第四十五話 カレーライス
打ち合わせが終わり、ソーダイは調味料やパンの準備をしたがったが、なかば無理やり寝かし付けた。
どうやら全部自分でやらないと気が済まないらしい。
それでいて体力がなくて回復力が低いんだから、哀れな種族だな。
ワイバーン一頭で腹が満ちたオスカーと一緒に、腹だして寝ている。
今日はマエダに土産を渡さなきゃならない。
シフト表をよく見なかったが、今日こそは来てるだろう。
「前田さんは、お休みだよ?」
店にいたのは若い男だった。
あの蜂蜜とスパイスを煮詰めて体中に塗りたくったような臭い男だ。
相変わらず、直視できん。
「今日もか? 昨日も休みだったぞ?」
「前田さんは土日祝日休みなんだよ。今週は三連休だから、明日まで休みだよ」
なんだ。せっかく買ってきたのに……。
「お前、名前は確か……」
「立木だよ。立木潤一郎。オーナーの名前と響きが似ててややこしいから『潤』って呼んで。最近、そうだいさんがオーナーを『タツキさん』って呼び始めたから、時々びくっとするんだよね」
「ジュンか。呼びやすくていいな」
「ありがとう。そういえばさ、ルネ君って上の部屋を借りて住んでるんだよね? ホットスナック用の袋が無くなってるんだけど、何か知らない?」
あぁ、シリアルバーに使った奴か。
教えてもいいが、この匂いが……。
「あぁ~、とても言いにくいんだが、この香りは香水か?」
「あぁ、うん。そうだけど?」
「そうか、それは良かった。僕はその香水の匂いが苦手なんだ。できれば、香水をつけてないときに話せないか?」
ユメが香水を付けていたと言っていたから、もしやと思って聞いてみて良かった。
これが体臭だったらどうしようかと思ったぞ。
「え? あぁ、うん。わかった。次のシフトの時はつけないで来るよ」
「すまないな」
「いや、良いけど。ルネ君って、変わってるね」
「そうか?」
「うん。てっきり香水なんかつけてくんな! って文句言われるのかと思ったよ」
「香水なんて付けたい奴が付けるものだろう」
「それは、そうなんだけどさ。……これからシフト? 君のシフト表、何も書いてないから。まだ研修中だよね?」
「僕は仕事が終わったところだ。これから飯食って寝る。ちょっと選んでくるから、会計をしてくれ」
「あ、そうなんだ……。わかった」
あぁ、ようやく離れられる。
あの匂いは口からも来るが、目にも来るな。
顔が見られないからどんな奴なのかよくわからないが、受け答えが明瞭で話しやすい。
こっちの世界に来てから、タツキにソーダイにフルカワにアイにと、よくわからん連中が多かったが、こいつとユメとマエダは安心する。
香水も次からは何とかしてくれるようだし、なかなかいい奴じゃないか。
あれ? 弁当が一つもないぞ? パンもない。
どうなってんだ?
「おい、食い物が無いんだが、売り切れか?」
「あぁ、聞いてなかったんだ。今日はお弁当の納品が無い日なんだよ。取引してる弁当屋さんが定休日でさ。パンなら、あと二十分くらいで届くはずだよ」
「じゃあ、弁当は食えないのか?」
「ありえないよね~。でも、お客さんも慣れちゃってて要望も無いし。そのままみたい」
タツキの奴、僕の朝飯を忘れやがったな?
ソーダイは寝てるし、タツキには仕事をさせてるし、ユーゴやエステルに飯の相談は出来ないしなぁ……。
こんなことなら、もう少しワイバーンを食っておくんだった。
店の周りの山林で何か狩ってくるか。
「どこ行くの?」
ん? なんだ? 慌ててカウンターから出てきて。
臭いから、あまり近寄らないで欲しいんだが……。
「ちょっと、何か食べるものを狩ってこようと思ってな」
「ここから一番近いお店まで三キロはあるよ? 次のバスは二十分後だし。朝ごはんが欲しいんだよね? 何か作ってあげようか?」
なに⁉ こいつ、飯を作れるのか?
「いいのか?」
「店のキッチンで作るから、大したものは出来ないけど。何が食べたい?」
「肉‼」
「あはは。育ち盛りだな。わかった。お店にある食材で、適当に作るね。材料を揃えるから、カゴを持ってついてきて」
こいつ、ただの臭い奴かと思ったら、ものすごくいい奴じゃないか!
「ルネ君は食べられない物は無い? アレルギーとかは?」
「ない。あ、でもオコサマランチは嫌だ」
「あはは。そっか。じゃあ、好きな物は?」
「ステーキと焼き肉! あと、カレーライス!」
「いいね。じゃあ、カレーライスにしようか。レトルトカレーを温めるだけだと味気ないから、ちょっと具を足して豪華にしよう。生鮮のお肉は納品前だから、冷凍のサイコロステーキとミックスベジタブルにスライスオニオン。あと、トマトジュース。パックご飯。レトルトカレーは、この伝説のカレー中辛にしよう」
この材料でカレーライスが作れるのか。
どれも、今まで食い物だとは思わなかったやつだ。
カウンターの奥にあるドアの向こうで、ジュンは調理を始めた。
生活魔術を一切使わない調理なんて、野営以外では初めて見る。
道具のつまみを回すと小さな炎が現れた。あのつまみが呪文の代わりなのか。
平たい鉄なべを乗せ、凍った肉や野菜を焼いていく。
魔術とカガクの違いはあっても、調理の手順はあまり変わらないんだな。
炎で熱を加えて食材に火を通し、調味料で味を付ける。
良い匂いがしてきたな。肉が焼ける匂いだ。香水の匂いがあまり気にならなくなった。
「ルネ君、そこの扉の中にお皿が入ってるから出して。茶色の縁取りがある白いお皿が入ってるでしょ?」
扉ってこれか? 食器以外にも色々はいってるな。
茶色の縁取りの白い皿は……、これか。
「出した」
「じゃあ、盛り付けよう」
「自分の部屋で食べる?」
「部屋はソーダイが寝てるから、ジムショで食う」
「そうだいさんが?」
ジュンの顔に『疑問』と『懐疑』が浮かぶ。
あぁ、そうか。ソーダイがここに寝泊まりしてるのを知らないのか。
「三階は従業員用の寮にしたんだ。僕とソーダイは相部屋だから」
「そっか。じゃあ、ゆっくり食べて。食べ終わったら食器はキッチンに下げておいてね」
「わかった。すまないな、助かった」
ジュンはニッコリと笑って売り場に戻っていった。
ニッコリと、すごく柔らかい笑顔だ。
なのに、感情は『懐疑』『疑惑』『疑念』。
そして、その奥にうっすらと見えた『嫉妬』と『野心』、そして『憎悪』。
なんで、こんな感情を持ちながら、あんな表情ができるんだ?
あいつは普通で話しやすいと思ったのに、なんだか少し気味が悪い。
カラフルな豆を混ぜたリブランに、キューブ型の肉がゴロゴロ入ったカレー。
噛むたびに弾ける豆の食感は面白いし、汁はさわやかな酸味と肉の甘みが丁度いい。
こんなに美味いのに、こんなんじゃ足りないのに、もう一杯作って欲しいと言いに行くのが、ちょっと嫌だな。
今日は、僕ももう寝よう。




