第七話 取引
午後七時四十七分。
僕はジムショで子供のおもちゃをあてがわれ、勉強をさせられている。
〈あひる の 『あ』〉
ボタンを押すと喋る魔具だ。実にバカバカしい。
音声の記録再生をボタン一つの簡単な操作で出来る技術を、なぜこんな子供のおもちゃに使うんだ。
口頭魔術の発動が出来るようにすれば、魔方陣の自動解除も出来るだろうに、他に有益な使い道はいくらでもありそうなもんだがな。
どこか間が抜けてるんだ。この世界は。
「ちゃんとやってる?」
タツキがそう言いながらジムショに来るのはもう三回目だ。
暇なのか?
「やってるよ。まったく、なんで僕がお前たちの世界の文字を覚えなきゃならないんだ」
「だって、文字が読めなきゃどの商品が何なのかわかんないでしょ。前田さんから聞いたよ? これじゃあ、ピッキングや品出しを教えても意味がないって」
「僕はずっと働くわけじゃないんだから、別に構わないじゃないか。仕事をするのは店内にいるための方便なんだから」
「買い物にも来ないの? 欲しい商品がどれかわからなかったら、買い物もできないだろ」
「そんなの、お前らに欲しい物を言えば良いだけだろう」
「へぇ! そんなに信用してくれてんだ! 嬉しいなぁ」
ニマニマすんなよ。うっとおしいなぁ。
しかし、本当にエネルギー切れみたいだ。能力が全く使えない。
こいつこそ何考えてんのかわからん言動が多くて気色悪いってのに……。
ソーダイが帰る前にゼリーインリョーを奢らせとくべきだった。
「夕飯は出ないのか?」
この際だ、たかれるだけたかってやる。
「あぁ、そうか。そう言えば夕飯の時間だな。ただ、店の弁当はほとんど無くなっちゃったからなぁ。久しぶりに出前でも取るか」
「デマエ?」
「ここに来てくれるのは、大森さんか、増田さんか、……あとは新道沿いのピザ屋かな? ルネは中華と蕎麦とピザだったら何が良い?」
「肉」
「選択肢って知ってる?」
チャンスを作ってでも馬鹿にしてくるな、こいつは。
「選択肢って言葉は知ってるが、選択肢に指定されている単語が一つもわからん」
「じゃあ、教えてあげよう!」
「いらん。とりあえず肉が多いのだ。あとは何でもいい」
「はいはい。じゃあ、蕎麦はないな。大森さんの所でいいか」
タツキは小さな板を顔に押し当てて、まるで食堂で注文でもするかのように話をした。
「もしもし、キラキラもときストアーですけど。お世話様です。出前お願いできますか? えぇ~っと、青椒肉絲と回鍋肉と餃子二皿、焼売と棒棒鶏、あとは……油淋鶏はありましたっけ? じゃあ唐揚げでいいや。他に何か肉使ってるものありました? 豚の角煮? いいですねぇ! じゃあ、それとエビチャーハンを2つ。」
誰に向かって話してるんだ? まさか、あの板も魔具なのか?
そう言えば、よくあれを指で操作しているような素振りをしているな。
音声転移の魔具か? だとしたら、こいつ相当な資産家だぞ?
なんでそんな魔具を持てる奴が商人なんてやってるんだ?
本当に、本当に、こいつは何を考えてるのかわからん。
飯を要求しても嫌そうな顔するどころか、妙に楽しそうだし。
揚げ肉一つの金を払わせるために監禁して働かせた奴と同じ人間とはとても思えない。
誰にも情けをかけないと決めたんじゃないのか?
僕に飯を食わせるのは、情けじゃないのか?
雇用主としての義務だから?
僕が今は従業員だから食わせるのか?
あれ? そういやこいつ『飲み食いした分は働いて返せ』って……。
もしかして……。
「おい! お前、この先もずっと僕をここで働かせるつもりじゃないだろうな⁉」
「あ、バレた?」
やっぱりかぁ~‼‼‼
「いらん、いらん! 飯なんかいらんから、僕を解放しろ!」
タツキは笑いながら椅子を持ってきて、僕の正面に座った。
「嘘だよ。監禁したって言っても、ルネがぶっ倒れて寝てる間に転移の時間超えて別の世界に来ちゃったんだから、それは俺のせいじゃないぞ? 働きもせず、身元もわからない奴が事務所に一日中いたら、他のスタッフから何を勘繰られるかわからないじゃないか。新しいアルバイトだって言えば、みんな納得するし、ルネも退屈せずに済んだんじゃないの?」
「ソーダイは疑ってたけどな」
「そうだい君は苦労してきてるから、勘がいいんだなぁ。経験からくる違和感を逃さない視点というか……。その点、前田さんは経験値が高すぎて、もはや全てを受け入れる構えだけどね。あはははは」
なんだ、その乾ききった笑いは。
「僕が明日以降来なかったら、変に思われるんじゃあないのか?」
「そこで変に思われるのは俺だけだから。自分でどうにでもするさ」
たしかに、僕には関係ないか。
「それより」
タツキの顔つきが変わった。今まで見たことがない、真剣な表情。
なんだ? 人格豹変か? 能力が使えないってのに、今度はなんなんだ?
「ハキューネに行く途中だったんだろ? 今は止めた方が良い。というか、たぶん行っても街に入れないよ。関所が封鎖されるって話だったから。多分、もう出入りは出来なくなってる」
「なんで、そんなことを知ってるんだ?」
「ルネ達の世界で、この店はトゥクール山中の登山道から外れた森の中に位置してる。普通は気づかれないし、気づいたとしてもこの建物じゃあ警戒して近寄ってこない。それでも、わざわざ通ってくる常連客は何人かいるんだ。俺は店から離れられないけど、近隣の情報くらいは入ってくるんだよ」
なるほどな。
しかし、僕の他にもこの店の存在を知っている奴がいるってのは意外だな。
異世界の物が買える店なんて話、聞いたこともない。
「……で? ハキューネの関所が封鎖されるってのは、確かな情報なのか?」
「そのハキューネから来た冒険者から聞いたんだ。ノーヅ港からクレルオ港を目指すって言ってた。話を聞く限り、そっちもすぐに封鎖されて大騒ぎになりそうだけどね」
「何があった? 隣国であるノーヅ港まで封鎖なんて戦争でもない限りありえないだろう」
「……戦争に、ならなきゃいいな」
タツキは、表情も口調も変えなかった。
「まさか、本当なのか?」
「まだ、わからないよ。その段階じゃない。ただ、可能性はある。カヌセーヌテンテラ大聖堂の宝物庫から一本の杖が消えたんだ。容疑者は宝物庫の管理を任されていた司教の息子。そいつの部屋から4点の宝物が発見され、言い逃れできる状況じゃなかったらしい。普段の素行も相当悪かったようだしね。息子は捕縛されて檻の中。司教は、その日のうちに自害。問題は、その杖だけが見つかってないって事」
杖か……。
「じゃあ、その杖を探し出すために関所を封鎖したってわけか」
「まだ国内にあると思われてるんだろうな。息子が取り調べを受けてるだろうけど、ここまでするってことは、口を割らないのか、本人も知らないのか、もしかしたら彼も死んだのかも」
「でも、そうなら戦争って話にはならないだろう? 国内のいざこざじゃないか」
「盗まれたのが普通の杖ならね。その杖は伝説の大魔導士が使っていた物だそうだ。保管場所は大聖堂だったけど、カヌセーヌ王国の国宝だよ」
「カヌセーヌ国宝の杖。……思い出した。人魔大戦時に、トロキオ軍をたった五人で殲滅したカヌセーヌお抱え冒険者パーティー。そのメンバーだった魔導士が使ってたやつか」
歴史の授業で習ったな。
開戦当初はトロキオ軍が圧倒的に優勢だった。
でも、カヌセーヌ軍が件の冒険者パーティーを戦局に投入して一気に覆ったんだ。
その進撃の初動はフ・ミリユイ監獄の襲撃。
トロキオ国内最大の城塞監獄で、ベルゼビュートの管轄下にあったんだ。
監獄襲撃を許した後、ベルゼビュート軍本隊も直接対決で撃破された。
この戦いで、おじい様の伴侶と長子である伯母上が亡くなった。
それを……、学校の連中は「ベルゼビュートが負けるから、トロキオが敗戦した」などと囃し立てやがって!
あぁ、思い出すだけでムカつく!
「もちろん、国宝の杖が無くなったなんて事は公表されてない。公式発表では何が盗まれたのかは伏せられたままだそうだ」
「……? 店の常連って奴はなんで知ってるんだ?」
「そりゃあ、だって、その息子と一緒に宝物庫に忍び込んだ本人だもの」
はぁ~⁉
「容疑者の一人じゃないか!」
「そうだよ。だから、封鎖される前に逃げたんでしょ? シルンコリヌまで行ければ逃げ遂せると思ったんじゃない? 知らんけど」
知らんけどって……。
「お前、常連が犯罪者で何とも思わないのか?」
「俺の店では何も盗んでないし。お金を払って商品を買ってくれる相手は全員お客様だから」
商人魂もここまで来るとサイコパスだな。
「そいつをしょっ引いてカヌセーヌ軍に引き渡せば、解決する話だったんじゃないか。戦争だのなんだの……、話をややこしくしたのはお前だろう」
「いやぁ、それは出来ないよ。俺は店番があるし」
だから! そこは商人としてじゃなく個人としての正義を優先しろよ!
「なにより、彼自身が知らなかったんだよね。杖が今どこにあるのかをさ」
「司教の息子が持ってなかったなら、そいつか、他の仲間がいればそっちが持ってるんだろう? どこかに隠したとしても、自分たちが隠し場所をわからないなんてことはないはずだ」
「盗みに入ったのが何人のパーティーだったのかは教えてくれなかったけど、―……聞かなかったし。主犯は司教の息子で間違いないそうだ。うちの常連の彼を含めて他は雇われただけ。ギルドに所属してないもぐりの冒険者がほとんど。報酬は金で支払われ、盗んだ宝は主犯である息子がすべて持って行った。そして、息子の周辺から杖だけが見つからない」
「なるほどな。カヌセーヌ国宝の杖、たしか『ソルディアの杖』とか言ったか。然るべき魔術師が扱えば1万の軍にも匹敵する。仮に他国の手に渡れば国家間のパワーバランスを崩しかねない代物だ。国境封鎖と同時に周辺諸国にも捜索の手は伸びてるだろう」
参ったな。
ハキューネに行けなけりゃ指輪を換金できないなんてレベルの話じゃない。
カヌセーヌからは出来るだけ離れた方がいい。
しかし、一度はハキューネに向かわないと。ただでさえ問題が山積して迎えに行くのが遅れているんだ。オスカーを預けたままにしておくわけにはいかない。
関所から入れなくても、近くまで行けば召喚術で呼び出せるか? それにはまだ魔素量が足りないな。
最悪、二度と手に入らなかったとしてもゼリーインリョーをいくつかパクって行くか。
オスカーを連れて。僕もノーズ港からクレルオ港へ渡るか?
いや、それだとそもそもオスカーを預けた意味がないし、今聞いた話だとシルンコリヌ自体には入国できても客船は出航しない可能性がある。
それに……シルンコリヌには、しばらく行きたくない。
リシェソム山麓からモンポワに抜けるか。
それなら、オスカーを連れていても目立たないだろうし。
「とにかく、いい情報を教えてもらった。カヌセーヌへの入国は諦めて、別の道を探すことにしよう。感謝する」
「感謝の言葉が欲しくて教えたわけじゃあないんだよなぁ~」
あ?
チラチラと意味ありげにこちらを見るな、クソキモ野郎め。
「……まさか、情報まで売りつけるつもりじゃあないだろうな?」
「あいにく、うちの店で情報は売り物じゃないからな。でも、お互い様とか? 助け合い? ギブ&テイク? ウィンウィン? そういうのって、大切だと思うんだよねぇ? 俺は」
要領を得ない喋り方をする奴だな。
「要するに、僕にも情報を提供しろと?」
「情報というか、知恵というか、協力? 助力? なんか、そんな感じ」
「何をして欲しいんだ?」
その時。
「熊楠さーん! 大森さん、いらっしゃいました~!」
店の方から呼ぶ声に、タツキは「続きは食べながらにしよう」と言った。
店にはアイの他に、若い女が一人と若い男がいた。
どちらも店員の証である緑色のエプロンを付けている。
地味な風貌のアイとは対照的に、この二人はずいぶん派手に飾り立てているな。
宝石をちりばめたような爪や、大きな髪飾り。ネックレスに指輪。
「えぇ~⁉ 新しいバイトって、めっちゃイケメンじゃん! かわいい~!」
女は咽るほどの花の香りを漂わせながらすり寄ってきた。
なんだ、この匂いは? この女、アルラウネか?
「夢ちゃん、待ちなって。ルネ君、ビックリしてるじゃん」
男の方も、妙な匂いがするな。スパイスを蜂蜜で煮詰めたような。
鼻がもげそうだ。
臭すぎて目にまで刺激が来る。直視できん。
「ルネ。こちらは栗木田夢さん。愛さんのお姉さんなんだ。それから、立木君。二人とも大学生のアルバイトさんだよ」
タツキはなんでこの匂いが大丈夫なんだ?
せっかくの飯を前に、食欲が失せそうだ。
「よろしく! ルネ君! 夢って呼んでね」
「わからないことがあったら、なんでも聞いて?」
「……」
「ほら、ルネ。挨拶」
いや、勘弁しろ。いま口を開けたら匂いにやられて死ぬ。
「……ども」
息を止めつつ、なんとか絞り出した。
一刻も早くこの場から逃げなければ。
僕は飯が乗ったトレイを二つ持って、ジムショに逃げ帰ろうとしたが、タツキに襟首をつかまれて店の外に連れ出された。
「じゃあ、あとよろしくね!」
僕を猫の子みたいに持ちながら、さわやかに去るな!
僕が間抜けに見えるだろうか!
「なんだよ! ジムショで食べるんじゃないのか?」
「この後の時間はほとんどお客さんも来ないから、事務所で待機する必要がないんだよ。俺の部屋でゆっくり食べよう」
そう言いながら、僕の首を押して建物の側面にある階段を登らせる。
くそっ! 歩きにくい!
「さて、じゃあ食べながら続きを話そうか」
三階のドアを開けた先の部屋は、確かにタツキが住んでいる居室のようだった。
店や倉庫やジムショとは違って、金属ではなく木製の家具が置かれ、ラグやマットも敷かれている。
「お前、ここに住んでるのか?」
「前はドライブインだったからね。管理人室に使われてた部屋なんだ。ちょっとリノベーションしただけなんだけど、悪くないだろ?」
「商人は普通、店に住んでるもんだしな」
「あぁ、ルネの世界では一般的だよね」
タツキはテーブルに飯が乗った皿を並べながら、少し楽しそうに笑った。
「で? 話の続きは? 僕からなんの情報が欲しいんだ?」
「単刀直入に言う。売り上げが欲しい」
「……なんだって?」
真面目な顔で何を言うかと思えば、金の話か。くだらない。
「正直、あっちの世界でもこっちの世界でも赤字なんだよ。こっちの世界では見た通り従業員もいるし、人件費がかかる。でも、今の売り上げを維持するためにも俺の休息時間のためにも従業員は減らせない。キャッシュレス対応の導入やATMの設置も検討はしてるけど、今のところそれによる費用対効果が期待できなくて二の足を踏んでいる状況なんだ。宅配サービスを拡充してなんとかやってきたけど、度重なる物価高騰や増税で、このままだと給料が払えなくなるのも時間の問題なんだよ」
「なんだ。うまくいってないのか」
「平たく言うとね。それで、打開案を模索してるんだけど、こっちの世界では逆風ともいえる状況ばかりが続いててさ。ただでさえ新道の開通以降、来店数が落ち込んでるのに、近隣のハイキングコースが集中豪雨の影響で閉鎖されたり、パンデミックの影響で、それまで恒例だった地域イベントが延期続きの末なし崩し的に消滅したし、わずかばかりあった遊興施設や商業施設、クリニックなんかが次々と移転したり廃業したり……。うちの店だけじゃなく、この辺り一帯がゴーストタウン化し始めてるんだ」
「うん。いくつか知らん単語はあるが、なんとなくピンチなのは理解できた」
「そこで、新しい施策として、ルネ達の世界での売り上げを上げて補填しよう! と思ってさ。今まではただ漫然と店を開けて、たまに迷い込んでくる客を相手にしてたけど、ちゃんと販売促進の企画を練って、深夜帯の従業員も雇って運営したいんだ。まぁ、要するに俺と一緒に働いてほしいなぁと」
「断る」
「え? なんで? 早くない?」
全く、何を言い出すかと思えば……。
目を丸くして口をパクパクさせるほど、驚く事か?
「僕が商人の真似事をしたのは状況的に仕方がなかったからだ。僕には僕のやることがある」
「それって、行く先々で小銭稼いでは旅を続けるってやつ? そうだい君から聞いたよ」
「そうだよ。なんか文句あるのか?」
「それってさ、ルネの種族の特性と関係があっての事だよね?」
……⁉
冗談を言ってる顔じゃない。
こいつ、まさか僕の正体に気づいてるのか?




