第三十九話 信頼
「あっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~‼」
「ソーダイ、うるさいぞ」
「飛んでる‼ と、と、と、飛んでっるぅ!」
お前が抱えて飛べと言ったんじゃないか。
首にしがみつくな。周りが見えん。
「お、おち、おちる!」
「落ちない。暴れるな」
「風‼ 風吹いた‼」
「ただの横風だ」
「飛ばされる‼」
「飛ばされてない。見ろ、ペリュトンの幼鳥に笑われてるぞ」
「しか~! 鹿が飛んでうぅ~‼」
「鹿じゃない。魔物だ。こいつらは影があるから大丈夫だ。こっちから攻撃しなきゃ何もしてこない」
オスカーは大丈夫で、ペリュトンにこの反応か。
おかしな奴だな。絶対にオスカーの方が怖いのに。
「ほら、そろそろ降りるぞ!」
僕はオスカーを召喚したときの草地に降り立った。
森の中から魔獣の気配がいくつも感じられる。
まずったな。
魔獣除けの結界をユーゴに掛けてもらってない。
関所の入り口には当然、結界が貼られている。
その周囲にいる連中も魔獣除けの対策はしてるはずだ。
いま、この周辺の森には、目の前にごちそうがありながら手を出せない魔獣で溢れている。
「ソーダイ、なるべく僕から離れるな」
「え? もう着いたんでしょう?」
「魔獣に狙われてる」
「魔獣なんて……どこに?」
キェェェェェー‼
ワイバーンか。
「うぎゃっ……」
ソーダイの口をふさぐのが一瞬遅れた。
気づかれたな。
「オスカー‼ ソーダイを連れて飛べ‼」
固まるソーダイを抱えて飛びあがるオスカーを追うように、ワイバーンが翼を広げる。
右足をひきずっている? ケガをしてるのか?
風を使って無理やり離陸したところを悪いが、後ろがガラ空きだ。
まず尻尾を掴む!
振り返ったところを……。
「フライム!」
ギギャァァァァ‼
その首もらった!
逆鱗に思い切り噛みつく。
口の中に溢れる血。
生き血は久しぶりだ。
旨い。身震いするほど旨い。
勿体ないが、一度落としてとどめを刺すか。
「ケッギャー! シャシャシャ、クシュ―」
オスカーも血の匂いに興奮してる。あとはオスカーにやろう。
「オスカー、ご苦労だったな。下に降りて荷物を降ろそう」
「おい、ソーダイ。生きてるか?」
目は一応あいてるな。
返事は聞こえないが、何やら口は動いている。
とりあえず、死んじゃいないなら良いか。
「オスカー、そこのワイバーン食ってていいぞ」
「ケッギャー!」
喜んで飛びついてる。
こんな大物は久しぶりだからな。
「僕たちが仕事を終えるまで、この辺で待ってろよ!」
他の魔獣の気配が消えている。
あのワイバーン、ベートの群れにでも手を出して返り討ちにあったんだろう。
しかし、この山中にワイバーンが一頭か。
珍しいこともあるもんだ。
ソーダイは両手で顔を覆いながら、うなだれて歩いた。
こうされると感情が視えないんだよな。
というか、足元は見えてるのか?
さっきから何やらブツブツと言ってるが、何を言ってるんだ?
怒ってるのか? 怯えてるのか? えぇ~い、わからん!
「おい、ソーダイ。その先に松明が見えるだろう。そこが関所前の広場だ」
おぉ、顔を上げた。
『覚悟』か。その後ろに『恐怖』と『混乱』がチラホラしているが、まぁ悪くない。
「ルネ君。運んでくれて、ありがとうございました。あと、ドラゴンもやっつけてくれて助かりました。お客様の前に出る前に、身だしなみを整えましょう」
ソーダイはポケットから何か小さな板を取り出した。
「なんだ、これ? 鏡か。ずいぶん映りがいいな。軽いし。本当にお前たちの世界の素材はよくできてる」
「鏡じゃなくて、そこに映った顔を見てください。口の周りが汚れてますよ? ちゃんと拭いて綺麗にしてください」
ソーダイはティッシュを僕の顔にこすりつけた。
「冷たい! しかも臭いぞ⁉」
「アルコール消毒用のウエットティッシュです。ちょっと我慢してください」
そんなにゴシゴシ擦るなよ!
あぁ! 頭を押さえるな!
「暴れないでください。ちゃんと汚れが落ちないでしょう?」
「ソーダイ! 僕に話し方が偉そうとか言っておいて! お前の方がよほど偉そうじゃないか! 僕を誰だと思ってんだ! 食われたいか!」
「食べませんよ」
ソーダイの口調は落ち着き払っている。
顔に浮かび上がった『覚悟』の裏に、『恐怖』と『混乱』。さらに奥、あれは……なんだ?
「ルネ君は俺の友達で、職場の後輩で、今は部下です。俺にはルネ君に仕事を教える責任があるし、ルネ君も仕事を覚える責任がある。俺たちは仲間です。ルネ君は俺を食べない」
『覚悟』を揺らす『恐怖』と『混乱』。その奥でそれらを抑えるのは……『信頼』。
「……鏡とティッシュを貸せ。自分でやる」
ソーダイが今日はじめて微笑んだ。
『覚悟』『信頼』『安堵』『親愛』
こんな感情を向けられるのは初めてだ。




