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第四話 昼休憩

「美味しいですか?」

 マエダは次に温め終わった弁当を運んできた。

 レンジは便利だが、一度に一つしか温められない。

「悪くない」

「全部、食べられそうですか? 食べきれなかったら倉庫の冷蔵庫に入れておいても大丈夫ですよ?」

「まだ弁当四個目だぞ? あと弁当二個とパンを六個に菓子が四箱くらい、たいした量じゃない」

 マエダは「その小さい体のどこに入るんだか」とボヤキながら、空になった弁当箱を持ってカウンターへ戻っていった。


 この世界の料理はずいぶん塩辛いが、多様な味付けで飽きなくていい。

 主食はリブランのようだが、ずいぶんモチモチしていて甘みがある。

 セザムを振りかけたり、細かく刻んだ葉のようなものを混ぜてはあるが、味付けはしてないみたいだ。


 主菜は、どれも味が濃い。

 肉を焼いただけに見えるがテカテカと茶色く光っている。

 何かソースが絡ませてあるのかもしれないな。甘しょっぱくて、ずいぶん複雑なうま味があるソースだ。


 こっちの肉は、最初に食べた肉に似ている。オレンジ色のカリカリに包まれていて、噛むとジュワッと脂がしみだしてくる。

 これは上に白いソースがかかっているな。

 ちょっと酸味があるが、こってり感はしっかりと感じられて美味い。


 こっちは魚か? これも焼いただけに見えるが、ずいぶん味が濃厚だな。

 魚のわりに歯ごたえもしっかりしていて、噛むたびに味が口に広がってくる。

 焼いただけの魚が旨いなんて初めてだ。

 この魚を食べてからリブランを食うと、すごく美味いぞ。

 交互に食べると、いくらでも食えそうだ。


 少しのどが、渇いたな。

 さっき、ピッキングしてる時に水だと聞いて持ってきてはみたが、このプニプニへこむ妙ちくりんな瓶は、どうやって開けるんだ? 

 コルクは無いが、白い蓋で覆われてる。


「なぁ、これはどうやって飲むんだ?」

 温め終わった弁当を持ってきたフルカワに聞くと「あぁ! ちょっと待ってて」といってカウンターへ向かい、コップを手に戻ってきた。

「ちゃんとコップで飲まないと行儀悪いからね。サービスで注いであげる。うちの子は、すーぐペットボトルから飲むから、ちゃんと座ってコップ使えって言ってんだけど、ちーっともいう事聞かなくってさ。はい、どうぞ」

「……どうも」

 このババアは喋ってないと動けないのか? 

 ハーピーみたいだな。


 さて、次は何を食うか……。

 これは、他の弁当と形が違うな。

 楕円形の箱にリブランと茶色い煮込みのような汁。

 リブランにはハーブがかかっているようだが……。

「ルネ君、日本のカレーライス初めて? これはルーがけっこうシャバシャバしてるから、スプーンじゃないと食べにくいよ」

 フルカワはそう言って、エプロンのポケットからスプーンを取り出した。

「じゃあ、次のお弁当あったまったら、また持ってくるから。ごゆっくり~」

 口やかましいのさえなければ便利なおばさんなんだがな。


 ―で、これはカレーライスというのか。

 見た目は赤ワイン煮込みに似ているが、香りが全然違うな。

 具は芋と肉と、これはキャロか?

 一口なめてみただけで、幾重にも折り重なった味と香りが口から鼻に抜ける。

 なんだこれは⁉ 

 鮮烈で複雑に絡み合ったスパイスの香り。濃厚なソースは野菜の旨みも肉の甘みも包み込んで、心地よい辛みに刺激されていくらでも食えそうだ。

 異世界のモチモチした甘みがあるリブランにかけて食うと、塩味も辛みもまろやかになって、スプーンが止まらない。


 だが、やはり『食事』にはならなそうだ。腹には溜まるが力が湧いてこない。

 僕はゼリーインリョウを手に取った。

 さて、これはいったいどうやって食えばいいのか? 

 咥えて吸うとか言ったな。とりあえずこのペコペコ凹む柔らかい部分を噛んでみるか。


「何してるんですか?」

 誰だ? この真っ黒い肌の男は。背はさほど高くないが妙にがっしりとしているな。

 ドワーフか? 僕の休憩を邪魔するとはいい度胸だ。

「見てわからんのか? 飯を食ってるんだ」

「アルミパックに噛り付いてるようにしか見えないけど……」

「アルミなんちゃらではない。これはゼリーインリョーだ」

 男は面食らったようにボリボリと頭を掻きながら後ずさった。

「ゼリー飲料なのは、見ればわかるんですけど……」


「そうだい君! まずエプロン付けてタイムカード押してきて!」

 マエダがカウンターから男に呼びかけた。

 ソーダイと呼ばれた男は「はい!」と返事をすると、僕の耳元に顔をよせ「飲み方教えるから、ちょっと待っててください」と小声で言ってからジムショへ入っていった。

 察するに、あいつもこの店の従業員か。


 色黒ドワーフはすぐに戻ってきた。

 エプロンをつけて、いくらか髪を撫でつけてきたようだが、さして身なりが整ったようには見えない。

 カウンターの内側でマエダと何か話していたが、あとから来た客にマエダを取られたようで、話が途中だったのか多少オロオロしながら僕の隣に座った。

「はじめまして。山下です」

「ヤマシタ? ソーダイとか呼ばれてなかったか?」

「あぁ~、フルネームは山下崇大(やましたたかひろ)って言うんですけど、熊楠さんに『そうだい』って間違えて呼ばれたら、なんか定着しちゃって。ルネ君もよかったら『そうだい』って呼んでください」

「わかった」

 ずいぶんと人懐こい奴だな。

 しかし、今までの人間どもと比べたら腰が低くて好感が持てる。

 それにしても、あいつヤマシタタカヒロをソーダイと間違えるって、どうやって間違えるんだ? ホントによくわからん。やっぱり人間じゃないのかもしれないな。

「ルネ君、これ飲むの初めてですか?」

「初めてじゃない。前に飲んだ時は寝てただけだ。飲み方を教えてくれるんだろう?」

 ゼリーインリョーを受け取りながら、ソーダイは不思議そうに声を上げる。

「寝てた……? 誰かに飲ませてもらったんですか?」

 驚いているな。

 こっちの世界でも、寝ている間に無理やり物を食わせるような奴はまともじゃないのか。

 しかも、それで一回殺しかけたとか宣いやがった。

 あいつ、本当に腹立つ!

「タツキが勝手に咥えさせたと言ってた。だから、自分では覚えていないんだが……」

 そこまで言うと、ソーダイは「ひゅっ」っと息を吐きだして僕のゼリーインリョーを落とした。

「おい! 何して……」

「く、咥えさせた⁉ くまっ熊楠さんが⁉ ね、ね、ね、寝てるっあいだっ、に?」

 おい、近づくな! お前もか。

 いきなり肩を鷲掴みにするんじゃない!

 この人格豹変と距離感が壊れるのは異世界人の特性なのか?

「そんなことはいいから、早く飲み方を」

「そんなことじゃないですっ‼」


 バンッ!


 テーブルを叩くな。

 マエダとフルカワがこっちを見てヒソヒソ話し始めちゃったじゃないか。

 僕は、面倒事はごめんなんだ。

「なんだって言うんだ? 僕はこれの飲み方がわかればいいんだ。さっさと教えてくれ」

「あ、そう……ですよね。すみません」

 やれやれ、落ち着いたか。

 ソーダイは落ちたゼリーインリョーを拾い上げるとカウンターへ持っていき、マエダに何やら話をしてから新しい物と交換してきた。

「落としちゃったんで、新しいのを用意しました」

 笑顔が引きつってはいるが、なかなか気が利くじゃないか。

 人格豹変病もタツキほど重症じゃなさそうだし、こいつならこの世界での眷属にしてやってもいいな。


「まず、この出っ張っている部分が吸い口です。この蓋をひねって開けるんですが、容器の真ん中を持って開けると、開いたとたんに中身が漏れ出してしまうので、吸い口の出っ張りの部分を押さえるといいです」

 言われたとおりに蓋を回したのに、開かないぞ? これ以上回そうと思えば出来るが、壊してしまったら厄介だな。

「おい! 開かないぞ」

「少し力を入れて回してみてください。ストッパーリングが外れるので、そうしたら蓋を外せます」

 そうか、少し力を入れるのか。加減が難しいな。


 カチッ


「開いた!」

「吸い口に口をつけて吸い込むんですけど、容器を押しながらだと飲みやすいですよ」

 甘酸っぱい汁とデロっとした塊が口の中に滑り込んでくる。レザンの果肉に似ているが、味が口内にまとわりつくようにしつこい。

 さして旨いとは思わないが『食事』をしている時と似た感覚はあるな。

 口から全身に力が広がって核に集まり凝縮する感覚。


 ……。ところで、ソーダイはなぜ僕がゼリーインリョーを飲んでいる様子をこんなに凝視してくるんだ? 僕がこぼすとでも思っているのか? 

 いや、これは『心配』ではないな。『不安』、『緊張』、あの瞳の揺れは若干『恐怖』も混じっているか。

 やっぱり、ゼリーインリョーは大したものだ。能力が戻ってきている。


「ルネ君! そろそろ休憩時間終わりますから、そうだい君と一緒に倉庫に来てください」

 なんだ、もう終わりか。

 まぁ、いい。腹も膨れたし、力も溜まった。まずは情報収集だ。


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