第五十六話 営業終了後
「お疲れさまでした。撤去作業の前に一息つきましょう」
ソーダイが荷物の中から樽のような容器とコップをだし、水を配った。
水か……、血じゃなくても、せめて涙とか汗とか……。
いや、店に帰ればゼリーインリョーがあるんだ。贅沢は言うまい。
「潤君が来てくれて良かったです。想定していた以上に売り上げられました。メニューの見直しも良かったですね。魚サンドはお皿が無くても受け渡しがスムーズでした」
「本当はフライにしてレタスやチーズを挟みたかったですけどね。でも、これだけ売り上げられたのは、そうだいさんが事前に根回しをしてくれてたからですよ。大量買いはほとんど衛兵だったし、冒険者ギルドの人も列整理をしてくれてた。何よりリンカが手伝ってくれたのは大きかった。俺だけじゃ、混雑をまとめ切れなかったからさ」
なんだ、こいつら。
仲いいんじゃないか。
互いに『信頼』浮かべて見つめ合いやがって。
なんかムカつくな。
買ったばかりの靴が泥だらけだ。かかとの黄色い飾りも泥で隠れてしまった。
よく見りゃ、ズボンやシャツも汚れてる。
あっちの乾いた石の上に座ってよう。
これくらいの距離なら何かあっても、すぐに対処できるよな。
ソーダイからも見えるだろうし。
「ねぇねぇ、あんた達ってさ、商隊って感じじゃないけど、いったい何者? このフワフワで甘いパンといい、ケチャップ? ってソースといい、中央諸国の物じゃないよね?」
なんだよ、ついてくるなよ。
口の端をケチャップで汚しながら、リンカは覗き込むように僕を見る。
「お前は帝国の属国から来たのか?」
「ミレーネからだよ。なんでわかったの?」
「『中央諸国』なんて言い方をするのは帝国周辺だけだからな。大陸の中心はリシェソム山なのに、それより西にある帝国を中央と称するのは、帝国とその属国だけだ。そして、帝国にダークエルフはいない」
リンカは被ってた帽子を取って「よくわかったね。あたいがダークエルフだって」と、長い耳を露出させた。
「ダークエルフは知り合いがいるからな。似た匂いがする。なんで人間のふりなんかしてるんだ? ダークエルフならロッドなんか必要ないだろう?」
「待って待って! あたいが先に質問したんじゃん! あんた達は何処から来たの?」
う~ん、どこまで話したものかな?
『あんた達』という言い方をしているんだから、僕の家の事は話さなくてもいいか。
「僕たちはトゥクール山の中にある店から来たんだ」
「店ぇ? 山の中に店なんてあった?」
「登山道から外れてるからな。ここから三叉路に行くまでの途中にひときわ大きな木があるだろう? 幹も枝もまっすぐで、小さな白い花がたくさん咲く奴だ。その横から北に向かって獣道を十分ほど行くと店があるんだ」
「そんなところにあって、お客さん来るの?」
「来ない。だから、売りに来たんじゃないか」
「なるほどねー」
「今度は、こっちが聞く番だ。ミレーネのダークエルフがなんでパーティーも組まず、単独でハキューネまで来たんだ?」
「最初は仲間がいたんだよ。ミレーネの冒険者ギルドは、国外行動だと六人以上のパーティーじゃなきゃ出国パス発行してくれないからさ。でも、体調不良とか仲間割れで次々と離脱しちゃってさ。まぁ、良いんだけどねぇ~。あたいはミレーネに戻る気はないからさ。穏便に出国したかったから仲間に入っただけだったし」
「戻らないって事はクエストクリアが目的じゃないのか」
「うん。行きたい場所がいくつかあってさ。会いたい人もいるし、一つ一つ巡りながら旅をしてるんだ」
「じゃあ、獲物を売ってたのは、関所が開くのを待つついでの路銀稼ぎか」
「そゆこと! そんなにお金に困ってるわけじゃないけどさ、何もしないで待ってるだけって無駄じゃん?」
一人で気ままに道楽旅か。
いかにもエルフ族がやりそうな事だ。
「ねぇねぇ、関所が開くまで魚を売るって話だったじゃん? ついでにあんた達の手伝いもっとさせてよ。それで、魚サンド……、パンだけでもいいや。手伝ってる間の食事に食べさせて」
「あぁ、いいと思うが……。一応ソーダイに相談してくれ」
「あのドワーフの兄さんがリーダーなの?」
「あぁ見えて人間なんだ。ここではソーダイが店長だからな」
「わかった。聞いて来ようっと!」
弾けるように走っていくな。
これで、用心棒と仕入れ先は確保できた。
あとは焼き手が数人欲しいな。
僕の手じゃ片手に串焼き三本までしか持てないし。
これも報告書とやらに書いてもらうか。
そうだ、ずいぶん時間が余ったしアイシャに手紙を書こう。
オスカーを迎えに行く予定が、召喚してしまったからな。
きっと心配してる。
「ソーダイ! 紙とペンは持ってないか? 手紙を書きたいんだが……」
ん? ソーダイが人垣で見えないな。
なぜ、こんなに取り囲まれてるんだ?
「待ってください! 今日はもう売り切れなんです!」
「それは、わかってるよ。そうじゃなくてさ、次はいつ来るんだ?」
「明日の晩に、また来ます。同じ時間に」
「じゃあ、またあのパンを持ってくるんだよな⁉」
「パン……、ですか? 持ってきますけど……」
「出来るだけ、たくさん持ってきてくれないか? 三つ、いや六つ買う! 家族に持って帰りたいんだ」
「こっちは八つ買う! あと、マヨネーズってソースを瓶で買えないか?」
「俺はケチャップが欲しい! パンも五つ買う!」
なんだ、ありゃ?
売り物は何にもないのに注文してる。
「わかりました! ちょっと待ってください。一人ずつ注文を伺います」
「一人ずつ聞くから、並んで!」
ジュンの呼びかけに、集まった連中が大人しく列を作る。
「なぁ、ジュン。何やってるんだ?」
「明日買いたいものを持ってきてほしいって言われたからさ、注文を取ってるんだよ。先に注文を言ってもらえれば、何を何個もってくればいいかわかりやすいだろ?」
「こんなに一気に言われても、誰が何を買いたいのか覚えられないじゃないか」
「大丈夫。こんなこともあろうかと思って、宅配用の注文票を持ってきてあるんだ」
そんなことまで……。
一度買った客が次の日の注文をしたがるなんて、僕は思いつきもしなかった。
いや、ちがう。
僕は『次の日』なんて考えもしなかった。
ただ、今日の予定の数が売れれば良いと思ってた。
ソーダイが決めた一週間という期間、毎日おなじことをすればいいと思ってた。
ジュンはきっと、一週間のその先まで考えてる。
「ルネ君、そうだいさんに用があったんじゃないの? 俺でよかったら聞こうか?」
『好意』『愛護』
タツキが言うとおりだ。
ジュンの『疑念』も『憎悪』も僕に向けられてるわけじゃない。
ジュンは僕を、何もできない小さな子どもとしか見てない。
仕方ないか。
店は商人の世界で、僕は商人じゃない。
何もできないのは、本当の事だ。
「手紙を書きたいんだ。まだ時間があるならだけど。ギルドの受付で、街の中に配達を依頼できるから」
「じゃあ、荷物の中にレターセットがあるから、使っていいよ。ペンは、これ使って」
エプロンのポケットからペンが出てくるのはわかるけど……。
「レターセットまで持ってきてるのか⁉」
「うん。冒険者ギルドの受付で手紙の配達が出来るって資料に書いてあったからさ。もしかしたら売れるかと思って三セットだけ持ってきたんだ。忙しくて出すヒマが無かったけどね」
そうか。ここに居る連中は手紙を出しに来たわけじゃない。みんな別の目的があってここに居るんだ。
関所を通れない代わりに手紙で安否を知らせようと思っても、肝心の紙を持ってない。
今の僕と同じ状況だ。
あんなに少ない情報で、客が必要とするものがわかるなんて……。
こんな商人、初めて見た。
「カウンターはそうだいさんが使ってるから、クリップボード使うといいよ。備品を入れてた袋に、レターセットと一緒に入ってるから。使い方わかる?」
「マエダにピッキング教わった時に使ったから大丈夫」
「そうだいさんが注文を取り終わったら片づけて帰るから、それまでに戻ってきてね」
「わかった」
ジュンは、優しくて話しやすくていい奴だ。
あの深くて暗い感情が何に向けられてるのかはわからないけど、僕にとっても、ソーダイにとっても、ジュンはいい奴だ。
頭が良くて、ソーダイが頼りにするのもよくわかる。
なのに、なんでこんなにモヤモヤするんだろう?




