第七十話 あたりめとマヨネーズ
ジジイに自分で焼酎を選んでくるように言ったものの、カウンターに手をついて困ったように息をつくばかりで動かない。
まぁ、このおぼつかない足取りじゃあ仕方ないな。
陳列棚に倒れ込まれても困るし、いくつか持ってきて選ばせてやるか。
その時、事務所からコマキとタツキがニコニコしながら出てきた。
「たっちゃん! たっちゃんがやってくれよ。この子ら相手にしてたら素寒貧になっちまうよ」
タツキはカウンター周りを一通り眺めまわして、ぶふっと吹き出した。
「ワタさん、悪いね。うちの新人の歓迎に『魔王』下ろしてくれるなんて」
「冗談ポイよ。俺らは普通に水割りがのめりゃいいんだからさ。なんとか言ってくれよ」
タツキはコマキにカゴを渡してからカウンターの中に入った。
「弓岡君、何か作業中だった?」
「グリストラップ清掃の途中です。戻っていいですか?」
「うん、ありがとう。こっちはやっとくから、掃除よろしくね」
ユミオカの顔から『暇』が消え、薄い『安堵』が浮かんで消えた。
「ルネ。キッチンの戸棚と冷蔵庫はわかる?」
「戸棚は皿が入ってるところか? キッチンのレイゾーコは戸棚の隣の奴だろ?」
「そうそう。戸棚に、このプラスチックカップと同じものが入ってるから、袋から三個だして持ってきて。あと、冷蔵後に使いかけの水のボトルがあるから、それもお願い」
「わかった」
キッチンの戸棚は、カレーを入れた皿が入ってるところだな。
ユミオカが掃除してるから邪魔だが、まぁ仕方ない。
「持ってきたぞ」
「ありがとう。そこに置いて」
タツキはカウンターの上にコップを並べ、氷を袋から出して分け入れていく。
カウンターの後ろの扉から、茶色の瓶を取り出した。
「おお! あるじゃないか、『白波』。これだよ!」
瓶から酒を注ぎ、その上に水を注ぎ、木の棒でかき混ぜる。
水で薄めるのか。不思議な飲み方だな。
「ワタさん、残った氷はキープしとくから。お会計二百九十八円ね」
「そうそう、その値段だよ。あぁ、ビックリした。五千七百とか言うんだもんな」
ジジイがポケットから出した金をカウンターに広げていると、別のジジイが「ワタさん! つまみ!」と叫んだ。
「あぁ、そうか。じゃあ、あたりめをもらおうか。マヨネーズ付けてな」
「あたりめね。あたりめにマヨネーズ……」
ん? マヨネーズ? マヨネーズって確か……。
「「マヨネーズとケチャップ‼」」
「なんだ、なんだ? 親子そろって大きい声出しやがって」
「ワタさん、ごめん! ちょっと仕事一個忘れてた!」
「なんだぁ? また、たっちゃんの『忘れてた』が始まったか?」
そうだ。今朝の会議の時にタツキはマヨネーズとケチャップを瓶に詰めておくって言ってたんだ。瓶の用意も出来てないのに……。
「どうした? 何を忘れてたって?」
「まったく、たっちゃんは仕方ねぇなぁ」
ジジイ共に出張ストアーの話は出来ない。
とりあえず、タツキを事務所にでも連れて行って……。
「瓶を仕入れるのを忘れてたんだよ」
言っちゃうのかよ⁉
「なんだぁ、そんな事か」
「そんな事じゃないよ! 予約取っちゃってあるから変更できないし、今夜運ばないと!」
「どんな瓶だ?」
「ジャムとか入れるようなやつ。これくらいの」
「いくつ必要なんだ?」
「三十個」
そのやり取りを聞いていた『みっちゃん』と呼ばれていたジジイがスマホを取り出して何やら操作を始める。
本当にみんな持ってるんだな。あんなジジイでも扱えるのか。
「あぁ、もしもし。新か? 工房に瓶あんだろ? ……。ちげぇよ、そっちじゃなくてオイル漬けとかのやつよ。……そうそう。あれ、何個残ってる? ……そうか、じゃあ三十個持ってもときストアーまで迎えに来い。……あ? 何言ってんだ、今すぐだよ。決まってんだろ。……うん。そう。じゃあな」
スマホに向かって話していたジジイは顔を上げてタツキに向き「たっちゃん。貸しだからな」と叫んだ。
「助かるよ!」
なんだ? 何がどうなった?
「なぁ、どうなったんだ? 瓶は仕入れに行かなくていいのか?」
「いま、満さんのお孫さんが持ってきてくれるよ。受け取ったら詰め替えるから、倉庫にあるケチャップとマヨネーズを事務所に運んでおいてくれる? 十五個ずつ」
「……わかった」
タツキは小さな声で「一石二鳥だ」とつぶやいた。




