第五十七話 それぞれの役割
「たっだいま、帰りましたよぉ~」
出て行った時と同じように事務所のドアを使って現れたユーゴに、達樹は目も上げずに「おかえり」とだけ返した。
「ねぇ、塩すぎない? すげぇ寂しいんだけど」
「え? ……あぁ。『おかえりなさい』」
「棒! え⁉ なに? その渾身の棒読み‼ 逆に喝采ものよ? どんだけ棒読みしようとしても、フツー多少は抑揚つくもんじゃないの⁉」
達樹は煩わし気に頭を掻きむしりながら「『おかえりなさいませ。ご主人様』」と、ユーゴが渾身の棒読みと称したその口調のままで言った。
「も~いいですぅ。俺っちがこんなに尽くしてもしょっぱい態度ばっかりなんだから」
ユーゴはシルフィから受け取ったカバンをパソコンの横に置き、仮眠用ベッドに身を投げ出した。
「人手不足のシフト作成中に声かける方が悪いよ」
「せっかく資金調達してきたってのにねぇ」
達樹がようやくパソコンを操作する手を止め、カバンを開く。
「俺の分の年金も持ってきてくれたんだ。助かるよ」
「お前さぁ、現金じゃない?」
「え? 現金でしょ?」
「そうじゃなくって……」
「商人ってのは、現金なもんだよ」
達樹はカバンから取り出したリビー紙幣を、机の上に揃えて積み上げた。
「ポヴァンで良いって言ってるのに、今回もリビーでくれたんだ。相変わらず律儀だな。シルフィは元気にしてた?」
「元気、元気。俺、また一回殺されたもん。あいつは三食しっかり食ってんな。うん。そんな一撃だったわ」
「いいんだよ、それで。種族の生態を無視した条約なんて、戦勝国の権利を超えてる」
「シルフィからの伝言。次の召集にはタツキも来いって。ルネの様子を聞かせろってよ」
「そうか。そうだな。シルフィには世話になってるし、そろそろ顔出すか」
「俺は?」
「あ、この金、そこの金庫に入れといて」
「マジで、お前……マジか」
「ただいま戻りましたぁ!」
崇大の声が響く。
「おかえり。片づけはこっちでやっとくから、少し休んでいいよ」
初出店の成果は上々だったのだろうと、崇大と立木の表情が物語っている。
ただ少し、ルネの元気が無いのが気になった。
やはり嫌がっていた相手と一緒にするのは良くなかっただろうかと、ほのかな後悔を抱きながら、視界の端で売り場へ向かう後姿を見守る。
「お前がいなくても大丈夫だったじゃん」
何も知らないユーゴが能天気に呟いた。
「この荷物、キッチンの奥にでも運んでおいて」
「お前さ! 俺っちの事を雑用係か何かと勘違いしてない?」
「部下に指示出すのは上司の仕事だよ。ユーゴ、従業員なんでしょ?」
「それは……そうでしょうけども……」
店にいる口実欲しさに従業員になると言い出したとは、ユーゴは恥ずかしくて言えなかった。だが、ルネを雇った経緯を聞いて真似したことくらい、達樹にはわかっている。
「ルネと話してくるから、終わったら事務所で待ってて」
達樹はユーゴの顔も見ずに言い残すと、棚からゼリー飲料を三つ取りルネに声をかけた。
「ルネ。お疲れ様。魔術使って疲れただろ? 軽く『食事』にしよう。売り場においで」
タツキの手にはゼリーインリョーが三つ。
ちょうど取りに行こうと思ってたところだ。
手間が省けたな。
タツキのくせに気が利くじゃないか。
「わかった。いま行く」
しかし、なんで売り場なんだ?
ジュンも、ソーダイも、事務所でジュースを飲んでるのに。
「ここに座って」
タツキは僕をイートインスペースの椅子に座らせた。
入口から一番近い角の席。僕が初めてこの店に来た時に座った席だ。
あの日からまだ五日しか経ってないのに、色々なことがあったせいか随分と長くここに居る気がするな。
手渡されたゼリーインリョーは紫色の模様がついている。レザンに似た味がするやつだ。
もう在庫が無くなってたのに、誰か発注してくれたのか?
この蓋を開けるのにも慣れたな。
「大変だっただろう?」
「そうでもない。ジュンがいたからな」
そうだ。ジュンがいたから全部売れたし、大きな混乱もなかった。
ソーダイだって、ジュンのおかげだって言ってたし……。
「そう? でも、ルネは飛行術で往復したし、炎の魔方陣を長い時間作動させてたから、だいぶ魔力を使ったでしょ? 会議が終わったらちゃんと朝食を用意するよ」
朝食か……。
そうだな、こいつがちゃんと僕の飯を用意していればいいんだ。
ジュンに作ってもらう必要はないんだ。
「二人の様子はどうだった? 立木君は初めての世界だし、そうだい君は初めての店長だし、心配してたんだ」
なんだ、あいつらの事を僕から聞き出すために売り場に連れてきたのか。
僕が来る前からの仲間同士だもんな。
タツキはあいつらを心配して当然か。
「何も問題は無かった。ジュンはこの世界が好きだと言ってて、到着したらすぐにリンカと二人で関所周りを見て回ってた。ジュンが見つけた場所に店を作って、すごく客がたくさん来たけど、ソーダイは計算が早くて次々注文を受けるから客を待たせた時間は少なかったと思う。それでも、イラついた客が怒鳴りだしたりはしたけど、ジュンが上手く収めてた。たぶん僕たち三人じゃ足りなかった。でも、リンカも手伝ってくれたし、冒険者ギルドの手が空いてる奴が列を整理してくれたりしてて、それはソーダイのおかげだってジュンが言ってた」
僕は何もできなかった。
それどころか、最初から売れるわけないって決めつけて投げ出そうとしてた。
僕がいなくても……、いや僕がいない方が、店にとっていいのかも。
「そうか、彼らはちゃんと自分の役割を全う出来てたんだね。良かったよ。ルネばかりに負担が重なってたんじゃないかと心配してたんだ」
「僕の心配? 二人を心配してたんだろう?」
「三人とも心配してたよ。店の運営はチームワークだからね。一人ひとりが自分の役割をちゃんとこなして、それがうまく組み合わされないと成果は出ないんだ。そうだい君もルネに負担が集中することを心配してたでしょ? ルネは他の誰にも出来ないことを担当しているから、他の二人がそれぞれの出来ることをやれてないと、バランスが取れないんだよ」
たしかに、ソーダイは何度も僕の負担がどうとか言ってたけど、それはソーダイが人間族と悪魔族の体力差を知らないからだ。
「そう思うのは、お前たちが異世界人で、魔術を使えないからだ。炎の魔方陣は初歩の生活魔術で魔石があれば人間にだって扱える。飛行だって僕だけが出来る特別な物じゃない」
僕が特別でいられるのは『ベルゼビュート』の名前だけだ。
僕自身には何の価値もない。
「そんなのは、そうだい君の交渉力や計算速度も、立木君の業務管理力も同じことだよ。他にも出来る人は存在するし、彼らより才能がある人は山程いる。でも、世界中から各分野の達人を集めることは出来ないし、その人たちが俺の店で働いてくれるとも考えにくいでしょ。立木君も、そうだい君も、ルネも、もちろん他のスタッフのみんなも、俺が一緒に働きたいと思って、彼らもそれに応えてくれた。ルネは……、あまり乗り気じゃないかな? ちょっと無理やりだったしね。でも、そうして仲間になった中で、それぞれが得意なことや出来ることを担当して、みんなの力が組み合わさって、一つの『お店』になるんだ。それぞれの能力がどんなに高くても、うまく組み合わさらなければ『お店』は機能しない。今回、三人が色々な人たちの助けを得ながら売り上げを上げてこられたのはさ、三人がちゃんと『お店』を作れていたからだよ。もちろん、ルネを含めてね」
「ジュンは、すごい奴だった。少しの情報で色んなことを思いつくんだ」
「そうだね。俺が彼を見込んだのも、そこだよ」
「僕とソーダイで考えたことを、どんどん変えていくみたいで……、ちょっと嫌だった」
「今回、立木君は途中参加で打ち合わせもなかったからね。彼も勝手にやるしかない部分があったと思う。でもさ、ルネがそうだい君と二人で考えた計画の土台や、二人で得てきた情報が無かったら、立木君は何もできなかったと思うよ?」
「そうかな?」
「そうだい君にしてもさ、ルネがいなかったら店から出ようなんて思わなかったんじゃないかな?」
「それは、僕の喋り方が偉そうで心配だとかって言ってたから。そのせいだ」
「そう? ユーゴが言ってたよ。そうだい君はルネと一緒なら怖くないんだろうって。俺もそう思うよ」
そうなのかな?
そういえば、ジュンは客に丁寧な言葉遣いなんてしてなかったけど、ソーダイは何も言わなかった。
言葉遣いがどうとかって話が、僕と一緒に関所前に行くための方便だったのか?
「でも、僕はお前らとは違う。商人じゃないし、人間じゃないし、住む世界も違う」
「そう? 俺はルネも店の戦力だと思ってるし、そうだいくんも立木君もルネを仲間だと思ってると思うよ?」
「……ジュンは、僕を何もできない子どもだと思ってる。だから優しくしてくれるんだ。仲間じゃない」
「そうか。じゃあ、見せつけてやらないといけないね。ルネ=ノワ・ヴァンピール・ド・ベルゼビュートの実力をさ」
「僕の実力?」
「そう。魔術が存在しない世界の住人である立木君に、ルネの魔術のすごさをわからせてやろう!」
「僕は、魔術は苦手で……」
「それは悪魔族の中での話だろう? 相手は魔石も知らない人間だよ? 互いに自分には敵わない部分があるってわかれば対等に接するようになる。いや、それじゃあ足りないな。ルネはベルゼビュートで、立木君はただの人間なんだ。立木君の能力を、ルネの指示で自在に使えるようにしよう!」
「でも、そんなのどうやって……?」
「大丈夫。ちょっと、考えがあるんだ」
タツキは悪戯っぽく笑いながら、僕に次のゼリーインリョーを手渡す。




