第六十五話 オーナー対オーナー
風呂屋の帰りは、また爺さんの所へ寄った。
タツキが風呂屋で買った木の玉を手に持って匂いを嗅ぎ「温泉だ」と喜んでいる。
「ブネ君は、温泉に入った?」
「熱かった」
「そうか、そうか。よかったねぇ」
相変わらず、話が通じてるのか通じてないのか、よくわからんな。
だが、何を言ってもニコニコと返してくるのは悪くない。
「元樹とも、前に温泉に行ったな」
「そうだねぇ。行ったねぇ」
「あの時は、貸し切りの露天風呂があって……」
「おい、タツキ」
「なに?」
「お前は仕事があるだろう? 爺さんとは僕が話してるから、お前はそっちで仕事してろ」
「仕事……って、なにかあったっけ?」
「シフト表! 僕もソーダイもジュンも、昼間は働かないからな!」
「あぁ~、あぁぁぁあ~……。はい」
こいつは、すぐに横にそれるからな。
困ったもんだ。
「たっちゃんは、お仕事があるのか」
「そうなんだ。人が足りないのに営業時間を増やしたからな。バカなんだこいつは」
「シフト表、見せて」
爺さんは筋張った手をタツキに向かって伸ばした。
タツキは「いいよ、大丈夫だから」と背を向けたが、爺さんの手はタツキの服のすそを持って力強く引っ張る。
「見せて」
爺さん。こんなに迫力のある声が出せたのか。
いいぞ、叱られろ!
「わかったよ」
爺さんはベッドの脇にあった台の上から眼鏡を取り、震える手で掛けた。
シフト表を膝に置き、虫メガネを手にじっくりと眺める。
ゆっくりとした動作と、震える指は頼りないはずなのに、気迫がすごいな。
僕が怒られるわけじゃないのに緊張する。
「たっちゃん。配達先の皆さんに電話して」
「電話? なんで?」
「配達日をしばらくの間、二日に一回にしますと伝えなさい。配達の無い日は、中番はいなくても大丈夫でしょ?」
「でも、それは元樹が毎日じゃないとって、言ってたから……」
「スタッフのみんなが辛かったらダメ。余裕が出来たら、毎日に戻せばいい。そうでしょ?」
「それは……、わかった。そうするよ」
おぉ、怒られてる。これはなかなか見ものだな。
「あとね、弓岡君と、日向君ね。シフト増やせないか聞いてごらん」
「いや、彼らはダメだよ。ダブルワークで固定シフトなんだから」
「聞くの! 今月だけ特別! そう言いなさい!」
「……はい」
めちゃくちゃ怒られてるじゃないか。
これは愉快だ。
あとで、ソーダイに様子を話してやろう。
「それとね」
「まだ、あるの⁉」
「当たり前でしょ! ハマナス園に行って」
「ハマナス園⁉ 何しに⁉」
「マキちゃんに助けてって言いなさい」
「マキちゃん⁉ 誰⁉ マキちゃんって誰⁉ なんで助けて⁉」
「言うの‼ 行けばわかる‼」
爺さんは膝の上のシフト表をバンっと叩いた。
タツキにはスキルが効かないのに、その表情は完全に『困惑』を示している。
なるほど、これが『顔に書いてある』って言うやつか。
これなら確かに、スキルは必要ないな。
すっかりしょぼくれたタツキに、爺さんはシフト表を渡しながら「たっちゃんは、いつもそうだね」とため息をついた。
「せっかく色々思いついても、計画はちゃんとしないとダメ。計画がないと何しても失敗するよ?」
「……はい」
「あとね、上の人はあんまり現場に居ちゃダメよ。下の人たちがサボれないでしょ?」
タツキは肩をすぼませて、口を突き出した。
これは、リッチバージョンとはまた違う魔物っぽさが出たな。
「俺は別に、目の前でサボっても怒らないよ?」
いや、そこは怒れよ。
「上の人はね、寂しくても一歩下がってなきゃいけないの。どんなに同じにしたくても、下の人と同じにはなれないんだよ。寂しくても、仕方ないの。いい? たっちゃんは屋台骨だからね。まっすぐに立ってないとダメですよ?」
タツキは両手で両目を覆った。
テーブルに肘をついて、うなだれる。
「わかった。わかったから、もう、置いていかないで……」
爺さんはタツキの肩をポンポンと叩き、それ以上は何も言わなかった。




