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第六十一話 敗戦の理由

 バスの揺れや独特な匂いにも慣れてきた。

 窓から遠くを眺めていると揺れはあまり気にならないし、鼻で息をしないように気を付ければ、匂いを感じることも少ない。

 ―が、もうどれくらい乗ってるんだろう? 窓からの景色もさすがに飽きてくる。


「タツキ……、まだ着かないのか? ショッピングモールは通り過ぎたぞ?」

 店から箱ごと持ってきたゼリーインリョーはもう八個目。あと四個しかない。

 魔素の回復にはなるが、ちっとも腹が膨れない。

「今日は終点まで行くからね。もう少し」

「もう少しって、どれくらいだ?」

「あとバス停、四個先。終点で降りたら、シャトルバスに乗り換えて直行だよ」

「乗り換えるのか⁉」

「うちの店からだとこのルートしかないんだよ。店の車で行けば十分ちょっとなんだけどね」

「店の車で行けば良かったじゃないか! 僕はもう腹ペコなんだぞ⁉」

「だって、俺は運転できないし。店の車は配達用だから、営業時間には使えないよ」


「そう言えば、お前。運転できるけど出来ないとか妙なことを言っていたな。あれはどういう意味だ?」

「免許……、車の運転には国の許可証が必要なんだよ。俺は技術があるけど許可証がないから乗れない」

「操作するのに許可が必要なのか。モンポワのトロッコみたいだな」

「乗り物の操作って、ちょっと間違えると大きな事故につながるからね。モンポワのトロッコもそうだけど、トロキオにも国の許可が無いと運転出来ない乗り物はあるじゃない。海洋船舶や、スケディアや、ちょっと異色だけどヴィーヴル輸送の職員も免許制だったはずだけど? 幼年期学園で習うはずだけどなぁ。もしかして、サボってた?」

「なっ⁉ サボって……る、わけが……ないじゃないか……」

 ベルゼビュートは三方守護の一角で、ヴァンパイアの長なんだ。他に覚えるべきことがたくさんあるから、別の領地の事はそっちの守護や大使がやればいいことであって……。


「ルネはヴァンパイアで八十五歳だから……、まだ在学中のはずか。これは、家庭教師が必要かなぁ?」

 家庭教師だと⁉

 異世界に来てまで、まだ勉強をさせられるのか⁉

「いらん、いらん! だいたい、お前が店の仕事をしろって言うから働いてやってるんじゃないか! 勉強までしてられるか!」

「もしかして、ルネは勉強が嫌い?」

「あんなもん、好き好んでやると思うか⁉」

「そうかぁ。最近の子は贅沢だな。ルネも結局ただの子どもって事か」

 なんだと⁉

「どういう意味だ⁉ 僕はベルザラック・ベルゼビュートの末裔だぞ⁉ 西方守護ベルゼビュート家の僕を、その辺のガキと一緒にするな‼」

「そう。ベルゼビュート家はトロキオ王国攻守の要とも言える最大武力を有する家だ。その当主に治まるという事は、車の運転なんて比にならない程の大きな責任を負うという事だよ。ベルゼビュートたるもの、勉強ぐらいできてないとね」


「そ……それは、そうだが……。いやいや、僕はいま学校に戻るわけにはいかないし、家庭教師? そんなの、異世界まで呼べるわけがないじゃないか! 空間転移したところで、トロキオはカヌセーヌを超えた先なんだぞ?」

 そうだ。

 トロキオとカヌセーヌの国境まででも、かなり距離がある。幼年期学園は国境からさらにベルゼビュート州を越えてアンモルテルまで行かなきゃならないんだ。

 そんなに遠くから教師なんて呼べるわけがない。

「ルネ。教科書をよく読んでないな。魔法実技の教科書はユーゴが監修してるんだよ」

 なんだって⁉

「そんなわけあるか! 幼年期学園はトロキオ王立学校だぞ? 魔王陛下自らが厳選した指導者と教材が使われているんだ。人間が出る幕じゃない!」

「教科書の表紙に名前が書いてあったでしょ? 見てないんだな?」

 教科書の表紙? たしかオレンジっぽい髪色の魔法使いが杖を掲げてるみたいな絵が描いてあったような……、もしかしてあの絵の魔法使いってユーゴだったのか⁉

「なんで人間が幼年期学園の教科書に載ってるんだ!」

「ユーゴはトロキオ王国が認めた永世名誉魔術騎士だよ。魔王陛下から直々に褒章を賜ってる。本当は実技教師になる予定だったんだけど、本人が嫌がってね。教科書の監修と教材の選定に携わってるんだ。ちょうどいいから、休みの日にはユーゴに勉強を教えてもらえるように頼んでおくよ」

 は? 永世名誉魔術騎士? ユーゴが? 情報が多すぎる。

 ユーゴが幼年期学園の先生になるはずだった? だから、僕の家庭教師?

 ……?

 いやいやいやいや。

 流されるな。またいつものパターンだ。

 こいつの思い付きに巻き込まれる。


「ちょっと待て。またお前は思い付きで物を言ってる。今まさに、そのせいでシフト表を作れなくて困ってるんじゃないのか? 少しは物を考えてから発言するべきだ」

「うっ……、それは、そうだけど……。でも、俺はルネにはちゃんと勉強をしてほしいんだよ。前にも言ったけど、悪魔として成長することを優先してほしい」

「僕が勉強に専念したらシフトが出来なくなるがそれでもいいんだな? ユーゴが教師になると言うなら、ユーゴもシフト出来ないぞ?」

「そ、それは……。なんとか考えるよ。栗木田姉妹も学校に行きながら働いてるし、彼女たちみたいな勤務体制にすれば。ルネもユーゴも通学の移動時間が無いから余裕が出来ると思うし……」

「僕とユーゴが行商から抜けたら、誰が魔方陣を作動できるんだ? 関所前に移動するのも羽根や魔法に頼らなきゃ六時間かけて歩くしかない。その夜のうちに帰って来られないぞ? まさか、ソーダイに関所前で野宿させる気か?」

「……」

 ようやく黙ったか。


 まったく、こいつは本当に物事を深く考えてないんだな。

 ソーダイはずっとこんなのを相手にしてきたのか。

「わかった。勉強の時間を最優先にするのは一旦あきらめる。それでも少しは勉強もしてもらうよ。一日十分だけでもいい。教材はちゃんと用意する」

「なんで、そんなに頑ななんだ。そういうのを、頑固ジジイって言うんだぞ⁉ 今は勉強どころじゃないんだ」

 なんだ? そんな真剣な顔を向けるなよ。

 お前は感情が視えないんだから、真顔向けられると怖いんだよ。


「勉強は暇つぶしにやるものじゃないよ。人魔大戦でトロキオが敗戦した理由を考えたことがあるか?」

「敗戦した理由って……、それはカヌセーヌの冒険者パーティーがすごく強くて……」

「それは切っ掛けの一つでしかないよ。トロキオが負けた大きな原因は勉強不足だ」

「はぁ? なんで戦争と勉強が関係あるんだ。戦争は武力が強いほうが勝つんだろう?」


「当時、その考えはトロキオの主流だったよ。だから、王国内にあった教育機関は魔術修学院しかなかった。学べるのは一部の貴族のみ。多くの国民は、基礎魔術はおろか文字の読み書きも計算も出来なかったんだ」

「そりゃあ、そうだ。読み書きだの計算だのが、戦争の何に役立つって言うんだ? 文字が読めたところで、相手からぶん殴られたら終わりじゃないか」

「読み書きが出来ないとね、兵士たちへの指揮はすべて口伝えでしか出来ないんだ。末端まで正確に伝わらないことも多かったし、指揮官もかなり上位の者しか戦術の知識がなくて現場での判断が出来ない部隊が多かった。戦術に重要なのは計算だよ」


「……。でも、魔術初歩は意味ないだろ? カエルの色を変えたり、花を咲かせたり、なんの役にも立たない」

「初歩が出来ないと、高等魔術は使えないよ。初歩を学んで基礎を固めて、それから技術を磨いていくんだ。魔術に限らずなんでもそうだよ。でも、当時のトロキオはそこが出来てなかった。武力は各種族の固有スキルに頼りきりで、科学技術による武器はお粗末な物しかなく、魔術による攻撃は五元術の初歩魔法のみ。魔術防御は一部の悪魔しか扱えなかったんだ」

「で、でも。悪魔族は体内で生成される魔素量が最も多い種族なんだ。固有スキルと初歩魔法だけでも人間の武器よりずっと強いじゃないか」

「でも、負けただろう? 暴力的な強さだけで勝てるほど、戦争は単純じゃないんだよ。現魔王が就任後、復興事業と並行して真っ先に行ったのが教育改革だ。それにより魔術修学院は、より高度で多角的な知識を学べる施設として高等魔術学院に生まれ変わり、一つしかなかった学舎は国内四か所に増えた。もっと基礎的な知識を幼少期から学べるように作られたのが幼年期学園だ。こちらは王立学園の他に、六つの州立学校が設置されている。どちらも貴族だけじゃなく全国民が通えるように整備された」


「じゃあ、勉強が出来たら次はトロキオが勝てるのか?」

 タツキはまた、泣きそうな顔で微笑んだ。

 この表情は、どういう感情なんだろう?

「ルネ。一番の強者はね、戦争をしないんだよ。勝つとか負けるとか、どちらが上でどちらが下だとか、そんなことに気持ちを左右されないんだ。教育はね、先人たちが自分たちの失敗を子どもたちに経験させないために作り出した、未来への希望なんだよ」

 先人たちの失敗。未来への希望。

 ユーゴが言ってた事を思い出す。


(当主の元に集わない一族。父の跡を継ごうとしない息子。戦死した伴侶と娘。行方不明の孫。リシャールにとって恥部ともいうべき事実。お前は、それを知らなきゃならない)


「……一日に十分でいいんだな?」

「うん。それでいい。シフトは無理が無いように調整するし、食事もしっかり用意するよ」

「お前が次に飯を出し忘れたら、勉強も辞めるからな!」

「わかったよ。約束だな」


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