第三十八話 ティッシュ配りの真相
「おはようございま~す」
二十二時三十分。
ようやくソーダイが降りてきた。
事務所に入ってくるなり、疲れ果ててるじゃないか。
「お前、寝たんじゃなかったのか?」
「寝たんですけど、足りなかったみたいです」
力なく笑う顔に、生気がない。
首の上からがっくりと落ちた頭が、ぐらんぐらんと周囲を見渡す。
動きが気持ち悪いな。
「タツキさんは?」
「タツキとユーゴは、今日は休みだそうだ。絶対に今夜中にやらなきゃいけない仕事を忘れてたとかでな。タツキは、さっき指示だけ出して部屋に戻っていった。伝えるぞ? いいか?」
「あぁ、はい。お願いします」
虚ろな目で瞼が今にも閉じそうだな。
大丈夫か?
「まず、ソーダイは予定通りにリスト作成。僕はリスト作成の手伝いが終わったら、オスカーと一緒に関所の前に行って、次の夜に出店を出すことを知らせてくる。それ以外の細かいことは、ソーダイの判断に任せるそうだ」
ついに腰からグラグラし始めた。
三秒に一回、瞬きをする。
「わかりました。……じゃあ、リストは粗方出来て資材のピッキングも終わってるので、それは省いて大丈夫です。ルネ君には持って行ってもらいたいものがあるので……、えぇ~っとどこに置いたっけ?」
おいおい、本当に大丈夫か? よたよたしてるじゃないか。
人間は食うだけでは回復できないだけじゃなく、睡眠が足りなくてもダメなのか。
厄介な生き物だな。
「あぁ、あった。これこれ」
ソーダイが大きなカバンを事務所のすみから引きずり出した。
細長い枕型の袋に入った何かだ。それがたくさん詰め込まれている。
「シリアルバーです。昨日で販売期限が切れてしまったので廃棄しないといけないんですが、まだ食べられるので、せっかくならこれを無料配布したらどうかと思って。これ、仲買さんから半値で良いからって泣きつかれて、タツキさんが大量に仕入れちゃったんですよ。元々販売可能期間が短くて売れ筋商品でもないし、大量に余っちゃったんですよね。全部で七十個あります。これに、ティッシュに挟んであったチラシをくっつけようと思ったんです。ティッシュだと受け取ってもらえないって言ってたでしょう? でも、それは止めました」
「なんでだ? ショッピングモールでもチラシに菓子を付けて配ってる奴がいたぞ? 菓子目当てに受け取った奴がチラシを読めば、僕は何も言わずに配るだけでいいじゃないか」
ソーダイは事務所の反対側に置いてあった箱から、ティッシュを取り出した。
「ルネ君、このポケットティッシュのチラシは見ました?」
「いや、よく見てはいないな。ただ配りゃいいもんかと思ってたから」
「じゃあ、ここに書いてある文字を読んでみてください」
文字を読めって? 何を言ってんだ? 店の宣伝が書かれてるだけだろう?
「あれ? これって……」
「そう。日本語、俺たちの世界の文字です。地図や電話番号も書かれてるけど、これもまた俺たちの世界の物。このポケットティッシュは、ずいぶん前に新道沿いで配った残りだったんですよ」
「僕たちの世界の奴らには何が書いてあるのか読めないし、地図の意味も無いって事か。なんだ、配る必要なかったんじゃないか」
「そういうことです」
「じゃあ、口で説明しながら配らなきゃならないのか……。面倒くさいな」
「そうなんですよね。報告書に書いておきますよ。次からはルネ君たちの世界の文字でチラシを作れるように。今回は、申し訳ないんですが口で説明してください。長いセリフは大変でしょうから『これは挨拶の品です。明日の晩には、もっとたくさんの品物を売りにきます。ぜひ買いに来て下さい』くらいで良いと思います」
「それ、短いのか?」
「本来なら店名を名乗るところなんですよ」
あぁ、納得。
だが、これを配るのか……。
「ソーダイ。この菓子は袋に入ったままじゃないとダメなのか? 僕の世界にこういった形状の袋は無いんだ。開け方がわからない」
「このギザギザしたところを両手で持って……」
「違う、違う。僕のように開け方がわからない奴らに次々と配れば、次々と開け方を教えろと言われるじゃないか。無料配布であることを説明して、行商の宣伝をして、袋の開け方まで一人一人にやってられないぞ? ティッシュならともかく食い物だと殺到しかねないし、あそこにいる連中は予定が狂ってイライラしてるんだ。開けられない菓子を渡されたと暴れだしかねない」
「そうか、そうですよね。開けちゃうと衛生上よくないけど……。あ、ホットスナックの紙袋に入れ替えましょう! 上を折りたたむだけにすれば、だれでも簡単に食べられますよね!」
う~ん、それはそうなんだが……。
なんでソーダイは目を見開いてるんだ?
『興奮』『期待』『高揚』……あの巨大な『疲弊』はどこ行った?
「よしっ、じゃあ、キッチンから袋のストックを持ってきて詰め替えましょう!」
うわぁ、これ全部詰め替えるのか。
余計なことを言ったか? でも大勢から開けられないと詰め寄られるよりましか?
参ったな。
「ルネ君。やっぱり俺も一緒に行こうかと思うんですが、抱えて飛んでもらえます?」
「そりゃあ構わないが、店に誰もいなくなってもいいのか? どうせ客なんか誰も来ないだろうが、店番がいなくなったと知ったらタツキが怒るんじゃないのか?」
『落胆』『苦慮』
ソーダイは「う~ん、そうですよねぇ」と唸りながらも、菓子の袋を破る手を止めない。
「別に、僕一人で大丈夫だ。昨日より人数は減ってるかもしれないし。オスカーもいるしな」
「俺が心配してるのは、ルネ君の話し方なんですよ」
「話し方? なにか変か?」
「ユーゴさんから聞いたんですけど、ルネ君って貴族なんですよね? だからかもしれないけど、ちょっと偉そうって言うか……、お客様を招くのには違うかなぁって」
「そうか?」
「ルネ君、例えばルネ君よりも偉い人に対して挨拶をするときは、何て言います?」
僕より偉い人? おじい様に挨拶するとしたら……。
「ごきげんよう……かな?」
「あぁ~、そうか! そうなるんですね! ルネ君、関所前にいる人たちは貴族じゃないし、ルネ君も貴族としてじゃなく店員として話をするんですよ。畏まる必要はないけど、買ってくださいとお願いする立場なので、丁寧な言葉遣いが必要なんです。うちの店のみんながお客さんと話してる時の言葉遣いを覚えてますか?」
「お前やマエダみたいな話し方をするかな?」
「そうです。俺は元々、言葉遣いが雑な方なので、日ごろから気を付けて話してるんですけど、夢ちゃんや愛ちゃんもお客さんに対しては丁寧に話しているでしょう? それをルネ君が出来るかちょっと不安で」
「そんなに気にすることか? これまでこっちの世界の商人の手伝いもやったが、話し方なんてとやかく言われたことないぞ?」
ソーダイは次々と菓子を開けながらも大きくため息をついた。
「そこなんですよ。こっちの世界の常識がわからないので、出来れば実際に会って、話してみたいんですよね。この世界の人たちと」
「わかった。じゃあ、お前も一緒に行こう。店番はエステルに頼めばいい」
「え? 良いんですか? エステルさんは従業員じゃないのに」
「タツキが言ったじゃないか。頼みたい事があれば、僕がエステルにお願いすればいいんだ」




