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第五十四話 ユーゴの仕事

「なぁ、本当に俺が一人で行くのぉ? 一緒に行こうぜぇ?」

 ユーゴはクネクネと体を揺らしながら達樹の袖を引っ張ろうとしたが、避けられた上でデコピンを食らう。

「俺は店番。あの子たちがいつ帰ってくるかわからないでしょ。待っててやらないと」

「五時までやってくるって言ってたじゃん! それまでに帰れば大丈夫だって!」

「俺、シフト表を作んなきゃいけないし。立木君の部屋も準備しなきゃいけないからさ、忙しいんだよね」

「それじゃあ、俺が暇みたいじゃ~ん!」

「これはお前の仕事だろ。ちゃんと働いて稼いで来いよ、父さんや」


 ユーゴが泣く泣く一人で向かったのは、事務所のドアの前。

 魔術文身から取り出したカードをドアに貼り付けると、それは一瞬眩い閃光を放ち、豪奢な装飾が施された重厚な黒い扉に変わった。

 黄金のノブに手をかけ振り返る。

「やっぱり一緒に行かない?」

「行かない」

 達樹はパソコン画面から目線を外すこともしなかった。

「……いってきますぅ」



「いらっしゃい。ずいぶん遅かったじゃない。もっと仕事が早いと思ってたのに」

 ユーゴが開けたドアの向こうは、キラキラもときストアーのバックヤードではなく、毛足の長い絨毯が敷き詰められた広く豪勢な部屋だった。

 高い天井からは大きなシャンデリアがいくつも下がり、その下に輝くような長い白髪をなびかせた女性が立っている。

 短く尖った耳、皮膜が張った大きな羽根。

「そして、たわわな二つの果実」

「なんだって?」

「いやぁ、相変わらずお美しいオッパイだと思いまして」

 女は大きくため息をつきながら、ユーゴに椅子をすすめた。


「冗談は後にしてくんない? あんたの報告が遅い分、あたしが上からせっつかれてるんだから」

「はいはい。お互い肩書が多いと面倒も増えるわな。ではでは、大人の時間はセクっと終わらせて本題に入りましょうか?」

 シルフィはユーゴの首ねっこを掴んて天井高く放り投げた。一瞬浮遊したところで、シルフィの指の動きに合わせて落下。絨毯の上に血しぶきをあげてユーゴの体がめり込む。

「大人の時間は無しよ。私がそういう冗談は嫌いだって知ってるでしょ?」

 ユーゴの四肢は不自然に曲がり、ピクリとも動かない。

「私、シカトされんのも大っ嫌い」

 バキバキと音を立てて、ユーゴの曲がった関節が戻っていく。

 割れた頭部が再生し、何事もなかったようにむくりと、起き上がった。

「そぉんなに怖い顔すんなよぉ。俺とお前の仲だろう?」

「今は依頼人と冒険者よ、あんたとの関係はね。それ以上求めてきたら、次は針山にぶち込むから覚えといて」

 シルフィは、そう言いながらもカフェテーブルにお茶を用意した。

 アッサムの香りに似た、シュエブ茶。

 そして、デザート皿に積まれたベッラベファーナ。

「お茶かぁ。こんなにデケェ城に住んでんのに、お高いお酒でもてなすとか無いの?」

「無いね。あんた、酒なんか飲んでも酔わないだろうに、まだ懲りずに飲んでんの? もう、いい加減諦めりゃいいのに。今夜は月が綺麗だからさ。ちょっと付き合いなよ」

 シルフィはユーゴの手にティーカップを押し付け、お茶を注いだ。


「それで? ルネが見つかったって? あんたの亜空間に居るの?」

「いぃや。コンビニバイトしてる」

「コンビニバイト⁉ 何よ、それ?」

「タツキの所だよ。あいつが保護ついでに店で働かせてる」

「あぁ、なるほどね。タツキが見ててくれるなら安全か」

 シルフィはホッと息をついた。


「あの坊や、儀式をやる前に会いたい奴がいるとか言ってたんだけどさぁ、誰だか知ってる? 場所はカヌセーヌ王国ヴィラジエル市ボクーマ」

「ヴィラジエル市はアスモダイが駐在している都市よね?」

「そう。国境を挟んでサタナキア領と隣接してる。ボクーマは市街地から少し離れたヴクマーレ川沿いの小さな宿場町だ」

「ボクーマ……。なんだろう? ルネの事は、あんた達やシャルルおじさんから聞いた程度にしか知らないからな。シャルルおじさんも、リシャール様が探し出してきたとしか言ってなかったし。もしかしたら、ルネが生れた町なのかも。ボクーマだったら、クロードおじさんが選びそうな場所だしね」

「だとしても、クロードはもう死んでんだろ? なんで今更……はッ‼‼」

「は、母親? とか?」

「ママンか。まだ恋しい年頃か。……って、ルネの母親って言ったら、クロードの奥さん?」

「そう言う事よね。クロードおじさんのパートナーか。リナが死んでから、ルネが生れるまでだいぶ間があるし、そういう事もあるわよね。てっきり、おじさんが一人で人間の子でも血族に引き入れたのかと思ってたけど……」

 二人の間に、気まずい沈黙が流れた。

 駆け落ちまでした大恋愛の相手に操を立てたという美談を、心のどこかで求めていたのかと思うと、自分たちの初心さが気恥ずかしい。

「ま、まぁ、タツキっていう前例もあるし」

「そ、そうね。操を立てるのが弔いってわけじゃないしね?」


 シルフィは「ごほん」と咳ばらいをし「それよりも」と話題を強引に変えた。

「カヌセーヌ王室に使者を出したの。カヌセーヌテンテラ大聖堂創設百周年のお祝いよ。『トロキオとカヌセーヌの友好関係は揺るがない』ってメッセージも添えておいた。お土産に四隻の商船もつけたわ。レヴィアタン配下の護衛付きの大きい奴」

「対空探査魔具と魔弾砲台搭載の最新式だろ? そういうさぁ、最重要国家機密をペロッと言うなよぉ。俺が内緒話とか苦手なの知ってんでしょ~?」

「別に機密でもないわよ。書状の受け渡しは正式な手順を踏んだし。公式発表も済んだ。新聞も読んでないの?」

「色々、忙しかったんですぅ!」

「そのうちカヌセーヌから礼状が届くでしょう。モンポワとオートンジェル、それにミッレフォーリアには経済連携協定の強化を申し出てる。近く加盟各国の首脳会議が開かれるはずよ」

「首脳会議って……、トロキオにそんなの出られるような奴いねぇじゃん」

「だからさ、源魔院にそれとなく招集をかけてみたわけ。結果、古老会の連中は全員辞退。ダビデの六家長は馳せ参じるって。ベルゼビュートからも返答が来たのよ! 署名はなんだと思う?『トリスタン・ヴァンピール・ド・ベルゼビュート』よ⁉ お・ま・え・は! ベルゼブラだろうがぁ~‼」

 シルフィの咆哮が部屋全体を揺らし、シャンデリアがいくつか落下した。

 窓ガラスや壁が無事なのは、盗聴防止魔術が強固だったおかげだろう。

「奴さん、すっかりヴァンパイアロ―ド気取りだな。それで? 源魔院改めダビデ集会はやるのか?」

「やんないわよ、バカバカしい。六家長集めて『さぁ、誰が魔王役をやりますか?』なんて言えないでしょ? トリスタンにベルゼビュートを名乗る機会なんて、絶対与えないからね! 召集掛けたのは、源魔院というより古老会のメンバーと話したかっただけなのよ」

「百年経っても、まだ会う事すら出来ないのか、その古老会は。本当にそんな組織が存在するのか?」

「あるわよ。彼らは原初の悪魔。この世界でもっとも古い悪魔族。古老会は前魔王ルシフェルに最初に仕えた種族だもの。仲間に引き入れて知恵を借りるなら彼らよ」

「……で、会えないと」

「この百年、何度もコンタクトを図ったけど、まったく出てこないわ。とは言え、唯一の窓口が魔王城の地下に居るフェネクスだからね。手紙や物を届けるだけだから、プレゼント攻撃くらいしか出来ないんだけどさ。どんなに意見を仰いでも『現魔王陛下のご決断を甘受いたします』って手紙が一通返ってくるだけ。今回はカヌセーヌの問題もあって帝国の動きを注視しなきゃならないから、源魔院として呼べば少しは反応があると思ったんだけど……」

「ここまでくると、会わないというより『会えない』理由がありそうだけどな」

「首脳会議には、やっぱり『タナトス様』に御臨席を賜る必要があるわね。気乗りしないけど、仕方ないわ」


「ところで、レヴィアタンはまだこっち側なんだよな? あそこは大使とはいえ独立した自治権を有する組織だ。大使でありながら、守護と同程度の戦力もある。レヴィアタンがトリスタン派に加わったら厄介どころのはなしじゃねぇぞ?」

「表向きは魔王庁の指示に従ってるし、ベルゼビュートへの仁義も通してくれているわ。ただ、組織内がまとまってるのか? 本当に裏が無いのかはわからないわね。それを調べるのは、あんたの仕事。この部屋は案外と不自由でね、何でも出来るはずなのに何も出来ないのよ」

 シルフィは大きくため息をついて、ティーカップを口に運んだ。

 仲間たちと袂を分かった時、ユーゴは『自由』を、シルフィは『責任』を選んだ。なのに結局、どちらも手に入った気がしない。

『自由』を手にしたはずのユーゴは次々起きるトラブルの対処に忙殺され、シルフィは自分の『責任』で行動することが出来ない。


「近いうちに召集がかかるはずだから、その時にタツキを連れてきてちょうだい。ルネの様子を聞きたいわ」

「ルネ本人に会えばいいじゃん」

「時期尚早。あの子が儀式を渋ってるのなら尚更ね。あぁ、あとルネを連れてボクーマに行くんでしょ? そしたら……」

「わかってるよ。相手が誰か知りたいってんだろ? それより、ほれ! 金!」

「そこに用意してあるわよ」

 シルフィが指さした先には、大きなカバンが二つ。

 ユーゴは、それを持ってドアを出た。

 ドアの向こうに見えるキラキラもときストアーは、この部屋から遥か西の山の中。

 一歩踏み出せば、かつての仲間と他愛のない時間を過ごせるのだろうと思いながら、シルフィは目の前で閉ざされる扉を見守った。

「あの子を、頼んだわよ」


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