第三十七話 依頼
「僕が儀式を行うかどうか、その答えを出す前に、僕からも聞きたいことがあるんだが?」
「まぁ、そうだろうな。何から聞きたい?」
「いま亜空間にいるヴァンパイア達を救出、保護した経緯を最初から聞きたい。いくらドラクールが人間との友好関係にあるとはいえ、さすがに冒険者ギルドに依頼を出すとは考えにくい。ドラクール領地外の人間であるお前が、依頼を受けるに至った切っ掛けはなんだったんだ?」
ユーゴは酒が入ったグラスを指先で弄びながら、目線をせわしなく動かした。
「うぅ~ん。どう言ったらいいものかな? まず、知り合いのベルゼビュートからリシャールが魔素欠乏で臥せっているから、近くベルゼビュート家の代替わりが行われると聞いた。その時、屋敷には齢八十五の子どもがいて、後ろ盾になるようなヴァンパイアがいないようだから力になってほしいと頼まれた」
「僕の事を知ってるやつなのか?」
「おっと、そこは守秘義務だ。本人からばらさないように言われてる。ちなみに、その時は他の仕事が立て込んでて、時間が出来たら様子を見に行く約束だけした。少しして、トロキオ王国内の……割と上の方から直接の呼び出しがあって……あぁ~、これどこまで話していいんだ? たぶん国家機密なんだよな。でも、ベルゼビュート家はトロキオ三方守護の一角だし、本来なら関わってる案件なんだよな……。うぅ~ん。ルネ! お前、口は堅いか?」
「言うなと釘を刺されたことを漏らすほど馬鹿じゃない」
「よし! 信じるからな⁉ 絶対だぞ⁉ トロキオ王国を敵に回したら、俺なんか一瞬だぞ? 一瞬で炭どころか灰だから。塵も残んないから」
「わかった、わかった。絶対に誰にも言わない。約束する」
ユーゴは大きく息を吐き、また一息に酒を飲みほした。
「トロキオ王国の防衛の仕組みは習ってるな?」
「三方守護と三方大使の六芒星拠点の事だな。ベルゼビュートは西方守護を担っている」
「そのとおり。トロキオ王国は、魔王城を中心に六芒星の形に防衛拠点を置いている。三方守護は、西のベルゼビュート、北のアスタロト、東のマモン。この三家は軍事を担当している。基本は専守防衛だが、戦闘力が高く他国からの侵略の抑止力になっている。三方大使はトロキオ国外の三か所に置かれた外交機関だ。北東のベルフェゴールはミッレフォーリアのダンセプラ市、南のレヴィアタンはトロキオ南方沖の海底、北西のアスモダイはカヌセーヌのヴィラジエル市。駐在している国やその周辺諸国との交渉や連携、情報収集を担っている。人魔大戦以前は守護の権力が強かったが、敗戦後の条約の影響で、守護と大使の権力差に変動がおきてる。要するに、守護の力が弱まった事で自分が強くなったと勘違いした大使が調子に乗ってんじゃねーの? って疑いがあるわけだ。俺が受けた依頼はアスモダイ家の調査。他の大使の調査は別の奴が受けてるはずだ。―……で、調査を進めるうちに、アスモダイ家よりもベルゼブラ家周辺のヴァンパイアが不審な動きをしていることがわかったわけ。あいつら、アスモダイ配下サタナキア領内の娼館を根城にして悪だくみしてやがったからな。それで、ドラクール家への襲撃計画を聞いて、エミール……エステルのパパに忠告をしに行って、依頼を受けたって流れだ。あとは、前に話した通り」
大使と守護の権力差か。そんな話も僕は聞いたことがなかった。
ベルゼビュート家とアスモダイ家は、大戦以前から上下なく対等に付き合ってきたと聞く。
レヴィアタンは、大戦時に奪われた諸島一体をベルゼビュート軍が取り返した事で恩義があると聞いた。
他の守護と大使が今どんな関係性でいるのかなんて、知ろうとも思わなかったな。
「……ユーゴ、僕の依頼も受けてくれるのか?」
「依頼? なんでまた?」
「僕は魔術が得意じゃない。変装するのに、力を貸してほしい」
「変装? なに、なに? 探偵ごっこでもしようっての?」
「会いたい相手がいるんだ。場所はカヌセーヌ王国ヴィラジエル市の宿場町ボクーマ。サタナキア領の隣だ」
「あ~ぁ、あぁ、なるほどね。その真っ白な髪と赤い瞳は、ベルゼビュートに多く生まれる特徴的な色だからな。トリスタン派の連中に見つかったら、やべぇわな。じゃあ、目と髪の色の変化術をかければ良いって事か。それならエステルに頼んだ方が早いんじゃねぇの?」
「エステルには……頼みたくない」
学校で教わるような初歩の魔術を教えてくれなんて、みっともなくて言えるか。
「まぁ、女の前ではいい恰好していたいよなぁ。いいよ、いいよぉ。何色にする? エステル嬢がお好みのピンクにしちゃう?」
「ユーゴに掛けてもらうんじゃなく、自分で変化術を使えるように教えて欲しいんだ。相手に僕だとわかってもらうために、向こうに着いたら術を解かなきゃならないからな」
ユーゴは片手で口元を覆い、何か考えるように目を伏せた。
なんだ? 何か気に障ったか?
「……俺を一緒に連れて行こうっては、思わないんだ?」
「ユーゴは、人前を避けたいんだろう?」
「そこ、尊重してくれるんだ?」
「ハキューネの関所前に行くのも憚れるのに、ボクーマはもっと賑わってるんだぞ? 行けるわけないだろう? ……。あぁ、そうか。ボクーマは娼館が多いからな。行きたいのか」
「そりゃあ! 行きたくないって言ったらぁ~、嘘になりますけっどぉ~。……じゃ、なくってよぉ! 自分の身に危険があると思って変装までしようってのに、なんで護衛を付けようって発想にならんのかな? この、お坊ちゃんはよっ!」
あぁ、なるほど。
冒険者に教えを乞う奴なんていないからな。
普通なら護衛依頼だと思うよな。
「それは、考えてなかった」
「っかぁ~! まったく、最近の若い貴族はこれだからっ! 危機感! わかる⁉ いのちだいじに‼ ガンガンいかない‼」
「年齢で言ったら、僕の方が上じゃないか。ユーゴは人間だろう?」
ユーゴはゆっくりと顎を上げ、意味ありげにニヤリと笑い、僕を見下ろした。
「俺をそこいらの人間と一緒にしてくれるなよ。人前に出たくないって言ったのは、面倒だからだ。考えてもみろ? 親友の頼みとはいえ、なんで冒険者の俺が行商人の真似事なんかしなけりゃなんないのよ? ないでしょ? フツーに考えて、だるいでしょうよ。俺は魔法戦士ユーゴ・ドルトー。カヌセーヌとモンポワの冒険者ギルドではSランク。シルンコリヌでは超一級。ベルゼビュート家当主御令孫の護衛の方が、だんぜん似合うと思いませんか?」
「……いいのか? あ、でも依頼料が……。今は手持ちがあまりないんだ」
「依頼料のあてはいくらでもあるさ。俺のベルゼビュートの知り合いは一人じゃないし。どいつもこいつも金持ってんのよ。そして、お前が当主の座に就くことを望んでる。真ベルゼビュートの儀式が終わるまで、俺がしっかり守ってやるよ。おれにまかせろ」




