第七十四話 変装
「ソーダイ。お前、この後はどうするんだ?」
「寮の部屋にいますよ。荷物が散らかっちゃってるし、洗い物も溜まってるから、タツキさんに洗濯機借りようかな?」
「そうか。……じゃあ、行ってくるな」
「はい。気を付けて。よろしくお願いします」
今まで仕事の時はソーダイが一緒にいる事が多かったからな。なんか変な感じだ。一緒に行動するのが当たり前だと思ってた。でも、僕もソーダイも雇われてる身だから休みは必要だし、人数が足りないから順番にしか休めないし。仕方ないよな。
今夜はユーゴとジュンと三人か。向こうに行けばリンカがいるが、あいつは喧しくてあまり好きじゃないんだよなぁ。
「ルネ、どうしたの?」
「いや、別に……」
「一緒に仕事するのが立木君とユーゴだけじゃ不安か?」
「テレパシー⁉」
タツキは笑って「観察と想像だよ」と答えた。
「観察と想像と、それから『共感』かな? 俺も不安だよ。ユーゴは地味な仕事は嫌がってすぐにサボろうとするし、立木君は……あの調子だしね」
チラリと横目で見た先で、ジュンはユーゴに魔具を見せてもらって『興奮』している。
あの仕事にそつがないジュンが、荷物を運び出すことも忘れてユーゴに夢中だ。
「正直、店は閉めて俺がついて行ってもいいんだけど、こっちはこっちで見張ってないと休まず働こうとする子がいるからね」
タツキが天井を見る。
そうだな。ソーダイはすぐに働きたがるから。
「俺としてはエステルさんについて行ってもらったらどうかと思うんだけど……」
「エステルを連れて行くのか⁉」
「働かせなくても、隣にいてもらえれば心強いんじゃない? 同じトロキオ国民で、同じヴァンパイアなんだし」
「それは……そうかもしれんが」
「エステルさんの前でならユーゴもカッコ悪いところ見せたくないだろうし、立木君は……ちょっと予測つかないけど」
「でも……」
「『不安だから付いてきて欲しい』なんて、恥ずかしくて言えないか」
「そ、そ、そりゃあ、そうだろう⁉」
「まぁ、そうだよね。やっぱり頑張って三人で行ってきてもらうしかないか」
「え…でも、それは……」
ジュンがユーゴと一緒にサボり始めたら? リンカは手伝ってはくれるけど用心棒だしな。
僕が注文とって焼いて売って……?
いやいや、いくらなんでもジュンが仕事を放りだすわけが……。
ユーゴとジュンは、まだ楽しそうに何か喋っている。
あいつら、まだ荷物の準備に取り掛からないのか……。
「じゃあさ『出張ストアーの様子を見せてやるからついてこい』って言ってみたら? こんな上から目線の偉そうなセリフ、こっちの世界で言ったらアウトだけど。エステルさんとルネの関係なら、この方がしっくりくるんじゃない?」
そうか、それなら有りだな。
「わかった。ちょっと行ってくる」
エステルを連れて行くなら、弁当を多めに持っていこう。サプリとゼリーインリョーもあった方がいいな。地面はまだぬかるんでるのかな? エステルの靴が汚れてしまっては申し訳ない。僕のもう一足の靴を貸してやろう。あのヒラヒラしたドレスで火の近くは危ないな。服も貸してやるか? いや、変化魔法で形を変えるように言ってみよう。
「エステル?」
庭にはいないな。屋敷の中か。
「エステル! 僕だ! いるか?」
ギギギギギギー
少し待って、ドアが開いた。
随分と建付けが悪い音がする扉だな。
「おまたせをいたしました。……‼ こ、これは、ルネ=ノワ様! お久しゅうございます! 覚えておいでですか? アレクシでございます」
「あ、あぁ、覚えている。ドラクール家の家守奴隷だな。健在そうで何よりだ」
あぁ、ビックリした。当然、エステルが出てくるものと思い込んでいた。
そうだよな。ここは寮ではなくてドラクール家の屋敷なんだ。いきなり令嬢が出てくるわけがないか。
「旦那様! 奥様ぁ!」
「あぁ、待て待て! 今はあまり時間が無くてな。ちょっとエステルに話があるんだが、呼んできてくれないか?」
「これは、これは、失礼を。お待ちください。すぐに、お嬢様をお連れします」
妙な笑い方をするな。
この屋敷の連中は、揃いも揃って緊張感がないというか……。
しばらく待つと、エステルはいつも以上にビラビラしたピンクのフリルをなびかせて階段を降りてきた。バラの食いすぎで、ついにバラその物になってしまったとみえる。
「ルネ様! ルネ様から訪ねてきてくださるなんて! お仕事がお忙しいようでしたのに」
「あぁ、その仕事の件なんだが。お前にも出張ストアー……行商の様子を見せてやろうと思ってな。これから、向かうんだが……、その……、一緒にどうだ?」
「わたくしも、連れて行っていただけるのですか⁉」
「今日はユーゴも一緒にいるし、念のため髪と目の色は変えてだな。ドラクール家の息女とばれると厄介だし、その……そのドレスは大変よく似合ってはいるが、汚れるといけないから……」
「すぐに支度してまいりますわ! 五分……いえ、一分お待ちになって!」
「あ、あぁ」
エステルは踵を返して階段を駆け上り、言葉通り一分足らずで舞い戻ってきた。
その姿は……。
「まるで農婦だな」
粗末な麻のシャツに木綿のズボン。革のベストとジャケットか。
白い髪と赤い瞳?
「いかがです? これならどう見てもドラクール家のヴァンパイアには見えませんわ」
「その髪と瞳の色はダメだ」
「いいじゃありませんか! ルネ様とおそろいが良いんですもの」
「この髪と瞳の色はベルゼビュートに生まれやすい特徴的な色だ。目立つからダメだ」
「じゃあ、なぜルネ様はそのままなんですの? タダの商人として商売をしに行くのに、ベルゼビュート家のヴァンパイアとバレたら困るじゃありませんか。トリスタン派の者に知られたら、お店にもご迷惑をおかけするかもしれないんですのよ?」
う……、確かに。
「ルネ様も髪色と瞳の色を変えましょう。そうすれば一般悪魔として商人の仕事が出来ますわ」
「わかった。やってくれ」
「何色がよろしいかしら? 淡いピンクグレーなんかがお似合いになると思うんですが……」
「ピンクは無しだ! なんでも良いんだが……、じゃあ肌は薄いオレンジ。髪は淡いベージュ。瞳は緑にしてくれ」
「いいですわね。じゃあ、私もそれで」
「この変化魔法は、どのくらい効果が続くんだ?」
「解呪せずに放っておけば、次の満月には解けますわ。月の光には本質を表す力がありますから、変化魔法が無効化されてしまいますもの。だから、あと二週間ほどですわね」
それなら、出張ストアーの期間中は大丈夫だな。
「ところで、この色は何か理由がおありなんですの?」
「どっちが神として上か、解らせてやらなきゃならん奴がいるんだ」




