第四十一話 無法地帯
「ルネ君、結論を出すのはまだ早いです。もっと教えてください。この世界の事、この場所の事、この世界に住んでいる人たちの事。さっきの女性のような売り方が、こっちの世界では一般的なんですか?」
何か考えがあるのか? わからない。
でも、そんなにワクワクした顔で聞かれたら、答えないわけにいかないじゃないか。
「街へ入ればまた違うが、無主地での行商はだいたいあんな感じだ。商品は布やロープで体に固定したまま。金を受け取った手で、同時に品物を渡す。品物を並べれば盗まれるし、座れば襲われるからな。常に立ってるんだ」
「それだと、商品はあまり用意できないですね。手に持てる範囲っていう事でしょう?」
「そうだな。だから、普通は無主地なんかでやらない。ギルドへの上納金を払っても国内で店を出すのは、そっちの方が楽で安く済むからだ。どうしても無主地で売りたいなら、三人以上でやることが多い。一人が売って、二人が周囲を警戒する係だ。それなら少しは品物を並べられる」
「人数が必要ですね。警備となると人選が難しいですが……」
「強さをアピールできなきゃ意味がないからな。さっきの女みたいに一人で売るなら、普通は武器を手に持ったままで品物の受け渡しをするんだ。あいつは両手に商品を持っていたけど、腰のベルトにロッドを差していただろう? 常に臨戦態勢だと周囲にアピールしているんだ。あの女が失神魔法で獲ったと何度も言っていたのも、商品の良さだけじゃなく、自身の強さを誇示する狙いがあるんだろう」
「そこまで警戒しなきゃいけないんですね」
「無法地帯っていうのは、そう言う事だ。前回のティッシュは見向きもされなかったが、無料配布の菓子は、こっちから配る前に強奪されかねない。ソーダイは僕から離れるなよ」
「わかりました」
魚から立ち昇る香りが変わった。
そろそろ食えるか?
「ほら、こっちの世界の食い物だ。食ってみろよ。料理とはとても言えないけどな」
「ありがとうございます。味付けもなしですね」
「旅に出るときは、岩塩を持って出るからな。岩塩をなめながら食うんだ。今は岩塩がないから、魚の味だけ。たいして美味くはないな」
魚に噛り付くソーダイの横顔に張り付いた『思案』は色濃く、消える気配はない。
ソーダイにとってここは異世界。
知らない世界の見慣れない文化を前にして、考えることは山ほどあるよな。
「ルネ君、作戦変更です。シリアルバーを配る相手は限定して、見返りに情報をもらいましょう。相手は、あの関所の衛兵。受付の人。あと魚を売ってた女性です」
「なんの情報をもらうんだ?」
「まず、衛兵には門が開くまでどのくらいかかるのか? おそらくこの答えは『未定』と返されるので、そのタイミングで、衛兵の人たちが食事をどうしているのかを聞きたいですね」
「なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「衛兵がお客さんになり得るからですよ。彼らは門のこちら側のトラブルに関与はしないけど、門のこちら側で買い物は出来ますよね? そして、彼らは職務でここに居て、法の下行動している。素性のわからない旅の人達より信頼できます」
「なるほど。いくら無主地に出てきたとしても、衛兵が商人を襲ったなんてことが知れたら、ただでは済まないだろうからな」
「受付の人には、ここで何が出来るのか? そのために何が必要なのかを聞きましょう。この場にいる人たちが利用できるサービスがわかれば、その隙をついたサービスを提供できるかもしれない」
「女には何を聞くんだ」
「彼女には何も聞きません。ただ、この広場で明日から俺たちも店を出すから、お互いにうまくやろうと挨拶するだけですよ」
「それだけで良いのか? てっきりこの場での商いのノウハウでも聞くのかと思ったが」
ソーダイの顔には『自信』がくっきりと出ている。
『覚悟』に支えられた大きな『自信』だ。
「そういう、挨拶が重要なんですよ。そこを間違えなければ、ノウハウやアイディアは後からきっと付いてくる。まず、受付から行きましょう」
『覚悟』と『自信』と『信頼』か。
弱っちい奴に指図されるのは胸糞悪いが、こんな顔してる奴なら意外と気分がいい。
どうせうまく行きっこないが、ソーダイがやるって言うなら付き合ってやるか。




