第四十八話 消えた父親
病室に戻ってきたタツキは、眠っている爺さんに一瞬驚いた様子を見せたが、息をしていることを確認すると安堵の表情を見せた。
「寝ちゃったんだね。話はできた?」
「うん。まぁ」
「聞き上手だったでしょ?」
「いや、爺さんの話を聞いてた」
「え、そうなの? 元樹の話を? 何の話?」
「小さい頃は泣き虫だったとか」
「あぁ、そうか。そう言う話」
「爺さんの父親は、いなくなったのか?」
タツキが驚いたように目を見開き、何かを考えながらだろうか「それは……」と漏らした。
「ごまかさないで教えてくれないか? 爺さんは父親がいなくなって泣けなくなったと言ってた。泣くと、辛い苦しいとたくさん思うからだそうだ」
タツキは大きくため息をついて、数度の深呼吸の後に、ようやく語りだした。
「元樹の父親は、この国が他国と戦争をしている最中に行方不明になったんだ」
「それは、戦地に赴いてという事か?」
「それなら、まだ踏ん切りがついただろうね。でも、違ったんだ。元樹の父親は高齢を理由に兵士になれなかったんだよ。戦況が悪化し若い男子が次々と徴兵される中で、次第に国に貢献できない厄介者と揶揄されるようになった」
「兵士になれなかったのは爺さんの父親のせいじゃないじゃないか」
「そうだね。でも、元樹の友人や近所の人たちは、みんな父親や兄たちを徴兵されて、寂しさを抱えてた。国に不満を言えば反逆者として逮捕されるような時代だったからさ。大切な家族を兵士として国に取られても、戦死しても文句は言えない。その苦しさが妬みと一緒になって元樹とその両親にぶつけるようになったんだよ」
「軍人でもない一般人を兵士に使う国が悪いのに……」
「あの頃のこの国はね、国民よりも政府がずっと強かったんだよ。それで、元樹と両親は知人を頼って、遠く離れた土地へ疎開……避難したんだ。その移動中、敵襲に混乱する人混みの中で元樹と母親は、父親とはぐれた。母親は元樹を生かすために父親を捜すのをあきらめて、二人だけで汽車に乗った。元樹は自分のために母親が行動したのをよく知ってた。だから彼女を責めたことは一度もないそうだ。それでも、まだどこかで父親が生きているんじゃないか? あの時、手を離さなかったら、ずっと一緒に居られたんじゃないかと考えてしまうと言ってたよ」
そうか。あの目は、はぐれた父親を捜していたのか。
僕もそうだ。おじい様が亡くなったと信じられなくて、どこか別の場所にいるんじゃないかと、つい探したくなる。
爺さんも心のどこかで、もう会えない事はわかっていたんだろうが……。
「また、会いに来てもいいかな?」
「きっと、喜ぶよ。元樹は、寂しがりで泣き虫だから」
「そうか」
「元樹と話して、すこし落ち着いた?」
帰りのバスの中、タツキは僕に飴玉を渡しながら聞いた。
「うん。ちょっとだけど……」
「そうか、良かった」
「タツキ、あいつは何なんだ? ジュンは変だ。最初は良い奴かと思った。話しやすいし、飯つくってくれたし、でも、あいつ笑ってるのに、心が笑ってない。爺さんが言ってたのとはちょっと違う気がする。あいつが隠してるのは悲しいとか辛いとかそう言うんじゃなくて……」
「怒ってるみたいだった?」
「知ってたのか⁉ お前、スキルが使えるのか?」
「スキルじゃないよ。観察と想像。前田さんと同じ。ただ、彼に関しては前田さんより、俺の方が精度はいいかもしれない。立木君は、俺と同類なんだよ」
「タツキが、あいつと同類? でも、あいつの感情はちゃんと視えたぞ⁉」
タツキの目がキョトンと僕を見返す。
ん? あ! やばい!
「感情か」
「言ってない! そんなこと言ってないぞ!」
「聞かなかったことにするよ」
「聞いてんじゃないか!」
「言ったんなら、聞いたでしょ」
「言ってない!」
クソッ! クソッ! クッソ~‼
「ルネ、隠さなくて大丈夫だよ。ルネがそのスキルを使うときは、人間を狩る時だろ? ここでは人間を狩る必要ないんだからさ。ただ、自分が思っている事や感じている事が相手に筒抜けになってるのを嫌がる人間は多いから、他のスタッフには言わない方がいいかもね」
そうか。能力を使わなくてもいいのか。
人間がいるとつい使ってたけど、ここでは使わなくていいんだ。
「お前とあいつが同類って、どういう事だ? お前も笑ってる時に本当は別の感情を持ってるのか?」
タツキはちょっと困ったような顔をして口元だけ少し笑った。
意味も無くこすり合わされる右手の指。
天井を仰ぎ、目をつむったかと思えば、肘をついた手に頭を乗せてうなだれる。
どんなに観察しても、タツキが何を考えているのかわからない。
「まず、立木君に視えた『怒っているような感情』は、ルネに向けられたものじゃないから、そこは安心していい」
「そうなのか? 何か疑われてるような感じだった。三階でソーダイと同室だって言ったら、急に真っ黒な感情がブワっと出てきたんだ」
「あぁ、そこは俺が異世界転移の事を彼に話してなかったからだよ。いま日中の仕事を任せてるスタッフたちは異世界転移の事は知らない。前田さんも含めてね。教えたのはそうだい君だけなんだ。だから他のスタッフたちは、みんな営業時間は朝九時半から夜二十一時までだと思ってる。そうだい君がここに泊まりたがるのはいつもの事だけど、俺が許可することは無かったからな。ルネと同室とは言え部屋を与えて寝起きをさせてると知って、違和感を覚えたんだろう」
「でも、だからってなんであんなに……」
あんな深く暗い感情……。
「立木君が『何に対して怒っているのか?』は、本人が話してくれるなら聞いたらいい。憶測で語るべきことじゃないからね。ただ、ルネに対しての怒りじゃないのだけはハッキリしてるから、そこは覚えておいて」
「なんで、わかるんだ?」
「立木君と俺は同類だって言っただろ? 自分に置き換えれば何を考えるかって想像すれば、なんとなくわかるさ。怖がらないであげて。彼に悪気はないし、ルネに危害を加えることは無いよ」
「……それなら、いいけど」
「いっその事、彼も深夜帯で働いてもらおうか。ちょうどソーダイ君からスタッフ増員の願い出もあったし。立木君なら調理スタッフとして申し分ないでしょ」
それって、僕とソーダイがあいつと一緒に働くって事か⁉
「嫌だよ。あいつと一緒なんて!」
「大丈夫だよ。誤解が解ければ彼の感情も落ち着くから。それに彼は何を考えていたとしても、表向きはうまくやってくれるしね」
「だって、憎悪があるんだぞ?」
「そうか、憎悪か。こりゃあ、思ったよりも改善してないな」
「僕は大丈夫だったとして、ソーダイが何かされたらどうするんだ!」
「ルネが来る前から、彼らは同僚として問題なく働いてるよ」
「でも、寝るところは? 僕は一緒に寝るの嫌だぞ?」
「そこは考えるよ。彼が寮に入るって言うかはわからないしね」
「でも、……だって!」
「もしかして、ルネは立木君が怖いの?」
なんだと⁉
「怖いわけないだろう! 僕はベルゼビュート。ヴァンパイアの王の血族だぞ⁉ 人間ごとき怖いことなんてない!」
「だったら、良いじゃない。そもそも、本人の意思確認をしなきゃいけないし。何しろ彼は、フリーターのそうだい君と違って『大学生』だからね」
どうしよう? こんなことになるなんて……。
太平洋戦争末期、兵力不足から動員年齢の幅はどんどん広げられていました。
昭和十八年十二月にも兵役年齢の上限が四十歳から四十五歳まで引き上げられましたが、元樹の父親は当時五十九歳だったため、兵役を免れていました。
元樹の父親が失踪したのは昭和十九年五月。
その翌年には根こそぎ動員で兵役年齢は六十五歳までに引き上げられているのが皮肉な話ですが、この時に一家が縁故疎開をしたおかげで、元樹と母親は大空襲の被害にあわずにすみました。




