第四十四話 打ち合わせ
「では、出張もときストアー関所前広場出店の最終打ち合わせを始めます」
いまだ目を白黒とさせている達樹とユーゴは、二人に資料を配るルネの姿にも困惑を隠せずにいた。
「まずはお手元の資料に目を通してください。タツキさんの分は僕がパソコンで作りましたが、ユーゴさんの分はルネ君に頼んで異世界の文字に書き起こしてもらいました。時間がないので要点だけ簡単にまとめてあります。出店期間ですが、ひとまず明日から一週間を予定しています。その時点で一度データをまとめて振り返りを行い、見直しをしたいと考えています」
「一週間っていう日数の設定は何処から?」
「三日後に関所封鎖が一部解除されるとの情報を得ました。カヌセーヌ王国内にあるギルドという組織に加入していると証明できた者だけ入国を許可されるようになるそうです。出国に関しては未定だそうですが、これにより広場の人の流れが変わると考えられます。一部解除措置の前後でどのように集客に変化があるのかを比較するため、一週間と設定しました」
異世界に転移して怯えていたのはわずか二日前、その崇大が異世界の地へ自ら出ていき、異世界の住民と話して情報を得てきたという。
口元のほころびを隠せない程、崇大の成長が達樹は嬉しかった。
「当初は、いつも店で扱っている弁当などをそのまま商材にする予定でした。ですが、実際に現場を見てルネ君の説明を聞き、俺たちの世界の料理やパッケージが受け入れられない可能性に気づきました。そこで、商品はなるべくパッケージから出して、異世界の人が見慣れた容器に詰め替えて販売しようと考えました。ですが、そのためには異世界の包装資材を調達する必要があり、街に入れない現状では、現実的ではありません。そこで、店から持っていく商材は調味料に限定しました。向田さんから処分に困っている瓶や樽があると先日聞いたので、日中のうちにいただいて来ようと思います。そこに店舗で仕入れた調味料を移し替えて商材にします」
「量り売りをするって事?」
それまで黙っていたルネが「ちょっと違う」と割って入った。
「関所前の広場で、自分で狩ってきた獲物を売ってる冒険者の女がいてな。そいつと……なんだっけ? なんとかテーケー?」
「業務提携」
「そうだ。そのギョームテーケーすることになった。女が狩ってきた獲物を僕たちが買い取って、僕の魔方陣で焼くんだ。そこに調味料を付ける。それが商品だ」
「なるほど、屋台飯か。ライブキッチンは匂いでも集客が出来るし、テント生活には炎の熱も購買意欲に繋がるだろうな。だけど調理と調味料だけじゃ、あまり価格は上げられないよ?」
「他にパンも売る。パンならどっちの世界にもあるし、袋からだして木箱に詰めて持っていけば、さして怪しまれないだろうからな」
そう言ったルネは、誇らしげだった。
文句を言いながら嫌々掃除をしていた子だ。商人になんてならないと頑なに拒否し続け、買い物もすぐに飽きて不貞腐れていた子だ。
崇大と二人。たった数時間で二人に何が起きたのか。
「持っていく調味料と、買い付ける食材のリストは資料にあります。食材はその日の獲れ高に左右されるので、足りない分を補えるように魚政さんに干物を発注しました。一日当たりの売上目標は四十食。二十二時に準備を開始。三十分後に移動開始。現地での買い付けと開店準備に一時間を見込んで、開店は零時三十分。閉店は五時です。撤去作業の後、店に戻って七時から反省会……という流れを想定しています」
「いいけど、営業時間が短いし、目標数も少ない気がするな。もう少し、強気にいけない?」
達樹の意見に反論したのはルネだった。
「店を出す準備も、片づけて帰ってくるまでの時間も、やってみなきゃわからないが、慣れずにもたつく可能性は大きい。時間内に帰って来られなきゃ、店は異世界に転移して僕たちは取り残されてしまう。営業時間に関しては慣れてくれば伸ばせるかもしれない。四十食は、二人で作って売るのに限界の数だ。僕が焼いてソーダイが調味料を付けて売るわけだが、ソーダイは調味料を付けて渡すのと会計を同時にやらなきゃならないし、僕は焼きながら強奪されないように警戒しなきゃならない。両手に串を持って一度に焼ける数は多くても六匹程度だし、焼きあがるまでに十分はかかる」
「それで、売価が、焼き魚を一尾百二十リビー、カエルの姿焼きを一匹八十リビー、この四十リビーのパンっていうのはどれのこと?」
「パンは店で五個入り百三十円で売っているテーブルロールを単品売りにします。干物は店で売るときと同じ価格で考えています。手間と調味料の分、コスト高になりますが……」
「う~ん……、ちょっと利益率が低いかなぁ?」
達樹は意地悪く言った。
何か言うたびに答えてくる二人を試すのが面白いのだろう。
その様子をユーゴは呆れながら眺めている。
次はどう返してくるのか? ワクワクしながら待っている達樹だが、ついに崇大は押し黙ってしまった。
その様子を見たルネが小声で話しかける。
ヒソヒソと話し合う様子は、仕事仲間というより仲のいい兄弟のようにも見えた。
崇大が小さく『お手上げ』のジェスチャーをしたとたん、ルネが達樹に食って掛かった。
「おい! お前はまた商いのイロハを忘れてるだろう! 商売ってのはな、安く仕入れて高く売るもんだ。そもそも物価が高いお前たちの世界で仕入れて売るのに、リエキリツ? とやらが大きくなるわけがないだろうが!」
ルネの怒号に、達樹は思わず俯いて笑いをこらえた。
楽しそうに計画を話したかと思えば、今度は商いのイロハを熱く語る。
「すっかり商売人だな」
達樹は小声でつぶやいた。
「とにかく、まったく前例がない状況ですので、やってみなければ何もわかりません。僕とルネ君は次の晩からこの資料に沿って作業を開始しますので、お二人にもやっていただきたいことがあります」
「え⁉ 俺も⁉」
すっかり他人事のつもりでいたユーゴを崇大が冷ややかな視線で捉えた。
「ユーゴさんは、営業のある日は必ず俺たちに魔物除けの魔法をかけてください。ルネ君と二人で現場に着いた早々にドラゴンみたいなやつに襲われました。今回はルネ君が倒してくれたから事なきを得ましたが、毎回だとルネ君の負担が増えます」
「まぁ、そのくらいなら」
「タツキさんには、チームの増員を検討していただきたいです。先ほどルネ君が説明した通り、二人での出店では出来ることが限られます。どこの国にも属さない無主地という法が届かない場所では一切が自己責任です。盗まれても襲われても文句は言えません。警備と調理を担当するルネ君には負担が大きいので、別に調理スタッフが一人欲しいです。食材の下ごしらえや、雑務だけで構いません。店から持っていく荷物と一緒に、あと一人はオスカーに運んでもらえます。もちろん、現段階での販売目標数と利益率を考えれば、スタッフを増員できる売上にはなりません。ですが……」
「わかった。スタッフの安全面の確保は俺の仕事だ。それはちゃんと考えるよ。ティッシュのチラシの件も、魔物除けの結界を忘れたのも俺の落ち度だ。ごめんね、そうだい君。じゃあ、今後一週間、この資料の通りに進めてみよう。ただ、二日目はそうだい君が休み。三日目はルネが休み。その代わりに俺が出るよ。二人ともずっと仕事だったから、そろそろ休まないと」
「俺の代わりはわかりますけど、ルネ君の代わりは難しくないですか? 魔法や、魔獣を倒せるだけの強さが無いと。それにオスカーに荷物と僕とタツキさんと、もう一人となると、運んでもらうのが、さすがに可哀そうですよ」
「そこは、大丈夫。ちゃんと考えるから」
「そうだ、シフト表! 僕の所の予定が何も書いてなかったぞ⁉ あれを書くのはタツキの仕事なんだろう? ちゃんと書いとけよ」
「シフト表? そんなのいつの間に覚えたの?」
「ユメが教えてくれた。あと、三十一日はユメとアイからパーティーの誘いを受けたからな。僕は休みだ」
「「パーティー⁉」」
達樹と崇大が驚きの声を上げ、ユーゴは楽し気に口笛を吹いた。




