第三十六話 ベルゼビュート家を継ぐという事
「ユーゴの部屋は何もないな」
「あぁ、作る? 椅子とテーブル? ソファーとローテーブル? 俺のおすすめは巨大クッションとちゃぶ台」
ユーゴはまた魔術文身からカードを取り出し、床に放り投げた。
カードが閃光を放ち、大きなクッションと円いローテーブルが現れる。
テーブルは酒とつまみを並べたら、隙間なく天板が埋まった。
「せまいな」
「それは、ルネがオスカーを連れてくるからでしょうよ」
「キュギュー!」
「仕方ないだろう? 僕の部屋はソーダイが寝てるし、オスカーは僕から離れないんだから」
ユーゴはブツクサ言いながらも僕のコップに酒を注いだ。
「ルネとは一度ちゃんと話そうとは思ってたんだ。成り行きとはいえ、ヴァンパイアの領分にだいぶガッツリ関わったからな」
「僕もゆっくり話したいと思ってたところだ。一昨日はエステルがいて、あまりゆっくり話せなかっただろう?」
酒を一口含む。柑橘の味と香りがするが、どこか刺々しい。
鼻を抜ける酒精の香りが異質だ。これが異世界の酒か。
酒は僕の世界の方が美味いな。
「お前、ほんっと~にクールアンドドライだな。十年も消息不明だったんだぜぇ? エステルの気持ちも汲んでやれよ。お前が当主になればハッピーエンドだと信じてるんだ。可愛いじゃねぇの。叶えてやろうとは思わねぇの?」
「叶えてやるも何も、僕はおじい様からベルゼビュートを継ぐための教育を受けたが、継承権順位は一位じゃない。伯母上が亡くなり、継承権は伯父上に移行している。伯父上の次は伯母上の子が二人。僕はその後だ」
「それは知ってるさ。ベルゼビュート家の独特な継承順位はな。ただ、男として、恋人の涙にほだされたりしねぇのかと思ってさ」
「感情が優先されていい事柄じゃないだろう?」
「ごもっともで。しかしさぁ、その伯父さんはリシャール存命の頃から当主にはならないって言い張ってたらしいじゃん? 伯母さんの二人の子ども、ルネにとっては従兄弟か。この二人は人魔大戦で行方不明のまま。戻ってくる見込みはない。心のどっかでさ『俺がやんなきゃ』みたいなのはあるんだろ?」
「そりゃあ、まぁ……」
それは僕がというよりも、おじい様が考えていたことだ。
だから、僕は屋敷に連れてこられたんだから。
「なぜ、そんなにベルゼビュートの内情に詳しいんだ? ドラクールやブラドラのヴァンパイア達も知りえない事だ」
「そりゃあ、調べるさ。ベルゼブラに対抗できるのはベルゼビュートだけだからな」
「どうやって?」
「……企業秘密と言いたいところだけど、特別に教えちゃうか。誰にも言うなよ? エステルや他のヴァンパイア達には特に言うな?」
「精神支配系魔術の応用か?」
「そんな複雑なことじゃない。単純な話、ベルゼビュートの知り合いがいるんだ。古い馴染みさ。大戦以後、リシャールは年に一度、一族が会する宴の参加を強制しなくなった。当然、集わないことを選ぶベルゼビュートも出てくる。ルネが会ったことがないルネの親戚は、結構いるんだ」
「聞いたこともなかった」
「おじい様は、お前にとって理想の当主で、強く賢く冷徹だっただろ? それは間違っちゃいない。宴に参加していたベルゼビュートはみんなそう思ってただろう。だが、それだけがリシャールの本質じゃあない。当主の元に集わない一族。父の跡を継ごうとしない息子。戦死した伴侶と娘。行方不明の孫……。どれもリシャールにとって恥部ともいうべき事実だ。お前はリシャールの意志を継ぐなら、それを知らなきゃならない」
ユーゴが酒をあおる。
一息で飲み干したグラスにさらに酒を注ぎ、僕のグラスにも酒を継ぎ足した、
おじい様の遺志を継ぐこと。
おじい様は僕に当主になる事を望んだ。
人間に代わる食料を探し出し、人間族を含めた周辺諸国の他種族との友好関係を望んだ。
毎朝、屋敷の裏の墓地で深く祈っていた。
伯父上が屋敷に戻るたびに言い争い、伯父上が出て行ったあとはひどく落胆して、僕を抱きしめた。
僕は、おじい様の希望でありたかった。
おじい様に笑ってほしかった。
でも、本当は、怖い。
僕は出来損ないなのに、儀式をして真ベルゼビュートになれるかわからない。
真ベルゼビュートというのは、ベルゼビュート家の血を引くヴァンパイアが当主になるための儀式を経て、新しい特殊スキルを得て既存の能力が強化された状態を言います。
儀式を行う以前と比べて能力値が上がるため『進化』とも言えますが、彼らの祖先であるベルザラック・ベルゼビュートに近しい能力を有することから『先祖返り』とも言える存在です。
見た目の姿に変化はありません。
〈『悪魔族の生態、その多様性を考える・第三章ヴァンパイア族の序列と絶対の忠誠』より、抜粋〉




