第五十話 はじめまして、異世界
「おはようございます。これから毎晩、二十一時四十五分に朝礼をするので、今日みたいに事務所に集まってね」
タツキの横にあいつがいる。
やっぱり、あいつと一緒に働く事になるのか。
ちょっと嫌だけど、ソーダイは嬉しそうだ。
「打ち合わせの時に話があったスタッフの増員の件なんだけど、立木君に話をしたら快く引き受けてくれました。今日はこれから、立木君に深夜営業の『事情』と出張もときストアーの企画説明をしようと思います」
タツキが何をどこまで教えたのかわからないけど、ジュンの感情の色はあまり変わらない。
『憎悪』が少し小さくなっている分、マシになった程度だ。
「オーナー。俺、条件言いましたよね? 十代の子を働かせないって。ルネ君、いるじゃないっすか」
ジュンは僕をチラッと見てから、タツキに詰め寄った。
『怒り』『心配』『愛護』?
こいつ、僕を心配してるのか?
「立木君、ルネは十代じゃないんだよ」
「はぁ⁉ どう見ても十二、三の子どもじゃないっすか!」
なんだと⁉
「失礼な奴だな‼ 僕のどこが子どもに見えるって言うんだ!」
「ちょっと、ちょっと。みんなケンカしないでくださいよ」
ソーダイ、前に出るな!
僕が隠れるだろうが!
「ルネ、まだこっちの世界だけど、カーテンもドアも閉めてるから羽根出していいよ」
タツキに言われて出すのはムカつくけど、まぁいい。
ジュンにどっちが上かわからせてやる。
バサッ
「え? 何これ? どこから出した?」
「普段は体の中に仕舞ってある」
『驚愕』『困惑』『懐疑』
こいつは、本当に疑う事をやめないな。
「潤君、ルネ君はヴァンパイアなんですよ」
「そうだいさん、もうすぐハロウィンだからって、これは無いでしょ。こんなの、誰が騙されるって言うんすか」
「本物か偽物か、触ってみるか?」
「いいねぇ、触ってみよう!」
タツキがジュンの手を持って、無理やり僕に近づいてくる。
これは良い気がしないな。
「うわ、ちょっと毛が生えてる……」
「くすぐったいな! 触るならちゃんと触れ!」
「感覚あるんだ」
「当たり前だろう?」
ジュンの感情がゆっくりと移り変わる。
『驚愕』は『感嘆』へ、『困惑』は『興味』へ、『懐疑』は『期待』へ。
「これって、もしかして……異世界?」
「なんだ、知ってるんじゃないか」
「うっわ~‼ マジで⁉ 本物⁉ 異世界人じゃん‼」
『興奮』『高揚』『歓喜』。
今までの、どす黒いのは何処へ行ったんだ?
こいつ、何を喜んでるんだ?
「立木君。この店はね、二十二時から八時までは異世界で営業してるんだよ」
「じゃあ、俺が働くのって……」
「異世界だよ」
「マジで⁉ おっしゃ~‼‼‼」
ジュンは大きく拳を振り上げた。
「なぁ、あいつは何を喜んでるんだ?」
「さぁ?」
ソーダイも困惑している。
「ほら、そろそろ空間転移するよ」
タツキは腕につけた時計に目を落とした。
軽い振動と空気の揺れ。
「ようこそ。異世界へ」
ニッコリと笑ってドアを開けると、そこはいつもと変わらないトゥクール山中。
広葉樹の山林だ。
他には何もないが、それがソーダイやジュンには異質に映るだろう。
ジュンは勢いよくドアを開けて、外へ駆け出した。
「異世界キターーーー――‼」
何もない林の中を駆けて戻ってくるなり地面に倒れ込む。
「あぁ、ここが異世界か……」
土に頬ずりしてるぞ、こいつ。
「タツキ、あいつのアレはいったい何なんだ? すっかり感情が切り替わったぞ」
「うん……、なんだろうね? ちょっと、これは予想外」
「オーナー! 固有スキルは? 俺の固有スキルは何ですか⁉ そうだ、ステータスオープン!」
何やら両手を突き出したポーズで叫んだが、本当に何をやってるんだ?
「ステータスが表示されない⁉」
『困惑』してるのは、こっちなんだが……。
「あぁ~、立木君。ここはねステータスが表示されることはないんだよ」
「あ~、そっち系なんすね」
そっち系?
「あ、じゃあ固有スキルは? 転生とか召喚の特典のやつは何があるんすか?」
「えっと、まず君は死んでないから転生はしてないし、召喚もされてないよね?」
「……そうか。だとしたら迷い込み系か、フィクションに入り込み系? フィクション入り込み系にしては服も体も変わってないし……。迷い込み系? いや、この場合は導かれ系か? そっち系はあまり読み込んでないんだよな。その場合、普通は導き役がガイドになるもんだけど……」
なにをブツブツ言ってるんだ?
「立木君、まず説明を受けてくれないかな? この後、業務もあることだし。とりあえず、事務所に戻ろうか」
『好奇心』『興奮』『高揚』『期待』
ジュンはただの山林を興味深げに見渡しながら、足取りも軽く、戻ってきた。
僕の横を通る時に「羽根、かっこいいね」と笑う。
「オーナーがガイドって事ですよね? それで、俺はこの世界で何をしたらいいんですか? のんびりハーレム生活? 建国? 魔王討伐?」
なんだと⁉
「魔王様を討伐なんて許さんぞ⁉」
「立木君、この世界の魔王は一国家の元首でしかないよ。討伐なんかしたら、ただの犯罪者になるだけだよ」
「なんだ、そうなんだ。じゃあ、のんびりハーレム生活かなぁ~? それも悪くはないんだけど、もっと『らしい』感じが良いんだよなぁ」
さっきから何を言ってんだ、こいつは。
のんびりハーレム生活ってのはよくわからんが、建国に魔王様を討伐だと⁉
この西方守護ベルゼビュートたる僕の前で、よく言えたな。
「潤君、俺たちは店員だから、この世界で商売をするんですよ。今夜はここから約二十五キロほど先にある関所の前で出張もときストアーを展開するんです。さっき準備が終わったところです。これが資料なので目を通してください。あまり時間がないので、読み終わったら出発しましょう。細かい部分は現地で説明します」
ソーダイが差し出した資料を受け取ると、ジュンはようやく落ち着いた。
やっぱり、結局頼りになるのはソーダイなんだよな。ユーゴは黙ったままだし、タツキはペースを乱されると固まる節がある。
「ルネ君は、オスカーを迎えに行ってください。タツキさんは釣銭と仕入れ用に使う現金をこちらの通貨で用意してください。いつも使っている金庫だと反って邪魔になるので、何かポーチのような入れ物に入れてください。ユーゴさんは魔獣除けの準備をお願いします」
そうだ。オスカーを連れてくるんだった。
まったく、忙しい時に調子を狂わせるなよ。
立木は『十代の子を深夜に働かせない』事にこだわっていますが、労働基準法では『十八歳未満の年少者』とされていますので、それに該当しない十八歳と十九歳であれば深夜労働をさせることは可能です。
彼が『十代の子』と表現したのは、労働基準法を超える彼なりの思いがあっての事かもしれません。




