第四十六話 眠れない日
部屋に戻って、ベッドに入ったが寝付けなかった。
床で寝るオスカーの腕の中に潜り込んでみたが、やっぱり眠れない。
胸がどきどきしている。
『疑惑』『懐疑』『疑念』
怖い。疑われている。バレるかもしれない。
何がバレると困るのか、自分でもよくわからない。
何を疑われているのかも、わからない。
ただ、疑われるのが怖い。
あの『憎悪』は何に向けられてるんだ?
どうしよう……、手が震える。涙が止まらない。
なんでかわからないけど、僕は自分の部屋を出てタツキの部屋の戸を叩いた。
「ルネ? どうした? 怖い夢でも見た?」
「わかんない」
タツキの手が、僕の肩に触れた。
部屋に入れられ、椅子に座らせられ、飲み物が入ったカップを持たされ、僕は言いなりのゴーレムみたいに、ただタツキに従った。
「何か、あった?」
言えない。
どういえば言い?
自分でも、よくわからない。
「……下で、ジュンがシフトだった」
「あぁ、立木君? 彼と何かあった?」
「弁当が無くて、そしたらカレーライスを作ってくれて、食べた」
我ながら、何の説明をしてるんだろう?
これじゃあ、泣いてる理由にならないのに。
「うん、そうか。それで?」
「あいつ、変なんだ。感情が……」
ダメだ。言えない。スキルの事は、話せない。
タツキが、ゆっくりと僕の背をさする。
「大丈夫。ヴァンパイアのスキルの事は知ってるよ。ユーゴから聞いたでしょ? ベルゼビュートの知り合いがいるって。俺もそいつとは付き合いがあるから。ごめんね、本当は最初からルネの事は知ってた」
やっぱり、やっぱり最初から知ってたんじゃないか。
「なんで、黙ってたんだ! 僕の事も、家の事も、全部知ってて、なんで⁉」
「うん。ごめん。正直、どう接するのが正解か手探りだった。ベルゼビュート家の跡取りで、ヴァンパイアの王になる子だって意識が強くて……。でも、間違えてたよ。ごめん」
そうだ、僕はベルゼビュートだ。
こんな風に泣いたりしちゃいけないのに。
「ぼ、僕の、スキルが何なのかも、知ってるのか?」
握りしめた僕の手をタツキが包み込む。
温かい。
「ベルゼビュート家のスキルはテレパシーだって聞いたよ。真ベルゼビュートになるとマインドコントロールが使えるようになるんだって?」
そう、ベルゼビュートはテレパスだ。
でも、僕は違う。
ちゃんとしたベルゼビュートなら人間が何を考えているのかわかるのに。
僕はわからない。
「僕は……」
「ルネ。ヴァンパイアに限らず、悪魔族の固有スキルは魔素量によって発動条件が変わる。ルネがスキルをうまく使えないなら、それは食生活のせいだ。成長するのに必要な栄養が摂れてない。だから……」
また、エイヨー⁉
もう、うんざりだ‼
「しょうがないじゃないか! 人間は食べちゃいけないんだ! 愛すべき隣人で、食料じゃないんだ! それに、僕がテレパシーを使えないのは! ……使えないのは、魔素が足りないからじゃない」
また、タツキの手がゆっくりと背中をなでおろす。
言えない。言っちゃいけないのに。
言わなくても、わかれよ‼
「ねぇ、ルネ。ルネがどんな立場で、どんなに大人ぶっても、お前はまだ子どもなんだ。ある日突然、家族も家も奪われて、たった一人で過ごさなきゃいけなかったのは、辛いことなんだ。怖いと思っていいんだよ。恥ずかしくも、情けなくもない。本当は、俺たち大人が泣いてもいい環境を作らなきゃいけなかった。ごめんね」
「謝るなよ! お前なんか、どうせ人間じゃないか。大人だなんて言ったって、どうせ僕の半分も生きてないくせに」
タツキは、僕の方に体ごと正面を向く位置で座りなおした。
そして、また僕の手を包むように握り、まっすぐ僕の目を見る。
「ユーゴはルネをヴァンパイアロードにしたがってる。他の知り合いのベルゼビュート達もそうだ。エステルさんやドラクール家のみんなもそう。でも俺は、まずルネが悪魔として成長するのが先だと思ってる。ルネはまだ成長過程だ。自分が成長するのが最優先でいい。他のヴァンパイア達の運命を背負うのは、その後で良いんだ」
「そんな事、言ったって……」
タツキは黙って立ち上がり、上着を羽織って、カバンを手に取った。
「ルネよりも年上の人と話した方がいいかな?」
年上って……、人間しかいない世界で僕より年上なんて……。




