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第三話 ピッキング

タツキは寝る前に、どこから出したのか服を一揃いと自分が付けていた前掛けを僕に渡した。この前掛けはエプロンと言って、描かれている模様はこの店の名前らしい。

このエプロンを付けることで、この店の店員だとわかるのだそうだ。

服はタツキの物だろう。僕には大きいが、袖と裾をまくってベルトを締めたらなんとか着られた。

しばらく着替えも出来てなかったからな。

多少ダボついていても汚れていないだけ着心地が良い。


 マエダが僕に教えるのは掃除ばかりだ。

床を穿いた後は、外のガラスを拭く。そう、この巨大なガラスの壁だ。

その次は建物の周辺の掃き掃除。店内のイスとテーブルの拭き掃除。

いくつもある棚の埃取り。

 元の世界でも商人の手伝いをしたことはあるが、掃除なんてやったことなかった。

あっちの店舗はだいたい建物も棚も木やレンガで出来てる。たまにちょっと埃を掃ったりはしているようだったけど、こんなに全体くまなく掃除しなくても汚れが目立たないんだ。

この世界の金属やガラスはツルツルピカピカで綺麗だが、汚れが目立ちすぎる。


 マエダにゼリーインリョーはあるか聞いたら、カウンターの向かいの棚からすぐに手渡してくれた。

 金属のような光沢があるのに、少しの力で凹む。不思議な容器だ。

上部に小さな白い突起がついているが、これも不思議な素材だな。

タツキはこれを僕に咥えさせたと言っていたが、どう咥えるものなんだ? 

何か文字が書かれているが、さっぱり読めない。

 言葉は通じるのに、文字は読めないっておかしなもんだな。

「マエダ。これはいくらだ?」

「それは二百二十四円ですよ。買うなら、従業員割引で二百円くらいかな?」

 レートは一対一と言ってたから、二百リビーか。

食べ物と考えると量的に安くはないが、これを六個でここまで僕が動けていることを考えると、一度の『食事』に相当する。

 千二百リビーで『食事』の代わりになるなら破格だし、これなら身の危険もない。

 いつもなら盗むが、ここでしか手に入らないなら得策じゃないな。

定期的に買いに来られればそれが一番安全か。

「マエダ。これはいくつあるんだ?」

「さぁて……、いくつあったかな? たしか裏にも在庫があったはずだが」


 そんな話をしている間に、また「おはようございまーす!」の声が響く。

「古川さん、おはようございます」

「あれ? 新しいバイト君?」

 今度はずいぶん喧しい女が現れたな。

でかい図体にでかい口。何より耳障りなでかい声。

そういや、どっかの冒険者ギルドの受付にもこんなおばさんいたな。

「新人のルネ君です。熊楠さんの知人の紹介だそうですよ」

「ルネ君! ハーワーユー!」

「は?」

 何、言ってんだ? このババア。

「あぁ、ルネ君は日本語が喋れるので、普通に話して大丈夫ですよ」

「そうなんだ! よろしくね! 若いねぇ。うちの息子と変わんないみたいに見えるわ。うちの泥だらけ坊主よりずっとイケメンだけどね! 何歳? 高校生かな?」

「八十五歳」

「やだぁ! 冗談まで言えるんだぁ! 本当に日本語ペラペラなんだね。どこの国から来たの? 日本語の勉強大変だったんじゃない? 偉いねぇ~、その歳でよその国で働いて。うちのバカ息子にもちょっと見習ってほしいわ!」

 冗談ではないんだが……。

まぁ、訂正するのも面倒だし、放っておくか。

こっちが黙ってても勝手に喋ってるだけだからな。存分に喋らせとこう。


「古川さん、着替え終わったら少し表を任せてもいいですか? ルネ君にバックを案内したいので」

「はぁ~い!」

 ババアはズンズンと店の奥に消えていった。

ただ歩くだけでも喧しいんだな。

そうこうしていると、また誰かが店に入ってくる。

「おはようございます」

えらくのんびりした声の主は、すっかり腰が曲がり縮こまった婆さんだった。

少なくなった真っ白い髪の毛を、それでもなんとかまとめて髪飾りまで付けている。

「いらっしゃいませ、向田さん。注文票お預かりしますね」

 マエダがカウンター越しに話し始めたところを見ると、この婆さんは客のようだ。

「えぇ、えぇ。あとね、クッキーをひと箱追加してちょうだいな。書き忘れちゃってね。今日は、ひ孫がくるのよ」

「そうですか。クッキーはバター味とチョコの味、どっちにします?」


 二人が話している間、僕は特にすることもないので、また長帚を手に取った。

 モテるかどうかはともかく、暇つぶしにはちょうどいい。これなら働いてるように見えるし、商品棚を物色してても不自然じゃない。

 紙の箱や袋に入った物のどれが食べ物なのかもわからないが、せっかくだから色々と試してみたい。

これだけたくさんあるなら一、二個パクってもバレやしないと思うが、タツキの代金への執念を思い出すとリスクが大きいな。

あの性格もそうだが、なにしろ異世界人だ。どんな能力を持っているのかも定かじゃない。敵に回すのは危険すぎる。

 できれば、懐に入り込んでこの世界の食べ物についての情報が欲しい。

異世界での拠点はやはりこの店がいいだろうから、あいつのステータスも知っておいたほうがいいな。


「ルネ君」

……‼‼ マエダ? いつの間に背後に⁉ やはり異世界人は侮れん。

「倉庫の場所と使い方を教えます。ちょっとこっちへ」

 マエダはカウンターで紙を一枚手渡してきた。

「先ほど、向田さんがご注文された品物です。ピッキングしながら在庫の場所を覚えていきましょう」

「ピッキング?」

「ピッキングとは、与えられたリストにしたがって品物を集める作業のことです。今回は初めてですから、私が置いてある場所を色分けしてマークしておきました。ピンクは常温倉庫、ブルーは倉庫内の冷凍庫、マークしてない物は店頭にあります。いずれマークしてなくてもピッキング出来るように、ある程度の場所は覚えてくださいね」

 今回限りだから『いずれ』なんてないんだが。

まぁ、品物の種類と置き場所が知れるのは願ったりだ。


 マエダはカゴを僕に手渡し、付いてくるように促した。

「常温品から始めて冷蔵品、冷凍品の順序で集めていきます。倉庫と売り場のどちらから回るかはリストの内容や人によってもやり方が変わるので、そこは自分がやりやすいと思う回り方で大丈夫です。今日は店頭から回りましょう」

 マエダに言われるままに棚から品物をカゴに入れていく。

リストの文字が読めないと言ったら、代わりに読んでくれたが、商品名を言われてもどれだかわからない。

結局、マエダがリストを読み、指さしたものを僕が取り上げてカゴに入れていった。

 指図されて動くのは好きじゃないが、マエダは困ったような顔をしながらなんとか文字の形で判断させようとしていて、その必死な様子がちょっと面白い。

集めた品物をカウンターの横に並べ、リストと照らし合わせて間違いがないか確認をする。

種類別に袋に入れて、それを大きな箱に詰めていく。

レイゾーヒンとレイト―ヒンは袋にメモをつけて、倉庫にあるレイゾーコとレイトーコにそれぞれ入れた。

これらは品質管理のために一定の温度に保たなければならないそうだ。

温度管理のための魔具がレイゾーコとレイトーコという保管庫らしい。

冷却魔術を施した魔具とは、なんとも贅沢だな。

特にレイトーコは凍結状態が常に維持されている。よほど良質の魔石を使っているのだろう。

それを軍事拠点でもない一般の商店で当たり前に使用されているとは……、これが異世界の魔術か。

 集めた品物をまとめた箱は倉庫に運んだ。

マエダは「これは重いから私が運びますよ」と言ったがピクリとも持ち上がらず、僕が持ってやったら「体は小さいのに力持ちだねぇ」などと驚いていた。

そりゃあ、人間の老人と比べたらな。


「ルネ君、ゼリー飲料の在庫はここですよ。マルチビタミンのやつの箱だけど、中に色んな種類がまとめて入ってるから。貼ってあるメモ……は読めないですよね? このメモに今入ってる内訳が書いてあって、取り出した分は斜線で消すんです。他の商品も、メモが貼ってあるものは取り出したら消す。メモが無い物は箱ごと売り場に持っていく物です。まぁ、それはまた、追々教えますね」

 教えられたゼリー飲料の箱には五個しか入っていなかった。

「これだけしかないのか? これじゃあ足りないんじゃないのか?」

「新道の建設工事をやってた当時は作業員さんたちが買ってくれたんで、たくさん仕入れてたんですけどね~。今はあまり売れないから、ギリギリまで発注しないんですよ。でも、だいぶ減ったな。昨夜は少し売れ行きが良かったみたいですね。ルネ君はこれが好きなんですね」

「さぁ? 好きかはわからん。寝ている間に勝手に飲まされた」

「勝手に⁉」

「だから味は覚えてないが、すこぶる体調が良くなったからな。たくさん常備しておきたい」

「あぁ~! そういう事ですか。熱が出たり、食欲がない時に重宝しますよねぇ。私なんかは古い人間だから、どうにもこの科学的な味がなじめないんだけど、薬だと思って家にいくつか置いてありますよ」

「これは薬なのか⁉」

「え? いやいや。これは水分と栄養素を摂りやすくした物ですよ。うちの店で薬は販売できないですしね」

「エイヨーソってなんだ?」

「あぁ~……、なんて言ったらいいのかな? 体を作る素になったり、体を動かすエネルギーになったり……、まぁ要するに健康を保つのに必要な成分です」

「セイブン? それは普通の食べ物じゃダメなのか」

「もちろん、普段の食事から摂るのが基本ですよ。でも栄養バランスを考えた食事ってなかなか難しいですからね。こういった栄養補助食品で補うんです」

 なるほど、異世界人も普通の食べ物では生命維持ができないのか。

たしかに、これだけの発光魔術や冷却魔術を恒常的に付与された建物と魔具を作れる種族だと考えれば、魔素の消費量は尋常じゃない。

腕力はあまりなさそうだが、魔術は優れているのかもしれないな。

エルフに近いのか? しかし、魔法を使っているところは見ないな。

魔具の研究開発が得意で魔法自体は不得手なのかもしれない。

それでいうとノームに近い種族かもな。


「ルネ君、そろそろ休憩に入っていいですよ」

 売り場に戻ると、マエダは少し疲れたような顔でそう言った。

「事務所は熊楠さんが仮眠をとっていると思うので、ロッカー室の中にあるテーブルと椅子を使ってください。事務所の右側の二つ目の扉です。エプロンを取ってイートインスペースを使ってもいいですよ。お弁当は持ってきましたか?」

「弁当はない」

「何か買いますか? 従業員割引が使えるからなんでも二割引きで買えますよ?」

 揚げ肉一個で二百五十リビー、ゼリーインリョーは二百リビーの世界だからな……。手持ちの五リビーで買えるものがあるとも思えない。元の世界でも小さなビスキュイを一個くらいしか買えないし……。

『空腹』ではないから『食事』は必要ないが、腹は減ったな。

……よし。あの手で行くか。


 僕はジムショに行き、タツキがかぶっていた布団をはぎ取った。

「おい、起きろ!」

「……? ん~? なに?」

 おぉ~、リッチバージョンで来るかと思ったら、思ったより普通の寝起きだな。

「飯がない。何かよこせ」

 タツキはのっそりと起き上がり、頭を掻きながら細い目で僕を眺めまわした。

もしかすると、声をかけたのが誰だかわかっていないのかもしれない。

「え~っと? 飯? ……あぁ、ルネか。そうか、休憩か」

 ようやく思い出したか、このうすらボケめ。

「お前が監禁してくれたおかげでな、僕は自分の金を持たないままここで働かされているんだ。飯くらい寄こせ」

「わかった」

「だいたいなぁ、雇い主ってのは奉公人の衣食住を賄う義務が……、え? わかったの?」

「うん? だから、飯でしょ? 売り場から好きなの選んで前田さんに『オーナーの名前で』って言えば食えるから」

「……あ、あぁ」

「それだけ?」

「うん、まぁ……」


「じゃあ、俺はもうちょっと寝てるから。栗木田さんが来たら起こして」

「クリ? あぁ、まぁいいや。じゃあな」

 労働者の権利でも主張して言う事をきかせようと思ったのに、拍子抜けだな。

まるで最初からそのつもりだったみたいだ。


あいつ、店の責任者って言ってたけど、あながち嘘じゃないのか? 

まぁ、いいか。では、厚意に甘えて好きな物を選ばせてもらうとしよう。

あいつ、勝手に僕を人間だと思い込んでいるみたいだからな。思い知らせてやる。


「『オーナーの名前で』って言えと言われたんだが」

 僕がそう言ってカゴをカウンターに乗せると、フルカワのババアが「おぉ~! すっごい食べるねぇ! さすが、男の子!」と言いながら一つ一つ取り上げて、魔具を操作していく。

「ルネ君、こんなに食べられるんですか?」

 マエダは驚いたような、呆れたような声を上げた。

「何個までとは言われてない」

「それは、そうでしょうけども……」

「男の子だもんねぇ! うちのも一人で三合食べちゃうからさぁ。五合炊きじゃ足りなくって、新しい炊飯器を買おうか迷ってんのよ~。いま、炊飯器も色々あって、グレードによって全然ちがうじゃない? 二台目にするか、一升炊きに変えるか、やっぱり象印がいいかと思うんだけど、うち、他の家電は日立でそろえててね……」

 フルカワはまだ何か言っていたが、僕はマエダが温めてくれた弁当とフォークを持ってイートインスペースのテーブルに移った。


 レンジという魔具を使うと、冷えた食べ物を温めることが出来るようだ。

調理も魔具でするなんて、よほどこの世界の人間は魔法が苦手なんだな。

火炎系魔法なんて、基礎中の基礎じゃないか。

魔具の性能には驚かされるが、基礎ステータスは低そうだ。


 ただ、不可思議な素材にはやはり高度な工業技術を感じる。

この弁当を覆っている薄い透明な物は布なのか? まるで繊維を感じさせない。

弁当の容器もふたが透明で開けずとも中身が見える。

まさか、透過術式でも付与してあるのか? いや、たかが飯にそこまでするとは思えない。この技術力を弁当の中身を見せるために使うなんて、この世界の人間どもは頭がおかしいのかもしれない。

 ま、愚かなのは良いことだ。僕が御しやすいからな。



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