第五十九話 教育係任命
会議が終わって、ソーダイは事務所のパソコンで日報の仕事。
ジュンは……、家に帰るかと思ったのに倉庫をゴソゴソと漁っている。
「何やってるんだ?」
「バーベキューグリルを探してるんだよ。ほら、会議で調理方法の問題点について話したときに、スタンド付きの焼き網って話になったでしょ? まえに店休日を利用してみんなでバーベキューをしにいった事があってさ。バーベキュー用品一式セットにして、どっかに仕舞ってあるはずなんだよね」
「バーベキューってなんだ?」
「バーベキューって言うのは、外で肉や魚や野菜を焼いて食べることだよ」
「なんだ。ただの野営じゃないか」
「俺たちの世界では、レジャー……遊びの一つなんだ」
「外で飯作って食うのが楽しいのか?」
「『非日常』って言ってね、普段と違う環境を楽しむ遊びなんだよ」
ジュンは、そう説明してくれたけど、その顔には『共感』が浮かんでいる。
これは、僕に共感しているって事だよな?
ジュンも本当は、そのバーベキューってのが、楽しいとは思ってないって事か。
ジュンは感情を言葉には出さない。
だから、チグハグして見えるんだ。
やっぱり、ちょっと怖いと思ってしまうな。
「ユーゴ、お前さ、弟子とか欲しくない?」
会議を終えて自室に移った達樹は、おもむろに口を開いた。
「弟子ぃぃ⁉ 雑用係って意味なら欲しいけどさぁ。言っとくけど、俺に教育とか無理よ? すでに失敗してんの、知ってるでしょお? 同じ轍は踏みたくないね」
ふてくされながら返したユーゴは、勝手知ったる達樹の部屋のキッチンを漁り、棚からイチゴミルク梅酒を取り出して瓶のまま煽った。
「一人前の魔術師を育てて欲しいわけじゃないんだよ。低年齢向けの魔術基礎学と、五元術の初歩だけでいい。精神面や肉体面の課題は俺が担当するから、一人引き受けてくれない?」
「俺がいくつ案件抱えてるか知ってる? シルフィから三件、ルネから一件、お前から既に二件よ⁉ ビビアナの捜索だって進んでねぇのに。これ以上増やして、俺っちが倒れたらどうしてくれんの⁉」
「倒れたら……、引き起こすくらいはしてやるよ。魔術を教える時間を少しとってくれれば、あとは雑用係に使っていいから」
天井を仰ぎ見ながら、ユーゴは何か考えているようなそぶりを見せた。
その実、大したことを考えているわけではない。
いま口に含んだ酒の口中を嘗め回されるような甘さや、他に酒が無いのか? シルフィから受け取った金の一部で、何か買い物にでも行こうか? などと、まったく会話と関係がないことをポツポツ考えながら、面倒事を回避する糸口を探している。
「それくらいなら、お前も教えられるじゃん」
「高ランク冒険者で魔法剣士のお前が教えるから良いんだよ。ただの店舗オーナーから教わるよりも、教わる方はやる気が出るでしょ?」
「元勇者の方がブランド価値は高そうですけどねぇ?」
「その話はしない」
二人の間に、何とも言えない沈黙が流れた。
達樹の頑固さが本領発揮された時の空気感だ。
こうなると、ユーゴの経験上、誰にも説得は出来ない。
「……わぁかった。これが最後だからな。しばらくは仕事増やすなよ?」
張りつめた空気が動き出し、達樹の顔がパッと華やぐ。
「恩に着るよ」
「で? 誰を弟子にすればいいって? そうだいか?」
「立木君だよ。異世界がずいぶん好きみたいだからさ、異世界人のお前が魔術を教えてあげれば喜ぶでしょ?」
「あぁ、あの生意気そうな奴か。素質がありそうには見えないけどなぁ」
「こっちの世界の一般的な人間と同程度の魔術が使えるようになればいいよ。取り急ぎ、蓄魔石でフレイムエイルを使えるようにしてほしい」
「魔石代はくれるんだろうな?」
「支度金に六十万だすよ。ヨークバーで必要な物を買い揃えてやって」
「関所が開かないって話なんだけど。弟子の前でゲート使って良いのか?」
「そうだい君の資料ちゃんと読めよ。明後日にはギルドカードで入国できるようになる。同伴者二名までは名簿に記載すればオーケーだってさ」
「出国に関しては未定だとも書いてあったじゃん? どうやって戻ってくるのよ?」
「そこは転移術でイケるでしょ。着点陣を描いてから出発すればいいんだし。」
「魔術防壁あるんじゃないの?」
「そんなものが張ってあれば、オスカーを召喚できてないよ。こんな国境封鎖、どうせ帝国に向けてのパフォーマンスだ。すぐに解かれるよ」
「じゃあ、明後日はヨークバーに旅立ちますか」
「え? 明後日はダメだよ? っていうか、出張ストアーの期間中はダメだよ。人手が足りないんだから」
「お前さんは、いっつも思い付きで俺を使おうとするよね。よくないよ? そういうの」
ユーゴから指摘され、達樹はようやく自身がユーゴに雑な対応をしていたと思い至った。
親兄弟や、妻子よりも長い年月を共有し、何度離れても気づくと一番近くにいる。
そんな関係性に、時折甘えてしまう。
達樹はユーゴにマグカップを手渡し、料理用にとっておいた日本酒を注いだ。
「思い付きは否定しないけど……、そうだな、説明が足りなかった。まず解決したい問題が、立木君の住居。最初は俺の部屋のゲストルームを使おうと思ってたんだ。でも、隣の休憩室を寮にしたし、男子部屋に入れればいいかと思ったんだけど、ルネが嫌だって言うんだよね」
「ちょ、ちょっと待って! 早い。飛ばしすぎ。あいつは自分の家には帰らないって事か?」
「あぁ、そうか。最初から説明しないとか。立木君はさ、居場所が無い子なんだよ。理由は聞いてないけど」
「お前のとこの従業員は、そんなんばっかりか」
「まぁ、そんなんだからさ、最初から考えてたんだ。もし本当にあっちで居場所を作り出せそうにないなら、こっちの世界に連れてきてあげようって。なかなか心を開いてくれないから、言い出せなかったけどね。こっちは文明が未熟で危険度も高いけど、自由度も高い。特にカヌセーヌなら、その気さえあれば誰でも市民権が得られる。魔術とこっちの世界の常識を教えてあげて、選ばせてあげたいんだよ。どっちの世界で生きるのか。どちらでもいいから、安定した生活の基盤を作らせてあげたいんだ」
「それで、基礎魔術か。そうだいにも同じような事を考えてたんだろ? そっちは良いのか?」
「そうだい君は自立できたと思ったんだけどねぇ。彼の場合は問題が別にありそうだから、もう少しじっくり様子を見るよ」
「あいつには早いとこ教えてやりたいね。お前に二人も妻がいたことをさ」
「まぁ、それは追々。立木君には今ちゃんと向き合ってあげたい。ルネが言ってたんだよ。立木君が『憎悪』を抱えてるって。ちゃんと話したわけじゃないけど、たぶん俺と同じ、『世界の不条理への憎悪』だ。俺にとってはどっちの世界も大差ないけど、立木君にとってはこっちの世界が救いになるかもしれない」
「なんだか、妙に気に入ったみたいだったしな。いいよ、わかった。了解。立木? ジュンとか呼ばれてたな。あいつを弟子にして、俺と同室にしろってことね」
「助かるよ」
ユーゴは空のマグカップをテーブルに置き、自室へ移動した。
壁に手を当て、空間操作の糸口を探す。
「やっぱりダメか」
ここに張り巡らされた魔術式は異常なほど複雑な古代の魔術式で、ユーゴは何十年もかけて解読を試みたが、欠片ほども理解が出来ない。
建物でも、土地でもなく、この空間位置自体に割り当てられた魔術式。
魔術を使い意図的に空間の拡張や縮小をすることが出来ない。
魔術式を割り当てられた空間ごと移動することも出来ない。
建物を取り壊すと術は一時的に休止状態となり、新しく建て直せばまた発動する。
ただ、転移ゲートを開く隙間はあった。
中級までの魔術なら問題なく発動できるし、魔物避け結界も付随している。
定時制の異世界転移と、空間を超えた言語の自動相互翻訳。
こちらからこの空間を破壊するような動きをしなければ、至れり尽くせりの豪華仕様。
まるで達樹が二つの世界をつなぐ扉の門番に据えられたかのような、大きな棋譜の初手にも感じられる。
「もう、終わりにしてくれよ。これ以上、俺らに何をさせようって言うんだ」
ユーゴの声は、悲し気に部屋を舞った。




