第五十二話 雑談
「屋敷を出るまでは食事なんてダイニングに行けばテーブルに用意されている物だった。自分で食べ物を用意しなくちゃならなくなって、本でしか知らなかった狩りをやってみたけど、最初のころは魔獣や動物が狩れなくて、魚やカエルばかり食べてたんだ」
魚を串に刺しながら、ソーダイの『興味』に流されるまま話をした。
一人で旅をするようになってから色々あったけど、こんな風に振り返ったりすることなんてなかったな。
思い出す暇も無かったけど、思い出したいとも思わなかった。
でも、ソーダイはこの世界が初めてで何も知らないから、僕が教えてやらないと。
「魚やカエルの方が獲りやすいんですか?」
「本当は殺しすぎるからやっちゃいけないんだけど、池に火球を落とせば一気に浮かび上がってくる。あとは拾い集めるだけだからな」
「なるほど。狩りの練習はしてなかったんですね」
「動かない的に向かって弓を射たり、木剣を振ったりって事は少しやったけど、実戦練習は高等魔術学院に入らないとやらないんだ」
「悪魔にも学校があるんですね」
「昔は高等学院しかなかったそうだ。今の魔王様が教育改革をなさって、幼年期学園が出来たんだ。異世界の人間も学校があるのか?」
「ありますよ。小学校と中学校、その後は高校と大学」
「そんなにたくさんの学校にいくのか⁉」
「小学校と中学校は義務教育だから、みんな行きます。高校と大学は任意だけど、だいたいみんな行きますよ。大学まで出てないと入れない会社とか多いですから」
魔法技術が使えないと、そんなに勉強をしないといけないのか。
科学技術の世界は大変だな。
人間なんて寿命が短いのに、勉強だけで人生が終わりそうだ。
「ルネ君は旅に出る前は、幼年期学園ってところに通ってたんですか?」
「通ってたというか、全寮制なんだ。学習期間は寮に泊まり込んで勉強する。休息期間は屋敷に帰る。僕が屋敷を出たのは休息期間だったから、本当はとっくに学園に戻らなきゃいけなかったけど、ずいぶん無断欠席してしまっている」
「学校に戻りたいですか?」
「そんなわけないだろう⁉ どこの世界に泊まり込みで勉強なんかしたい奴がいるんだ⁉」
「あははは。それは、そうですね。俺も学校は嫌いでした」
「それで、旅に出た時にお金は持ってなかったんですか?」
「最初は持ってたさ。屋敷を出るときに、世話係が百万持たせてくれたからな。半年はなんとかなる金額だったんだけど、当時は金の使い方を知らなくてな。最初に訪れた街の宿代ですぐに尽きた。カヌセーヌにヨークバーという港町があって、そこの宿に泊まったんだ。小さい頃に数カ月滞在した宿だったが、二晩しか泊まれなかった」
「二泊で百万円⁉ 超高級ホテルだったんじゃないですか」
「知らなかったんだ。他の安い宿は、貧しい労働者たちが住む民家だと思ってた」
「無知って怖いですねぇ。二泊で百万かぁ……」
「それからは、色んなところで寝た。店の軒先や、橋の下、木の洞、滝の裏」
「じゃあ、寮のありがたみが解りますね。俺もこの店にくるちょっと前はフラフラしてたから、タツキさんの所に泊めてもらって、嬉しかったな。屋根と壁と床があって」
「わかる! 風が吹かないとか、地面が冷たくないとか、まず感動するよな!」
「そこにフカフカのお布団があるんだから、まさに天国ですよね」
「前はそれが普通だったのに、失くしてからの方が『嬉しい』とか『幸せ』とか思うんだよ」
「それと、美味しいごはん」
「お前は、本当に飯が好きだな」
「食事って、幸せじゃなかったら『美味しい』って思わないじゃないですか。美味しく食べられるのが、自分は幸せなんだって確認出来て嬉しいんです」
そうか。生きるのに必死でとにかく食べてた時は、味なんて気にしていられなかったもんな。
「ソーダイも家を出て旅をしてたのか?」
『悲哀』『罪悪感』。
もしかして、まずいことを聞いたかな?
「まぁ、そんなようなもんです。ただ、俺は一般庶民だし、家が無くても木の洞や滝の裏で寝たりしてないですからね。ルネ君みたいに乱高下激しくないですよ」
ソーダイは冗談ぽく言うと、ニヤリと笑って見せた。
一瞬浮かび上がった『悲哀』と『罪悪感』は、もう消えている。
その代わり『親愛』が大きく膨らんだ。
「滝の裏の居心地の良さを知らないなんて庶民は哀れだな。今度、招待してやろう」
ソーダイと話すのは楽しい。僕が笑えば、ソーダイも笑う。
他の奴に話すのと同じ出来事を話しても、ソーダイに話した方が気楽だ。なんでだろう? 辛かった思い出なのに、ソーダイになら笑い話に出来る。
「それにしても、ジュンは何処に行ったんだ? 全然、帰ってこないじゃないか。あいつ、リンカと一緒に、どこかでサボってるんじゃないだろうな?」
向こうの世界から持ってきた魚はそろそろ串に刺し終わる。
あとは、リンカから仕入れた魚だけだ。
「潤君は出店するスペースを探しに行ったんですよ。……この魚は串にさすのが難しいですね。ブヨブヨする」
「そうなのか? ここじゃあダメなのか? この魚ヌメヌメするし、スープにするしかないんじゃないか?」
「場所は、俺もここで良いと思います。でも、潤君はもっと良い場所を探せるんですよ。前回の出張もときストアーでも、潤君が場所を決めてくれて成功しました」
「それならそうと、言えばいいのに」
「きっと、それだけじゃないんですよ。……あぁ、串が通らない。焼き網も持ってくれば良かった」
焼き網? それって焼き肉を焼いたときに使ったアレか?
もしかして……。
「ソーダイ、焼き網ってこれじゃないのか?」
僕は調味料のツボを入れた袋の中に入っていたものをソーダイに見せた。二つの金属製の網が二つ折りになっていて、一見なにかの部品に見える。
「あ、これですよ! ルネ君、持ってきてくれたんですか?」
「僕じゃない。なんだかわからない物が入ってるなとは思っていたんだが、大した重さでもないし黙ってたんだ。そうか、これが焼き網か。僕の世界の物とは形状が違うからわからなかったが、確かに使えそうだな」
ソーダイは焼き網を手に取り、満足そうに笑う。
「きっと、潤君が準備してくれたんですよ」
ソーダイの顔に浮かぶ『信頼』と『興奮』。
やけに嬉しそうだな。
「なんでジュンが入れたってわかるんだ? 慌てて準備してたから、うっかり紛れ込んだのかもしれないじゃないか」
「潤君に資料を渡したとき、熱心に読んでいたでしょ? その時にきっと気が付いて入れてくれたんですよ」
「資料を読んだだけで⁉ このブヨブヨした魚は、リンカが昨日売ってた中にはなかった。串が通らない魚を買うなんて資料には書いてなかったのに?」
「潤君は、そういう人なんですよ。多方面に可能性を思いついて、先回りして対策してくれるんです。今回は時間が無かったけど、きっと他にも問題点に気づいてくれてる。次の会議が楽しみですよ」
『期待』『高揚』『満足』『幸福』
なんだか僕と話してた時より楽しそうじゃないか。




