第四十話 命の理
関所前の様子にあまり変化はないな。
変わったことと言えば、門の入り口に机が置かれ、そこに行列が出来ている事くらいだ。
「あの机は昨夜来た時には無かった。国内と手紙のやり取りがどうのと言っていたから、その受付かもしれない」
「他に変化はありますか?」
「しいて言えば、野営の焚火の数が減ったかな? テントの数は変わらないように見えるから、人が減っているわけじゃないと思うが」
「あそこの人だかりは何ですか?」
ソーダイが指さしたのは、登山道から広場への入り口付近。
確かに、数人が何かに群がっている。
「行ってみよう」
「はいは~い! 押さないで! みんなの分あるからね~。カエルは五十リビー。ウサギは二百二十リビー。魚は八十リビーだよ~! 失神魔法で獲った上物だよ~!」
女が狩ったばかりの獲物を売ってるのか。
「兄さん! 何か買ってく? どれも失神魔法で獲れたて新鮮だよ!」
「商品は、全部ここ周辺で獲った物か?」
「そう! いま獲れたばっかり! 失神魔法で身くずれもなく質もいいよ!」
「魚の小さいのを二つもらおう」
「あいよ!」
受け取った魚は確かに失神魔法で獲ったのだろう。口にも鱗にも一切損傷がない。
魚を炙るための枝を探したが、辺りには見当たらない。
茂みの中も……、無いな。
枯れ枝どころか枯葉もない。
魚を刺せれば良いだけだし、この辺の枝を折るか。
似たようなことを考える奴が多いみたいだな。あちこち手折られた低木がそこら中にある。
僕とソーダイは少し離れた岩の上に腰かけた。
「先、越されちゃいましたね。他にもお店が出てるなんて」
「携帯食が底を尽きれば、狩りをして食うのは冒険者の定石だ。狩りが得意な者が獲物を売るのは、この状況ならありえるだろう」
僕は足元に枝で魔方陣を描いた。
「フレイムエイル」
魔方陣から小さな炎が立ち昇る。
「すごい。ルネ君も魔法が使えるんですね」
「初歩の生活魔法だ。人間やドワーフなんかは魔石が無いと魔法が使えないから、枯葉や枝に火をつける奴も多い。この辺りの枝や枯葉はみんな燃やされてしまっているんだろうな。パッと見える範囲でも二十はテントがある。あの数の焚火がこの数日ずっと焚かれていたんだろう」
魚を枝に刺し、炎で炙る。
「じゃあ、燃料が不足してきてますね。このままじゃ、暖をとることも難しくなる」
「このまま、この場所に大勢が留まり続ければ、木を切り倒し始める奴が出てくるだろう。そうなれば、その木や根本に住んでいた虫や小動物がいなくなる。それらを餌にしていた獣がこちらに牙をむくかもしれないし、そいつらを討伐すれば、それを餌にしてた魔獣が……。食い物も狩り続ければ、より大きく強い魔物を敵に回しかねない」
一所に留まり続け食べ続けるって事は、そう言う事だ。だから、狩る場所を変えることや狩りすぎない事、食い物を育てることが重要になる。
悪魔族はその理を真っ先に教え込まれる。
この辺りにいるのは人間とドワーフ、それにオーガくらいだ。
理を知らず、欲望のままに木を伐り、生き物を殺し続けるだろう。
「倉庫の奥に、夏に売った薪と木炭の残りが少しあります。売れるかもしれない」
「量はどのくらいある? 少なすぎると争いの火種になりかねないぞ?」
「薪は五キロの箱が四ケース。木炭は六キロが三ケースですから、このままじゃ足りないですね。追加発注をかけて納品は三日後になるかと……。それじゃあ、遅いですよね?」
「何もしないよりはマシって程度だな。薪や炭は街に入れれば不要になる。中には宿屋も飲食店もたくさんあるからな。門が解放されれば売れなくなるが、それでも買い付けるか?」
「そこは少しリスキーですよね。仕入れコストは元より、保管に場所も取るし、重量があるからオスカーの負担にもなってしまう。需要があるうちに高額で売れれば良いんですが……」
オスカーの顔は熊だが、ドラゴン族だから民家一軒分くらいなら運べるんだがな。
そんなことはわからないよな。
知らないなりに気を使ってくれてるのか。
ソーダイの顔は『思案』が強い。
『覚悟』と『決意』に支えられているが、『不安』と『好奇心』に揺れている。
「薪と木炭を売るとして、いくらで売るつもりだ?」
「木炭六キロは、店で売った時は千二百八十円でした。キャンプ場まで少し距離があるので安めの設定でした。ここでは需要を見込んで二千円台にはしたいところですね」
木炭が二千リビーだと⁉
「そんな高額で売れるわけがないだろう! 奴らに取っちゃ、売ってる薪や炭なんて木を切って乾かす手間が省ける程度の価値しかないんだぞ?」
「高すぎますかね? じゃあ、千六百円ならどうですか? 一番近くのキャンプ場で売ってるのと同じ金額です」
そうだ、忘れてた。
こいつらの世界は、たかが揚げ鶏一つに二百五十リビーもかかるんだった。
「ソーダイ、僕たちの世界では物の値段はもっと安いんだ。特にこの門の向こうのハキューネって町は、山林に囲まれていて林業が盛んだから薪は一ダールで六百リビー。一ダールはだいたい背負子一杯分。一晩中焚き続けても三晩は過ごせる量だ」
「そんなに安いんですか⁉ うちが仕入れる原価より安いじゃないですか!」
「さっき、僕が一匹八十リビーで魚を買っただろう? 同じ魚は無いかもしれないが、お前の世界であのサイズの魚はいくらだ?」
「川魚だから、安い魚でも百二十円から二百円くらいですね。……そうか、そんなに物価が違うんだ。よっぽどの付加価値が無いと利益をとるどころか、赤字にしかならないな」
タツキの奴、とにかく客さえいればいいと思ってたな?
他は何も考えてなかったんだ。
「こんな計画は全部無駄だ。全部タツキのせいだ。あいつ何にも考えないで到底無理なことを言い出したんだ。もう、帰ろう」
『高揚』に『期待』?
こんな無茶苦茶な計画に引きずり込まれて、なんで『思案』をやめないんだ?




