かってくれば一瞬で対処できる自信と実力は本当にあるんだろうな。
店から持ってきた魚は串に刺し終わってるから、あとは焼くだけだ。魚サンドに使うパンにも切れ込みを入れてある。先に出来ることをやっておいたから、出店の準備が楽だな。
「ルネ様。わたくしも何かお手伝いを……」
「手伝いと言われても……。そうだな……。じゃあ、そこの地面にフレイムエイルの魔方陣を描くから、小石をどかしておいてくれ」
「承知いたしました」
僕たちが出店の準備を始めると、周囲にいた連中が一人二人と近寄ってきた。
「おい、また魚を焼くのか?」
「俺、昨日マヨネーズ? って奴を頼んだんだが……」
まだ準備中だってのに、話しかけるなよ。こっちは作業手順を考えながらやってるんだ。次に何をするのか、わからなくなるじゃないか。
「いま、開店準備中だから、ちょっと待っててください。師匠! 列整理お願いします!」
ユーゴはグルっと辺りを見渡すと、ジュンの前を素通りして冒険者ギルドの受付に歩いて行く。受付の奴に何か話し、その場にいた奴を二人連れて戻ってきた。
「はい、こちら。列整理係のトマスくんとアルバさんね」
「よ、よろしく、お願いします」
「師匠、ギルドから人を借りてきたんですか? 人件費なんて出せませんよ?」
ジュンに答えたのはトマスと呼ばれた若い男だった。
「いえ! お金はいりません! 自分、まだ駆け出しなので、精一杯勉強させていただきます!」
「わ、私もです! ユーゴさんのお仕事をお手伝いできるなんて光栄です!」
なるほど。Sランクの威光を使ってきたのか。
とことん働きたくないとみえる。
エステルを連れてきた効果が無かったな。
「ルネ様、並び列の案内でしたら、わたくしが。領地では健診日や収穫祭で案内をしておりましたし」
「ここはドラクール領内とは違う。この場にいるのは、お前に好意的な奴らじゃないからな。ユーゴがあいつらにやらせると言うなら、それでいい。エステルは僕の隣に居ろ」
「……はい。仰せのままに」
エステルが俯いて黙ってしまった。
気を悪くしたか? そんなに列整理がやりたかったんだろうか?
僕から顔を逸らして、すこし避けているようにも見える。
なんだってんだ。これだから女はよくわからん。
「ジュン。リンカがまだだが、火をつけてもいいか?」
「あぁ、うん。持ってきた分から焼き始めようか。ただ、主力の魚サンドはリンカの魚で作ってたからなぁ。魚正の干物じゃ味が濃すぎるし、食感もロールパンとは合わないよな……。サンドは後回しにしてパンと焼き魚だけ売ろうか。あと、瓶詰だね」
「わかった。じゃあ、魔方陣を作動させる」
「なんだ、今日は魚サンドが無いのか」
注文をする客からそんな声が度々聞こえてくる。
「そうなんだ。一部食材の納品が遅れててね。悪いな」
客と会話をしながら、ジュンは次々と注文を受けていく。
速いな。会話をはさんでいるのに、ソーダイよりも会計が速い。
でも、今日は焼き網をスタンドで魔方陣の上に固定してるし、エステルも焼くのを手伝ってくれている。焼成までの時間は当たり前にかかるが、客に出す順番に並べて焼けば混乱もしないしスムーズだ。
「マヨネーズとケチャップの瓶が一つずつと、ロールパンが八個。干し魚と焼き魚を一串ずつね?」
ジュンが商品を渡そうとすると、一人の客がもぞもぞと気前悪そうに言った。
「なぁ、何か袋は無いかな? 使おうと思っていた袋が、事情があって使えなくなってさ。瓶は積み荷に押し込めばいいが、このパンは柔らかいからそうもいかなくて……」
高く積まれた背負子と魔石付きの両手杖。荷運び屋だな。おそらく、ハキューネからの荷物を諦めて引き返すつもりで予約したのに、冒険者ギルド経由で荷物の受け取りが出来たんだろう。
確かに袋に入れれば、杖を持っている腕に引っ掛けるなりして運べるだろう。
でも、袋なんて……。
「あるよ! 木綿のトートバッグ。一枚二百八十リビー」
あるのかよ。ほんとに隙が無いな。
「二百八十か……。高いな」
だろうな。そんなペラッペラの布袋。
向こうの世界の値段そのまま吹っ掛けたって、売れるわけがないのに。ジュンの奴、物価が違うって事を忘れてるんじゃないか?
「わかった。二百八十だな。パンはその袋に入れてくれ」
売れんのかよ⁉
「ありがとう! このシリアルバーはオマケに付けとくよ。歩きながら食える携帯食だから、腹減ったら食べて。道中、気を付けてね」
「おまけ? これはタダでいいのか? なんか得した気分だな。ありがとよ、兄ちゃん。仲間にも店の宣伝しとくよ」
相変わらず、すごいな。
高額の布袋を売りつけて、あんなに客を上機嫌で帰すなんて……。
しかし、配り切れなかったシリアルバーをこんな使い方するとは……。
無料で配ってるのは同じなのに、なんでジュンが渡した方が喜ばれるんだ?




