第五十八話 業務報告
「では、本日の業務報告をお願いします。そうだい君、売り上げの報告からお願い」
「はい。本日の営業時間は零時三十分から四時四十八分まで。完売終了です。売上は一万六千九百六十リビー。内訳は日報に記載するのでここでは省略させてもらいます。また、お客様からご予約を六件受けてきました。今回は販売しなかったマヨネーズとケチャップの単品を欲しいとの要望がありましたので、瓶詰にして販売しようと思っています。その件を含めて次回の商材についていくつかご意見をいただきたいと思います」
「わかりました。では、調味料の単品販売について、立木君の意見は?」
「予約時に求められた物はパンと調味料がメインで、一人当たりの個数は多めでした。おそらく、関所前広場から離れる予定の人たちが土産として購入する需要が生れたのでしょう。であれば、価格を少し上げても購買に繋がるかと思います。チューブのままでは抵抗があるでしょうから、ガラス瓶に詰め替えて三百グラム千円。パンは今夜売った物はそのままの売価にしかできませんから、それはそのままで。別のパンも土産用に用意しても良いかもしれません。例えば百二十八円の食パン一斤をガゼット袋に詰め替えて五百円ほどでどうでしょうか?」
土産か。確かに土産物だと少し高価でも買おうと思うかもしれないな。
異世界の物だと知らないとはいえ、他では見たことがない食べ物だし、ここでしか買えないとなれば多少値が張っても買うかもしれない。
でも、調味料が一瓶で千リビーにパンが五百リビーか……。
「ルネは、どう思う?」
「少し、高すぎると思う……」
「そう? 土産物ならこれくらいじゃない? こっちの世界には無い物だし。独占販売できるものを安価には出来ないよ。薄利多売できるほど組織力が無いわけだし」
そうかな……。
そうだな。
ジュンが言うなら……。
「ルネ君、ルネ君がこの世界でお土産に調味料を買うとしたら、いくらで買いますか?」
「僕が……買うなら、調味料って言うか、コンフィチュールなら買ったことがある。これくらいの瓶で六百リビーくらいかな? おじい様と買いに行ったから高級な店だったと思うが、千リビーはしなかった。ずいぶん前の事だけど、店でおじい様からお金を渡されて初めて一人で会計をした時の事だ。千リビー札を一枚もっていって、お釣りに二百リビー硬貨が二枚あったはずだ」
「いくらで支払って、お釣りの金種まで覚えてるもんですか?」
「エステルとの婚約式に使うコンフィチュールだったんだ。普段は現金なんてあまり使わないし、リビーは僕の国の通貨じゃないから、当時はデザインが珍しくて面白くてな。二百リビーはアヒルの絵が刻まれてるんだが、逆さにするとウサギに見えるんだ。大人たちが儀式の準備をしてる間、アヒルとウサギを戦わせて遊んでた」
「じゃあ、高くて六百リビー。もっと安かった可能性もありますね。ちなみに、それってどのくらい前の事ですか?」
何年前だ?
幼年期学園に入学する歳だから……四十歳の頃か。
「四十五年前」
「四十五年⁉ そんなに昔⁉ ほぼ半世紀じゃないですか‼」
「調味料を買った記憶なんて、それくらいしかないんだ。一人になってからは狩りをして食ったり、飯屋で食ったりしてたからな。岩塩ならその辺に落ちてるし」
「落ちてるんだ。岩塩……」
ジュンの顔に『驚愕』が浮かぶ。
なんで『驚愕』?
岩塩なんて、その辺探せば落ちてるじゃないか。
まぁ、普通は買うけど。
「四十五年前となると現在とは物価が変わっている可能性もありますが……。パンはどうですか? パンはそのまま食べられるから料理をしなくても買うでしょう?」
「そうだな。最後にパンを買ったのは、五カ月くらい前だったかな? ハキューネで買った携帯用のライ麦パンだ。携帯用のパンは普通の食事パンよりも高価なんだが、一番安いのを買ったから三百リビーだった。パンは僕たちの世界では主食だから、高級なパンと言えば長期保存できる携帯用ばかりで、美味いから高いパンっていうのは少ないんだ。自分たちで作る家も多い。僕の屋敷でもシェフが毎日焼いてた。パン屋で売ってる大きめの食事パンはだいたい一つ二百リビー。大きさは、お前たちの世界のパンよりずっと大きい。それでも、高くても五百リビーくらいだ」
「ルネ君が手で示してくれたサイズ感だと、瓶は五百グラムのジャムが近いかもしれないですね。パンはだいぶ大きいな。バゲットくらいの長さですね。どのくらいの太さですか?」
「だいたい……、このくらい?」
「じゃあ、量としては食パンだと三斤分くらいですね。予約時に代金はもらってませんが、価格を確認せずに予約してくれたという事は、お客さん達はこちらの世界での相場を想定しているはずです。この世界には存在しないという希少価値を上乗せしたとしても、ある程度は相場に合わせた方が良いでしょう」
「そうか。物価が違うとは資料に書いてあったけど、そこまで違うのか。じゃあ、価格は見直した方がいいな。ルネ君、さっき言ってたコンフィチュールっていうのは、どういうもの?」
「えっと、花や果実なんかを甘く煮詰めた物だ。パンに添えてある。料理に使うと言ってたやつもいた」
「ジャムみたいなものだな。ジャムが一瓶六百円だと、こっちの世界の感覚だと一般的なスーパーの高価格帯くらいか。貴族が使う超高級店の価格がそれなら、さらに二割は下げたほうが良いな。じゃあ、価格は四百八十リビー。……いや、四百リビーにしておいた方がいいか。山道を引き返す人たちは冒険者ギルドに自分たちの用事を依頼して帰るんだろうから、想定外の出費であまり金銭の余裕はないかもしれない。せっかく受けた予約を高額すぎるという理由でキャンセルされるのはもったいない」
なんだ? 随分すんなり僕の意見を取り入れるんだな。
子どもの言う事だと流されるかと思ったのに。
「潤君、パンは長旅の土産物には向かないんじゃないですか? 特にテーブルロールや食パンなどの柔らかいパンはつぶれやすいですし、ハードタイプに比べて傷みやすいですよ。それこそ、さっきルネ君が買ったと言っていたライ麦パンとかじゃないと難しいでしょう?」
「でも、きっと求められてるパンは小麦粉の柔らかいパンですよね。今夜のお客さん達は『こんなに柔らかくて甘いパンは食べた事がない』って言ってたから」
冒険者が旅に出るときに持って歩くパンは色々な種類があるが、どれも硬い。
人の頭ぐらいの大きさの物をナイフで薄切りにして食べたり、スープやお茶でふやかして食べるのが普通だ。
そう簡単につぶれるものじゃないし、一週間くらいの旅なら持ち歩いていても傷まない。
他の携帯食も乾燥させてあるから基本的にどれも硬い。
柔らかい物が好まれたのは、旅の携帯食に飽きていたというのもあるだろう。
「だったら、パンは土産物用にせずに売ったらどうだ? 携帯食用のパンに比べて傷みやすいという事だけ伝えて、あとは潰れようがカビようが自己責任だろう」
「それじゃあ、お客さんががっかりしますよ。きっと帰りを待ってる家族に食べさせたいと思って買ってくれるのに」
「いや、なんでも先回りしてサービスするのは日本人の悪い癖だ。客を増長させて、カスハラに繋がっていく。せっかく日本のおもてなし文化から離れて商売出来るんだから、過剰サービスは止めましょう。利益を取るための付加価値だけでいい。俺はルネ君の意見に賛成です。瓶詰を作る作業も、瓶を入手するところから始めなきゃいけないし、これは予約も取っちゃっているから最優先事項だ。あまり詰め込みすぎるとキャパオーバーする危険性がある」
「そうだね。まだ初日だし、体力も温存する必要がある。相手は海千山千の冒険者だ。移動中の食料への配慮は俺たちより詳しいかもしれない。土産にするなら、どうやって持って帰るつもりなのか聞いてみてもいいね。瓶は日中に俺が買ってくるよ。詰める作業も出来るだけ日中に終わらせておく」
すごい。僕の意見が通った。
ジュンは僕の言葉に説得力を付けてくれる。
でも、反対意見だったソーダイの顔は……、ん? 僕を見て笑った?
なんで『満足』が浮かんでいるんだろう?




